遺伝子編集した赤ちゃんを生み出す実験が失敗して「意図せぬ突然変異」を引き起こした可能性が指摘される
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2018年、中国の研究者である南方科技大学の賀建奎(He Jiankui)氏が、DNAのゲノム配列を自由に入れ替えることができる技術「CRISPR-Cas9」を使い、「遺伝子編集でHIVに耐性を持つ双子を生み出すことに成功した」と発表しました。賀氏はその後行方不明となっていると報じられていますが、未発表論文のコピーを専門家がレビューした結果、「研究は失敗に終わっていた可能性が高い」と報じられています。
China gene-edited baby experiment 'may have created unintended mutations' | Science | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2019/dec/04/china-gene-edited-baby-experiment-may-have-created-unintended-mutations
Scientists slam Chinese gene-edited babies research after manuscript released - CNA
https://www.channelnewsasia.com/news/asia/scientists-slam-chinese-gene-edited-babies-research-after-12149866
China's failed gene-edited baby experiment proves we're not ready for human embryo modification
https://theconversation.com/chinas-failed-gene-edited-baby-experiment-proves-were-not-ready-for-human-embryo-modification-128454
2018年11月に研究内容が発表された後、2019年1月には遺伝子編集された「露露(ルル)」と「娜娜(ナナ)」の双子の存在が確認され、賀氏は警察の捜査対象になったと報じられました。一方で、賀氏は2018年11月末に香港の国際会議に出席して研究結果を発表して以来、公の場に姿を現わしておらず、一説では「賀氏が自宅軟禁もしくは警察に拘束されているのではないか」ともささやかれています。
中国でゲノム編集された双子の実在を確認、臨床実験を行った中国の科学者は警察の捜査対象に - GIGAZINE
そんな中、科学技術系雑誌のMITテクノロジーレビューは2019年の初頭に、匿名の情報源から賀氏の未発表論文のコピーを入手したとのこと。賀氏は論文を少なくともNatureとJAMAに投稿していたそうですが、いずれの学術誌も検討の結果掲載を拒否しています。
賀氏の研究には多くの批判が集まっていましたが、論文や実験データが公開されておらず、詳細については不明のままでした。そこで、サイエンスライターのAntonio Regalado氏は未発表論文を法学者、体外受精の医師、発生学者、遺伝子編集技術の専門家らにレビューしてもらい、研究の妥当性について調査を行ったとのこと。その結果、賀氏の研究からは倫理および科学的規範の逸脱など、数多くの問題点が浮かび上がってきたそうです。
まず、賀氏は広く「遺伝子編集技術によってHIV耐性を赤ちゃんに与えることができた」と主張していましたが、実際に赤ちゃんにHIV耐性を持たせることに成功したとのデータはありませんでした。一部の人はCCR5という免疫系に関与する遺伝子に変異を持っており、このタイプの変異を持つ人々はHIVに耐性を持っていることが知られています。賀氏はこのCCR5の変異を遺伝子編集で再現することにより、赤ちゃんにHIV耐性を持たせたと主張していましたが、レビューした専門家らによると、賀氏の試みは失敗していたとのこと。
賀氏の研究チームは確かにCCR5を標的に遺伝子編集を行っていましたが、既知の突然変異を完全に再現した編集はできておらず、「HIV耐性の獲得にはつながらないかもしれない突然変異」を作り出していたと専門家は指摘。カリフォルニア大学バークレー校で遺伝子編集について研究するFyodor Urnov教授は、「彼らがCCR5の突然変異を再現したという主張は、実際のデータを露骨に不正表示したものであり、『意図的な虚偽』といえます」と非難しました。
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また、CRISPRは決して完璧なツールではなく、1つの遺伝子編集を試みた時に、ほかの遺伝子も意図せず変更されてしまうケースがあるとのこと。しかし、賀氏の研究チームは遺伝子編集の結果を確かめるために初期の胚を1つ検査しただけであり、包括的な検証を行っていなかったことも明らかになりました。
こうした実験結果についての疑念に加え、賀氏の実験手法や論文の記載にもさまざまな不備があった可能性も指摘されています。たとえば論文の著者リストには、不妊治療を担当した医師や産科医の名前が載っていません。この点は論文の信頼性に傷を付けるものである上に、医師らが「遺伝子編集技術の研究に関与している」との事実を知らされないまま、実験に協力させられていた可能性もあるそうです。
さらに、「赤ちゃんの父親はHIV感染者であり、自身の病気によって子どもを持つことを諦めていたが、今回の実験によって子どもを授かることができた」と賀氏は主張していましたが、この点にも疑念が残ります。HIVは遺伝するものではなく、あくまでもHIVウイルスに感染することにより発症するため、精子洗浄を行って精子からHIVウイルスを除去するだけで、安全に子どもを授かることは可能です。生殖内分泌学者のJeanne O’Brien氏は、「両親が中国における社会的な事情により不妊治療を受けられなかった点が、今回の実験に参加する動機付けになった可能性があります」と指摘しました。
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