インタビュー

映画「ジェミニマン」で「次のレベルの映画作り」が開けたというアン・リー監督にインタビュー


2005年公開の「ブロークバック・マウンテン」、および2012年公開の「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」で、2度のアカデミー賞監督賞受賞を果たしているアン・リー監督による最新作「ジェミニマン」が、2019年10月25日(金)に公開されました。

本作の特徴としては、まず見た目では「ウィル・スミスが『若い』ウィル・スミスと共演する」という点が挙げられますが、ほかに、従来は「1秒24フレーム」である映画撮影時のフレームレートを「1秒120フレーム」としている点があります。上映時は、劇場によって「1秒60フレーム」と「1秒120フレーム」がありますが、これは過去のハイフレーム上映の例として知られる2012年の「ホビット 思いがけない冒険」で行われた「1秒48フレーム」を上回るもの。しかし、「ホビット」以降にハイフレームレート上映が行われてこなかったのに、なぜ「ジェミニマン」では「3Dプラス イン ハイ・フレーム・レート(3D+ in HFR)」での上映を実施することになったのか。プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー氏へのインタビューに続いて、アン・リー監督にインタビューを実施したことで、その答えがわかってきました。

なお、記事後半にはアン・リー監督が主演のウィル・スミス、プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー氏とともに登壇したパラマウント・スタジオでのフッテージプレゼンテーションの様子を掲載しています。この中では本作に用いられた技術の話が多数出ており、本作の鑑賞時だけではなく、今後映画を見る上でもいろいろな参考になるはずです。

映画『ジェミニマン』公式サイト
https://geminiman.jp/

アン・リー監督


・アン・リー監督インタビュー
・「ジェミニマン」フッテージプレゼンテーション+Q&A

◆アン・リー監督インタビュー
GIGAZINE(以下、G):
監督は、2012年に開催されたニューヨーク映画祭で「実は自分自身が、どんな映画監督かよく理解していないんだ。ある人は僕のことを巨匠なんて言ってくれるが、巨匠が違った作品ばかり撮っているのも変な感じもするだろ。ただ僕は好奇心が旺盛なため、自分のキャリア自体がフィルムスクールに通っているような感じで、だから銃の使い方や馬の乗り方、ワイヤーアクションなど、映画に必要なことを学ぶ過程が好きで仕方がないんだ。」と語っておられます。新たな作品を撮るたびに学ぶことがあると思いますが、「ジェミニマン」ではどういったことを学びましたか?

アン・リー監督(以下、リー):
「次のレベルのアクション」「次のレベルの映画作り」が開けた感じがします。つまり、3Dで何ができるのか、より没入感をもたらすには何が必要かということです。アクションシーンにおいては、演じている役者の表情や感情を微細に、そして明瞭に捉えられるようになったので、「このキャラクターがどれほどの痛みを感じているのか」ということを見せられるようになりました。これまでは「アクションはスピードだ」と考えられてきましたが、もはやそうではなく、いかにドラマ化していくかだ、ということが3D+ in HFRで感じた可能性です。


G:
なるほど。

リー:
「ストーリーのつむぎ方」というか、今までの「2D映画の文法」というのは編集やモンタージュを用いて観客を“操って”きました。しかし、3D映画ではいわゆる「ミザンセーヌ」、どこに何を配置するかで物語を語ることができるのではないでしょうか。今後、デジタルシネマにおける美学とはどういったものなのかということも研究しなければいけない領域だと思います。今の3Dは2Dの追従でしかありません。しかし、3Dには3Dの美学があるはずです。それを探求していくべきなのではないだろうか、と思います。

G:
「3Dの美学」、なるほど。

リー:
表情は、本当に細かく捉えることができるようになったので、表情1つで「腹の底で何を考えているのか」を観客に伝えることができます。体温の変化によって顔の色味はどう変化していくのか、顔が赤らむ時はどのような変化なのか、そういうのは演技にもつながる部分であり、「より引き算の演技にはどういったものがいいのか」など、いろんな新世界が開けた気がしますし、そこに惹かれました。私は今後もこの方向を追求していくことになると思います。このことは光栄であると思っていて、同時に「この道を歩むことになったのもまた運命なのかもしれない」という印象を持っています。

G:
「ジェミニマン」では、予告編でも一部だけ見られるバイクチェイスのシーンなど、とても見応えのあるアクションシーンが登場します。こうしたレベルの高いシーンを作るときには、どういった部分に気をつけるべきなのでしょうか。

リー:
3Dでは細かなディテールまで映像に収められることになるので、これだけのアクションを行うためには十分なフレームレートと解像度が必要です。「細かなディテール」とは、今までなら観客に見えなかったような部分のことで、そういったところまですべて見えるようになったために、どのようにアクションシーンを現場で組み立てるのかというところにも影響を及ぼします。

G:
確かに細かいところまでよく見えます。

リー:
今までは、アクションの振り付けがクイックPANでボケたり、あるいはストロボ効果が出たりすることでむしろごまかしが効いて救われることがありましたし、細かく編集やモンタージュでカットすることでスピード感を出したりしてきました。しかし、これだけ解像度が上がってしまい、しかも3Dとなるとごまかしが効かなくなるんです。「これぐらいできるよ」というメディアの可能性は高いところを示しているのに対して、我々の技量はまだまだ底辺でしかない(笑) でも、観客は上の方を期待して待っているという状態で、我々としてもフラストレーションが溜まりますし、「何をやっているんだろう、バカみたいなことを……」と思ってしまうこともあります。

G:
そんな(笑)

リー:
まさに例に出してもらったバイクチェイスは、これまでなら時速50kmぐらいのチェイスを撮っても迫力を出せたけれど、3Dになると時速110km超えでもびっくりしないことすらあるんです。そうなると、俳優を殺さない程度にどう芝居をさせるかという話になってしまう(笑) 1tもあるような機材を使っての撮影になりますから、それこそ骨折はありましたが、本当に死人が出なくてよかったと思います。

G:
えぇ……(笑)

リー:
なので、どうしてもデジタルの力を借りなければならない部分は出てきます。僕はその方向の中で、リアルとデジタルのバランスをうまく取ることでいい映画ができてくるんじゃないかと思います。フルデジタルで作るということももちろんできますが、実体をベースにして作らなければどこか現実感が出ないんじゃないだろうかと考えています。

G:
なるほど。タイトな来日スケジュールの中、お話ありがとうございました。


◆「ジェミニマン」フッテージプレゼンテーション+Q&A
以下は、パラマウント・スタジオで行われたフッテージプレゼンテーションの内容です。

Q:
20年前の自分に会うことができたら何と言ってあげるだろうか、というのは、たまに人が考えることですが、この映画はまさにそれを語るもののようですね。

アン・リー監督(以下、リー):
これは僕がウィル・スミス、ジェリー・ブラッカイマーと組んで贈るアクションスリラー。ちょっとSFも入っていますが、何よりも人間ドラマです。

ヘンリー役 ウィル・スミス(以下、スミス):
僕にとって、これはすばらしいプロジェクトでした。WETAのチームが僕の過去の出演作を参考材料に使ったせいで、僕は自分がエンタメ業界に提供してきた数多くの悲劇を見せつけられることになりました(笑) でも、そうやって自分の過去の様子を振り返ることができたのは、良かったとも思います。「若さvs経験」というのをしっかりと見ることができましたから。「昔に戻れるとしたらいつに戻りたいですか」というようなこともよく聞かれますが、僕は、20代は絶対に嫌です。20代の僕は最悪(笑)。30代なら……まあいいかな。そういうことを考えることができたのはよかったです。

Q:
ジェリー、あなたはこのプロジェクトを随分長いこと抱えておられた?

プロデューサー ジェリー・ブラッカイマー(以下、ブラッカイマー):
10年か、15年かな?後ろは振り向かないタイプなのでわからないけれど。僕はいつも前を見ています(笑)。ついにこれを観客にお見せすることができて、本当に嬉しいです。そして、このふたりのジェントルマン、つまり、最高のフィルムメーカーと最高のアクターが関わってくれたのは、僕にとってとてつもない光栄でした。アンとウィルは、ものすごく仕事熱心。彼らが成功したのは、単に運がいいからじゃないですよ。才能があることは言うまでもなく、惜しげなく時間と労力を費やすんです。

Q:
技術面について教えてください。デジタル加工で人を若く見せることができるのはもうわかっていますが、本作ではまた違うことをやっているのですか?

リー:
そこは、はっきり言っておきたいです。これは「俳優を若く見せている」のではありません。今の時代、俳優の年齢を上下して見せることは可能ですが、本作で僕らは新しいキャラクターを一から作っています。「若いウィル・スミス」を、僕らが覚えているのと同じ形で、何もないところから作りました。問題は、今のウィルは当時のウィルよりずっと演技がうまいことでした。

スミス:
そう。おかげで僕がジュニアを演じている時、アンはしょっちゅう「そんなにうまくやらないで」と言ってきたよ(笑)。そして、「こんなふうに」と、僕の昔の演技を見せてきた(笑)。

リー:
参考までにね。

スミス:
そして「ね?下手だろう?こうやって」と言ったんだ(笑)。

リー:
これは革命的なテクノロジーであるのと同時に、演技の挑戦でもありました。そして、ウィルは受けて立ってくれました。さらに、この非常にユニークなストーリーに重ね合わせないといけませんでしたが、それはウィルがこれまで未経験だったことでした。ウィルはビッグな映画スターであり、ほかにも映画スターはいますが、その誰にでもこれができるわけではありません。だからこそ、僕らはウィルにお願いしたんです。

スミス:
たとえば誰?名前、言ってくれる?

(一同笑)

リー:
90年代のウィルを再現するだけでなく、この映画が必要とすることをやらせなければいけないというのは、すごく難しいことでした。“彼”はクローンであり、ロボットではなく人間です。“彼”には無邪気さ、純粋さがあり、さらに、深い感情の演技ができなければなりません。僕には、個人的に主人公であるヘンリーの気持ちがよくわかりました。「もし若い頃の自分に会うことができたら、自分はなんと言ってあげるだろう?」、あるいは「歳を取った自分に会ったら、どう思うのだろう?」「自分がやがてああなるとわかったら、それからどう生きればいいのか?」「あのクローンには魂、感情があるのか?そうなのであれば、本当の人間との違いは?何が人間を人間にするのか?」。そういった人間の本質を、本作はエキサイティングな娯楽作という形を保ちつつ探っています。


スミス:
本作のすごいところは、“若い僕”ジュニアが僕じゃないところです。あれは100%デジタルなんですよ。僕の映像の上に作り上げられていったものではなくて「ライオン・キング」のライオン同様、完全にCG。そこがすごい。

Q:
でも、演技をしたのはあなたなのですよね?

スミス:
そう、僕の演技を使っています。肌はCGで、僕の肌のシワを伸ばしたわけではありません。WETAはこれまでにないことをやっているんですよ。

Q:
でも、今ここにいるあなたは映画のヘンリーより若くないですか?

スミス:
アンは「もっと老けてくれる?」とも言ったんだよ(笑)。僕が「わかりました。どうすればいいですか?」と聞くと、「ヘアメイクに老けさせてもらって」って。

Q:
ジェリー、観客は若い頃のウィルを知っています。そういう人をあえて起用するというのは、より難しいことを意味したのではないですか?ウィルが最初のアルバムを出したのは80年代でしたよね?

スミス:
1986年だよ。

ブラッカイマー:
もちろん、ウィルの起用は状況をもっと困難なものにしました。ウィルが「フレッシュ・プリンス」だったころを覚えている人は多いわけですから。


それだけでも大変なのに、アンは撮影を120フレームでやったんです。それはつまり「全部見える」ということ。普通の24フレームでやる方が、ずっと楽だったはずです。それなら、まだごまかせました。この映画は「実際に目の前で見ているみたい」なんです。アンがやったことはすごいですよ、スカイダンスとパラマウントにもお礼を言わないと。こんな、誰もやっていないことをやらせてくれたんですから。役者を若く見せるというのは前にもありました。でもこれは、ウィル・スミスの演技をベースにしたデジタルのキャラクターを登場させていて、それにはすごくお金がかかります。でも、アンが思うことが正しいと信じ、彼らはお金を出してくれました。アンは「できる」と言ったけれど、本当のところあの時はわかっていなかったと思う(笑)。だけど、アンはそれをやり遂げました。本作は「映画」というものを先に推し進めたと思います。「人は映画館に足を運ばなくなった」と言われますが、本作は「完全に新しい劇場体験」を提供します。フィルムメーカーが、これまでにないことをやってみせたんですよ。これは誰も体験したことのないものを提供する、革命的な作品です。

監督とともに休憩しているのは、クレイ役のクライヴ・オーフェンのようです。


スミス:
みんな、アンに拍手を送ってくれる?

(一同拍手

スミス:
こうやって完全にデジタルの僕が生まれたわけ。今後は彼に仕事してもらおうかな?

(一同笑)

スミス:
「太らなきゃいけない役が来たよ。お前やってくれ」なんて。

(一同笑)

Q:
この新たなテクノロジーのもとで演技をするというのはどんな感じだったのでしょう?

スミス:
かなり恐ろしかったですよ。24フレームなら隠せることが隠せないんですから。しかも3Dカメラです。つまり、カメラが毛穴まで見えるぐらいすごく近くにあるということ。ごまかしは一切効きません。こんなに難しい状況は、今までにありませんでした。僕らは、まずヘンリーの部分を撮影しました。その時、ジュニアの役は別の俳優がやってくれて、僕は誰かを相手に演技をすることができました。その俳優には、僕がやりそうなことのほかに、「僕がやらないであろうこと」もやってもらいました。彼は、僕の過去の演技をしっかり学んだ上で現場に来てくれました。それをやった後、今度は僕がジュニアを演じる側になりました。その撮影では、僕の演技はモーションキャプチャーの素材になるので、僕はヘルメットをかぶって、顔の真ん前に小さなカメラがある状況で演技をしました。

リー:
僕からも言わせてもらいたいです。役者は「これは全部を見せる、だから怖い」と言うけれども、それはつまり瞬間、瞬間の、その人そのものを見せるということなんです。この方法でやる時、演技をしてはダメなんです。本当に感じて反応しないとダメ。それで今回、僕は演出の仕方を、役者が本当にそう感じるように変えました。演技をしてしまうと「そういう形」になってしまいます。その見返りは大きくて、撮影当日、ウィルはまさに心から感じて動いていました。成熟した、複雑な、微妙なことをやってみせてくれました。

スミス:
「成熟」っていうのは僕にとってすごく難しいんだけれどね。

(一同笑)

リー:
心から感じていないといけないんです。何度テイクをやったとしても、その都度に。

Q:
感情的な部分についてはわかりましたが、格闘シーンはどうだったのでしょうか?

スミス:
ジュニアの顔がCGだとわかっていたのは、すごく大きなプラスでした。僕は、格闘シーンの撮影ではヘンリーの方をやって、ジュニアはスタントマンがやってくれました。そこでも普通と違うフレームで撮影されているから、ジュニアは普通と違うパンチができるし、顔は後でデジタルに変わるとあって、本作では拳が顔に当たり、顔が歪むみたいなシーンまであります。

リー:
殴られたときに観客が「痛い」と感じるぐらいの様子も出てくるよね。

スミス:
本当にぶつかる様子が至近距離で見られます。映画でこんなのを見たことはないはずです。少なくとも、僕が出た映画では、こんなのはありませんでした。CGのレベルが本当にすごくて、リアルな顔を作れるから、こんなことが可能になったんです。

Q:
フッテージを見ていて、鏡がよく出てくるのに気付きました。

リー:
それは意図的にやっています。映画の最初の方に「鏡の中の自分を見るのが苦手」というセリフが出てくるんですが、そのメタファーです。くるんだ。なので自然に出てきたものですが、やるのは最初の方だけ。それ以上やるとしつこいからね(笑)

スミス:
「自分の最悪の悪夢は自分の中にいる」「最大の敵を作るのは自分自身」「最も困難で、最も辛いことは、自分の中にある種が生み出す」。そのコンセプトが、僕はとても好きです。

ブラッカイマー:
そのコンセプトは、アクションにおいても最高ですよね。ジュニアはヘンリーを殺そうとしているけれど、ヘンリーはジュニアを救おうとしている。ジュニアがヘンリーのようになるのを防ごうとしている。ヘンリーは、自分が今こうなってしまったことに満足していないんです。

Q:
ジェリー、あなたはウィルのキャリアの初期に、一緒にお仕事をされていますね。今再び組むのはどんな感じでしたか?二人の関係は変化しましたか?

ブラッカイマー:
僕らは、まだ口をきく関係だよね(笑)

スミス:
そう、まだ話をする関係(笑)。僕らは一緒に映画を5本も作ってきました。最初の作品は「バッドボーイズ」。ジェリーは柔らかくなったと思いますよ。すごく落ち着いている。ジェリーは写真が趣味で、現場でいつも写真を撮影しています。彼が写真を撮っているなら何の問題もないということ。その手を止めたら「やばいぞ」とみんな反応します(笑)


Q:
ジェリー、ウィルは役者としてどのように成長してきたと思いますか?

ブラッカイマー:
ウィルはもともとラップミュージシャンで、そこから演技の道に入ってきました。人を魅了するパーソナリティを持っていて、その人柄が外に表れています。それが彼のキャリアを推し進めてきました。ウィルは最大の努力を注いで演技力を向上させてきました。ひとつ映画に出るごとに、前よりもいい演技を見せています。本作は、彼がキャリア最高の演技を見せるもの。なにせ「一人二役」なんですから。みなさんが見た、23歳のジュニアが泣いているシーンは、ウィルが本当に泣いたんですよ。あれはオスカーに値する演技です。そして、それを引き出したのはオスカー監督です。演出のおかげもありますけれど、実力がなかったら引き出せないものです。ウィルがそんなふうに成長していくのを目撃できたのは、素晴らしいことです。彼は観客に娯楽を提供し続けてきました。「アラジン」では、ジーニーとして世界中の子どもたちに夢を与えています。ウィルは劇場用映画であれ、Netflix作品であれ、いつも正しい選択をしてきました。観客に「僕は君たちが大好きだよ、君たちのためにパフォーマンスをしたいんだよ」と伝えています。それはとても大事なことであり、だからこそ、みんなウィルを見たくて映画館に来るんです。


スミス:
ジェリー、ありがとう。僕ももうちょっと良いことを言っておくべきだった(笑)。

Q:
アン、あなたは細やかな人間ドラマがお得意ですが、同時に「グリーン・デスティニー」のようなすばらしいアクション映画も作ってきました。本作はその両方の要素をミックスしたものではないでしょうか?


リー:
何と何をミックスするのであれ、人の心を動かすのは人間の話です。観客は年配の女性から若い男の子までいろいろでしょうけれど、その全員が人間です。この映画は、表向きにはそう見えませんが、奥では普段僕らが口にしない、深いことを語っています。エスケープ映画でありつつ、真実を伝えるものです。僕がまず気にするのは、自分の心をつかむかどうか。僕自身が心を動かされないものを作っても、偽物になるだけですから。その「フリ」をするのは難しいことではありません。映画作りなんて、しょせんは全部「フリ」なんですから。だけど、「フリ」では人の心は動かせないんです。僕はヘンリーに本当に共感しました。そして、それをウィル・スミスがやってくれることになりました。主演俳優は、監督をハンサムにしたバージョンなんですよ(笑)。「自分が若い日の自分自身に会えたら、どうするだろう?」というのを、僕はウィルに重ねました。これは、僕自身の心の反映なんです。だから、感情がリアルになるんです。こういうジャンルの作品だし、ストーリーの中ではドラマチックな出来事が次々に起きますが、どんな映画を作る時でも、僕は自分の中で「これはわかる」と確信を持つ時、最も安心を感じます。とはいえ、半年前、自分はそれをやり遂げられるか、わからない気持ちでいました。今、みなさんがフッテージを見て満足してくれたことを願います。このストーリーに信頼性とハートを感じてくれたことを願います。映画を確実に成功に導く方法はありません。そして、「これとこれをミックスしたらうまくいく」なんていう約束事もありません。感じることが大事、それをずっと感じ続けることが大切です。それを信じて、実現させるだけです。

Q:
本作の撮影監督ディオン・ビーブは、どのような貢献をしてくれましたか?

リー:
「ライフ・オブ・パイ」で3Dに初挑戦した時、僕は、それが新たな言語であるように感じていました。新たな革命であり、新たなイリュージョンを見せてくれるものであると。ディオンは優れた撮影監督で、フィルモグラフィーを見てもデジタルシネマの経験が深いことがよくわかります。彼はとても美しい照明をしてくれる人でもあります。本作で、僕は「いつもと違った照明をやってみてほしい」と彼にお願いしました。ジュニアがよりリアルに見えるように、美しさの定義を見直してみたかったんです。本作では、照明がどこから来るのかがすごく複雑で、光の当たり方はすごく繊細です。とても難しくて、僕らはすごく努力をしました。みなさんが美しいと思ってくれることを願います。

Q:
先ほど見せていただいたフッテージの中で、ウィルは「今だからこそ演じられる役だ」とおっしゃっていました。それについてもう少し語っていただけますか?

スミス:
さっきアンが語っていたように、この話は彼にとってすごくパーソナルなものです。僕らが本作についての話し合いを始めた頃、彼は主にそのことについて語ってくれました。本作を通じて彼が何を語りたいのかを、彼は僕に伝えようとしてくれたんです。もし僕が23歳だったら、彼が言っていることを理解できなかったと思います。僕にとって、これはすばらしいタイミングで訪れたということです。僕も今、人生を振り返る時期に来ています。自分はどんな人間で、これまで何をしてきたのか。若い日の自分が同じ道を辿ろうとしているのを見たら、どう言ってあげるのか。自分が今後悔していることをやらせずにすむチャンスなのではないか。そういうことは、23歳の僕には共感できないことでした。

Q:
アン、あなたは前作「ビリー・リンの永遠の一日」でもハイフレームレートに挑戦しました。しかし、観客の反応は複雑だったと思います。今回、観客はもっと受け入れ体勢が出来ていると思いますか?そしてウィル、本作は政府や企業への批判を語るものでもあるのでしょうか?


リー:
体勢を変えたのはむしろ僕の側です。「ビリー・リンの永遠の一日」では初めてだったので、僕自身がハイフレームレートをまだうまく使いこなせていませんでした。あれをやる上で、僕はそれまで知っていたことの多くを捨てています。まるで新しい宗教に乗り換えたような感じです。「ビリー・リンの永遠の一日」を僕は誇りに思っていますが、答えが一つ出たら、新たに10個の質問が出て来るような状態でした。「ジェミニマン」を、僕はもうわかっているところから始めています。自分で学んできたし、クルーもみんな、これをうまくやってみせようという姿勢です。それに、本作は完全にフィクションです。僕は本作をとても美しく見せたかったので、はるばるコロンビアまで行きました。照明のやり方も変え、このフィクションのストーリーをより効果的に語れるように、そしてこのファンタジーにリアリティを与えられるようにしました。つまり、前作とは正反対のアプローチをしました。「デジタルシネマの鮮明な美しさを発見する」というのが、今回の僕の使命だったということです。さらに、今回は世界イチの映画スターがその手助けをしてくれたんです。お金はかかりますが、プロデューサーも、会社も、みんな支援してくれました。調査も試行錯誤もたくさん必要でした。みなさんが、これを受け入れてくれることを願います。そして、他のフィルムメーカーたちが追従してくれることも。これは、エキサイティングな新しい領域です。家にいてテレビのスクリーンやiPhoneで何かを見るのではなく、わざわざ映画館に行こうと観客に思わせる手段でもあります。観客に特別な体験を与えるものだと、僕はそう信じています。だから、挑戦し続けます。

スミス:
僕への質問への答えだけれど、本作は政府や政治についてはそんなに語りません。人間の傲慢さについての話、人間が神になろうとすることや、自分らの手で自然をコントロールしようとすることの狂気を語るものです。

Q:
ヘンリーとジュニアをラップミュージシャンに例えるなら、誰でしょうか?

スミス:
ヘンリーはチャックDでしょう。ジュニアは……誰だろう?リル・ウェインみたいでもあるけれど、でも、どうだろう?僕にはヘンリーのほうがずっとよくわかるんです。ジュニアは今の僕とはかなりかけ離れているので、捉えるのが難しかったんですよ。たとえばジュニアが中庭を走るシーンでも、ヘンリーなら絶対にああいう風には走らない。若者ならではのアグレッシブさがありますよね。

Q:
ジュニアは2パックでしょうか?

スミス:
いや、2パックは賢いよ。ジュニアはもっとバカだよ(笑)。ジュニアは傲慢で、ちょっとリル・ウェインが混じっているかな?

Q:
演技についての質問です。僕らは子どものころ「男の子は泣くな」と言われたものですが、本作には男性が泣くシーンがたくさん出てきます。ああいうシーンで、あなたは何を使ってそこに自分を持っていくのですか?

スミス:
僕が初めて感情的なシーンをやることになったのは「ベルエアのフレッシュプリンス」のときでした。その時はジェームズ・アヴェリーがしっかり演技コーチをしてくれました。彼が教えてくれたことのひとつは「泣きたい人は誰もいないのだから、シーンで泣いてしまうと信憑性がなくなる。涙が出そうなのをこらえるときに、観客は心を揺さぶられるんだ」ということ。彼は、そのシーンの前にギリギリのところまで自分の感情を持っていけと教えてくれました。そして、シーンが始まったら泣かないようにこらえろ、と。僕はそのテクニックを使っています。その気持ちに持っていく時は音楽の助けを借ります。なぜかはわからないけど、効果的なのは「弦楽のためのアダージョ」。あの曲は僕をすごく感情的にしてくれます。それと、ヘンリーはすごく考える人なので、演じる時は頭を回転させるようにしました。そうすることで目に生き生きした感じが出ます。そのために、シーンが始まる前から、僕はいろんなことに注意を払い、頭を使うようにしました。たとえば、この部屋には何人の人がいるのかとか、非常口はいくつあるのかとか。ヘンリーはそういうことに常にさまざまな動きに注意をしている人ですから。

Q:
ウィルとアンへの質問です。今回、初めて一緒に仕事をしたことはどんな体験になりましたか?また、実際に仕事する前は、お互いに対してどんな期待を持っていましたか?

スミス:
役者と映画スターは同じではありません。違いのひとつに、映画スターは「その映画を背負う」ということが挙げられます。映画スターとは、みんなに「いいからリラックスして。僕がちゃんと公開初週末に大ヒットさせてあげるから」という存在です。でも、アン・リーのような監督と組む時、僕はただの役者になって、重荷を背負うことから解放されます。それは、とても心地いいことです。現場では彼が完全にすべてを把握していて、家に帰ってからも、自分はキャラクターについてだけ考えればいいんです。すごく自由で、パフォーマンスの可能性が広がります。それに、たっぷりと学ぶこともできます。僕はかれこれ10年くらい、アンと組みたいと願ってきました。彼はとてもレベルの高いアーティストです。今日、彼が言ったいろんなことにも、それは表れていますよね。今、自分のキャリアのこの時期において、こんな素晴らしいアーティストと組ませてもらって、映画スターのスイッチをオフにさせてもらえたのは、とても光栄なことでした。

リー:
世界最大の映画スターが、毎朝現場で「僕に何をして欲しいですか?」と聞いてくれるのはすごいプレッシャーでした(笑)。だけど、プレッシャーはほかにもたくさんあるので、そこは次第に薄れていきました。それに、結局のところは「アーティスト対アーティスト」。僕はアーティストとして彼を尊敬しています。ウィルはアーティストで、しかも世界最大の映画スターです。それは誰にでもできることではありません。「映画でできるだけ彼をかっこよく見せてあげたい」というのは難しいことではないし、やり方は彼自身もわかっていますから、そこは簡単です。でも、本作では、彼は映画スターとしてのオーラをあえて捨てて、中身をさらけだして見せます。ほかの誰とも変わらない、人間の本質の部分を。L.A.だけでもすごく多くの人がいるけれども、彼はその中のひとりに過ぎません。しかも、彼は映画監督ですらまだよく知らないこの新たなテクノロジーを信じてくれました。そうやって彼は、本質を僕の本質にぶつけてくれました。本作での共同作業は、そういう体験でした。僕らは長い時間をかけて仕事をし、僕らの間には信頼がありました。それはとても貴重なことです。僕らは不安を取り去って、それぞれにベストを尽くしました。

スミス:
そう、信頼があったよね。「ジェミニマン」で、アンは僕を映画スターの安全な道から外してくれました。文字通り「deviate(道を外す)」という言葉を使って。それは素晴らしい体験でした。この映画で僕はわざと白髪にしていますが、そういうところもです。僕は、自分がどう見えるか、シーンをどう見せるかということを一切考えないようにして、監督に身を委ねました。キャリアのこの時期において、それは最高に素敵な体験でした。


Q:
デジタルで作られた人間のキャラクターというのは、2002年の「スコーピオン・キング」にも出てきたのではないかと思います。もちろんその間にテクノロジーは飛躍的に進んだわけですが、いずれ、人間の俳優はもういらないという時代が来たりするのでしょうか?

スミス:
このテクノロジーは、役者が自分の分身を持つことを許してくれますが、「俳優が不要になる時代」は来ません。一番大事なのは人間の心、魂なんですから。人間が犯す間違いだとか、声が割れたりとか、そんな「人間ならではの美しさ」は人間でないとできないことです。だけど、このテクノロジーによってスクリーンで見せられることが増えたのは、エキサイティングなことです。いつか、デジタル版の自分が、SFでなく、たとえばロマンチックコメディに出たりする時代が来るんだろうか。「その日」は、来るように思えます。

リー:
僕の答えは簡単です。「ジュニアには、ウィル・スミスの2倍のお金がかかっているんだ」

(一同笑)

リー:
それに、ウィル・スミスの方が簡単。彼に「あれやって」「次はこれやって」と言えばいいだけ。ジュニアはとても大変。人間みたいなことをさせる上では、数多くのアーティストが試行錯誤をします。僕は彼らを「テクニシャン」と呼ばず「アーティスト」と呼んでいます。「テクノロジー」と聞くと爆発シーンやモンスターを想像しがちですが、ジュニアを人間のように動かすには最高の芸術的センスと腕が必要です。3日前に僕がOKを出した「ジュニアが話すシーン」は、1年前にオーダーしたものなんです。数百人のアーティストが、1年もかけて作り上げたんです。それでもまだ僕は「観客はリアルだと感じてくれるだろうか」と考えました。それぐらいに難しいんです。生の俳優より難しく、もっとお金がかかる。将来的にはもっとコストが下がり、より多くの人がこのテクノロジーを使うようになるだろうとは思います。本作のストーリーも、少し前なら語ることは不可能でした。昔だったら、ウィルの息子を出したところでしょう。彼にヘアメイクをして、クローンを演じさせたはずです。でも、このテクノロジーを使ったほうが、ずっと思っていたものに近くなります。だから、僕はこの芸術フォーマットを歓迎します。

ブラッカイマー:
これはフィルムメーカーの道具箱に加える新たな道具に過ぎません。観客をより物語に引き込むための手段のひとつです。アンが作り出したテクノロジーは、彼のフィルムメーカーとしてのレガシーの一部となるでしょう。1年半ほど前、彼のオフィスを訪ねた時、壁に昔のカメラの写真が貼ってあったのを僕は覚えています。本作でやっているのはモノクロがカラーになったような、そういう進化なんです。24フレームでアクションを見る時のようなブレは、本作にはまったくありません。まるで目の前で実際に見ているようで、最初はちょっと慣れないように感じるかもしれませんが、すぐに入り込んでいきます。

最新技術を惜しみなく盛り込み、今後の「3Dなら」の指針を感じられるかもしれない「ジェミニマン」は、2019年10月25日(金)から全国ロードショー中です。

『ジェミニマン』本予告 - YouTube

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