取材

幻の映画「ちびねこトムの大冒険」上映を記念して音響監督・斯波重治が当時のエピソードを語る


「serial experiments lain」や「キノの旅」で知られる故・中村隆太郎監督が初めて監督した映画「ちびねこトムの大冒険 地球を救え!なかまたち」は、1992年に完成しながらも諸般の事情で一般公開されることなく、一部の上映会などでのみ見られる「幻の作品」と化していました。

しかし、関係者がなんとか世に出したいと働きかけた結果、下北沢にある映画館・トリウッドの「トリウッド 冬のアニメ祭り」第4弾作品として、12月20日(土)からのロードショーが実現。これを記念して、12月14日(日)に音響監督の斯波重治さんをゲストに招いてのトークショーが開催され、当時の話や斯波さんが携わってきた作品の話などが披露されました。

長編劇場用アニメーション ちびねこトムの大冒険 公式webサイト - 中村隆太郎 初監督作品
http://chibinekotom.com/

12/14(日)斯波重治音響監督トークイベント開催決定:長編劇場用アニメーション ちびねこトムの大冒険 公式webサイト
http://chibinekotom.com/news/17.html

◆目次
・斯波さんと中村隆太郎監督との関わり
・声の仕事について
・音楽担当・川井憲次との関わり
・音響監督・斯波重治の仕事

イベントが開催された下北沢の「トリウッド」は、洋服屋の2階にあります。駅からは徒歩5分ちょっと。


イベント開催日は「冬のアニメ祭り」第3弾で、石田祐康監督の「陽なたのアオシグレ」・なかむらたかし監督の「寫眞館」などを上映していました。


階段を上がって、手前は飲食店、奥がトリウッド。トリウッドの向こうはまた別の飲食店です。


ロビーには映画制作当時に作られて保管されていたというポスターが展示されていました。


イベントはまず「ちびねこトム」の冒頭を約5分ほど見てから、司会の藤津亮太さんが斯波さんに質問をしていく、という形で進められました。

◆斯波さんと中村隆太郎監督との関わり
斯波重治(以下、斯波):
僕は現場を引退してもう十何年にもなりますので、こうして出てくることもほとんどなく、アニメの現場では浦島太郎です。よく、10年から15年ぐらい若く見られるんですが、昭和7年生まれです。この下北沢の出身で、このあたりに焼夷弾が落ちて、うちの周りを消火したことを鮮明に覚えています。


今回、このお話をいただいたとき、お断りしようと思っていたんです。ところがお話を聞くうちに、この作品が22年ぶりに公開されることが決まったということで、それに、中村隆太郎さんが昨年お亡くなりになったということを知って大変びっくりしまして。(作品のエグゼクティブプロデューサーだった)杉田さんのお嬢さんからも、お父様がものすごくいろいろなことをなさって作った作品だということを伺って、多くの人がいろいろな思いを込めて作った映画なんだなと改めて感じまして、なんとかしゃべることが隆太郎さんのご冥福を祈ることになるだろうと考え、こうして出てきた次第です。

藤津亮太(以下、藤津):
素朴な質問から伺いたいんですが、この作品で中村監督と初めて接点を持たれたんでしょうか?

斯波:
「機動警察パトレイバー」の最初のOVAシリーズで、私が音響をやったんですが、その中の1本(第2話「ロングショット」)で彼が演出をやっていて、スタジオでダビングを終えた後に押井ちゃんから紹介を受けました。そのときが初めてですね。

藤津:
どんな方でしたか?僕は中村監督に取材する機会がなかったので、みなさんから話を漏れ聞くのみで……。

斯波:
初めてお会いしたときから物静かでした。寡黙で、とても優しい気持ちを持った方だなというのが第一印象でした。そんなにお話をしたりすることはなくパトレイバーが終わって、その後、僕が一緒に仕事をしたのは3本なんです。この「ちびねこトム」と「グスコーブドリの伝記」、そして「双子の星」です。僕の感覚かもしれませんが、子どもの心、子どもの視線を持っていた方だなと思います。「ちびねこトム」も子どもの視線・心を土台にして、苦労されて作られたんじゃないかなと、とっても思います。

藤津:
「グスコーブドリの伝記」に通じるところもありますよね。


斯波:
グスコーブドリについてはここではお話ししきれないこともあります。近年また映画化されましたけれど、僕は中村監督のものがすばらしいと今でも思っています。

藤津:
斯波さんの中でも印象深い監督なんでしょうか。

斯波:
3本の仕事の中で、僕と喋っていても、言葉上の意味や感情だけではなく、裏にあるものを感じ取って喋っていたような印象があります。隆太郎さんはどう思っているか分からないけれど、私は「すばらしい監督だな」と思いました。


◆声の仕事について
藤津:
本作についてのお話も伺っていきたいと思います。主役は藤田淑子さんですが、キャスティングはどのように決まっていったんでしょうか。

斯波:
いやぁ、だいぶ前ですからね……どういう風にキャスティングしたというのは2、3しか覚えていなくて、改めて見ると「そうだ、こういう人たちと一緒にやったんだ」って……。みなさんかなりキャラクターをしっかり押さえてやってらっしゃるなあと思います。

藤津:
高山みなみさん、かないみかさんが入っていて、この直前ぐらいにあった「楽しいムーミン一家」でもメインキャストで入っていたから、一貫性があるのかなと思いましたが。

斯波:
特に一貫性はありません。僕は、藤田淑子さんとはあまりお仕事をしていないんです。かなり前に1度だけ(1980年放送「愛の学校クオレ物語」)やったことがありますが、演技の幅があってなんでもこなせる方だとわかっていたから、この作品でもやってもらったのだと思います。この後もまた機会がなくて……。「いいなぁ」と思っている人でも、機会がないとなかなか仕事をすることがないという人はいますね。たとえば戸田恵子さんとはやったことがないんです。

藤津:
意外ですね。

斯波:
機会がなかったんですよ。スケジュールだとかその他だとか、間に合わないことがあるんです。

藤津:
野沢雅子さん、高山みなみさん、坂本千夏さんと、少年役をこなせる方の名前がずらりとそろっていますね。


斯波:
少年役をやるというのは一番難しいんですよ、みなさん女性ですから。「男の子である」ということを意識してもらった上で、無理をせずに男の子の声の出し方に近づけて、作らず自然にセリフをやってもらうということ。これが女の子が男の子の芝居をする上で一番難しい。それがきちっとできる方は何人もはいなかったかな、と僕は思います。

藤津:
豪華なキャスティングで、大塚明夫さんが神様(レオニス)役。子どもたちとそれ以外のバランスはどのように考えられたのでしょうか。

斯波:
シナリオやその時点のフィルムを見て受けた印象からバランスをとれるようにと考えてキャスティングをしていくので、うまくいくときは割合ささっと決まったりします。新人さんが主役に近いところで出るときには、その周りには技術を持った、吹き替えやアニメの声優と言われていても実際の俳優さんと同じような心持ちで芝居をできる人を配置するというのが、一番大事なことですね。それで全体のバランスが取れて、うまいものができていくという感じがありました。

藤津:
当時のアフレコの様子は覚えてらっしゃいますか?わりとスムーズだったんでしょうか。

斯波:
これに関しては、当時のことだからたぶん1日で録ったんだと思います。たとえばレギュラー作品で1年や4年放送があったものの中であればいろいろとエピソードも持っているのですが、この作品のアフレコについては、正直、そこまで覚えていないんです。

藤津:
先ほど名前を挙げた高山みなみさんは、斯波さんが好んでキャスティングされる方の1人かなと思います。

斯波:
そうですね。高山みなみさんはいろんな役をやってらっしゃるけれど、僕は特殊な役をやってもらったことを思い出します。NHKで放送した「アニメひみつの花園」で、病身の女の子をみなみさんにやってもらったら、うまかったですねぇ!絶品でした。それはあまり知られてないですよね。


藤津:
世間が思っている高山さんのイメージとはちょっと違う役ですね。

斯波:
そう、「高山みなみといえばこうだよな」という固定化されたイメージと違う役をうまくやると、こちらとしてはこたえられないです。「そうそう、それでいいんだ!そうなんだよ!」と、とっても嬉しくなります。

藤津:
音響監督の醍醐味ですね。

斯波:
そうかもしれませんね(笑) そういうことでいえば、新人の方が役について徐々にうまくなっていくのを感じるのは、とてもうれしいですね。ここにいる千葉ちゃんがまさにそうですね(笑)、構えたところに「ストライークッ!」というものを投げ込んできてくれて、お世話になりました。

千葉繁(以下、千葉):
いえいえいえいえ(笑)

斯波:
ニルスのふしぎな旅」の時だとか。

千葉:
ニルスは、緒方賢一さんとつるんでいる役でした。

斯波:
2人が軽妙に掛け合って、ほぼ完璧なキャラクターを作れたという思いがあります。面白かったですね。そういうときが僕らにとって一番嬉しいことですね。

藤津:
新人ということだと、このあとおサルの役で出てくる山口勝平さんも、ごく初期に「らんま1/2」で主役をやっていますよね。この映画の制作と前後するぐらいだと思います。

斯波:
勝平君はスタジオジブリの作品、「魔女の宅急便」でトンボ役をやっていて、奇妙な声で演じていて面白いな、なんか機会があればということで頭の中に入っていたのは事実です。「らんま」のときには、いろいろありまして(苦笑)、予算的にきつい時代に入っていたんですよ。今までのようなキャスティングでは絶対に予算内に収めることができない、ということが明快になってきていたので、新人さんはギャラのランクが高くないですから、何とか新人でいけるところは新人でやって、周りを技術の伴った人たちで囲うという考え方で、やってもらいました。最初は苦労はありましたけれど……初めての仕事だったとしても、少しでも俳優としての基礎を持っていれば、だいたい10本から12本で、確実に大丈夫になります。

藤津:
形ができあがる、と

斯波:
1回2回ではそうはいきません。だから、最初の10本ぐらいまでは放送局に「あいつはダメだよ」という投書があるけれど、1クールを超えると内容は「いいね」というものになるんです。そういう時代でした。


藤津:
その10本の間は、斯波さんが音響監督としてハッパをかけたり、指導をしたりされるわけですよね。

斯波:
してたのかなあ?(笑)

藤津:
斯波さんは役者に厳しく求められるというお話を聞いたことがあるんですが。

斯波:
どう、千葉ちゃん?

千葉:
すごく愛情があって、斯波さん自身も演技をやられていたから、優しく指導してもらいました(笑)

斯波:
聞いてみると「すごく厳しかった」という人と、「すごく優しかった」という人に完全に分かれますね。ちょっと「ああー」って思ったときにきつく言っちゃうんですよ。でも、俳優さんによってはきつい言い方だと萎縮しちゃう人もいるし、一方でささっと直す人もいるし、俳優さんの個性とその持っているモノによって違うんです。一面的な、いつも同じような要求をしてしまうとダメなんです。俳優さんにはそれぞれ個性があるから、そこを捉えて「この状況ではこう言った方がいいな」ということをアドバイスし続けていると、どんどんよくなってきてくれます。


藤津:
役者さんの気持ちを汲んだ上でやると。

斯波:
もちろん、それが大変なんですけどね(笑) いまちらっと出たけれど、昔、僕も芝居をやったことがあるんです。当時は演出部にいたんですが、あるとき、舞台で主役にあうヤツがいなくて「おまえ、やってみろ」と言われてやったことがあり、そのときの経験はすごく役に立ちました。当時、昭和30年代初頭で、食うや食わずの生活です。ちょうど、NHKが吹替をはじめたんですよ。民放では原音を聞いて合わせるんですが、NHKは「そういう作り方はいけない、原語に引っ張られる」と、原音を聞かずに「セリフと場面とを見て、内部から役を作っていかなければダメですよ」という路線だったんです。この仕事が、一番安いものでも1750円だったと思います。これはすごく魅力的で、演出部だとか関係なくとにかく足を運んでいたら、ディレクターの方がいらして仕事をくれたんです。一言だけですけれど、そのときの番組が……名前が出てこないな、ごめんなさい(1960年にNHKが放送した海外ドラマ「陽気なネルソン」)。主役は関根信昭さんで、お父さん役は劇団民藝所属の大滝秀治さんでした。大滝さんはアテレコなんてやったことがないわけで、マイクの前でこうやって大きな動きをつけるものだから「ああ、外れる!外れる」って。

藤津:
外れますね(笑)

斯波:
でも、それを後ろで見ていても、おかしくても笑うわけにはいかないですよ(笑) そんなわけで、僕なんかは一言ですぐに終わってしまうので、裏に入ってディレクターの方に「見学させてください」と言って、裏側を見せてもらいました。このときに「ああそうか、こうやって録音してやっていくんだな」という手順を覚えたんですね。劇団の方(劇団自由劇場)は10年ぐらいやって、新劇史の中にも名前がちらっと残っていますが、僕の先輩の演出の方と指導者の意見が食い違うなどもあって、つぶれてしまいました。そのとき、劇団にNHK東京放送劇団第1期生だった小山源喜さんがいらしたんです。小山さんは加藤道子さんなんかと一緒の第1期生ですが、名前だけでもご存じの方はいらっしゃいますか?

藤津:
何名かご存じだと手が上がっていますね。

斯波:
この方から「吹替をやっているプロダクションがあるから、紹介してやる」と言われました。そうして、吹替のプロダクションへ行ってアルバイト的に仕事を始めたのが運の尽きで、会社は零細で借金はどんどん増える、仕事をやらないと僕は会社から出られない、と(笑) でも、仕事がどんなものだかわかっていたからできた、というところはありますね。

藤津:
演劇経験を持ってからディレクション側に回って、経験は生きましたか?

斯波:
声優さんだろうとなんだろうと、演技をする基本は全く同じですから、そこは大変役立っていただろうと自分では思っています。


◆音楽担当・川井憲次との関わり
藤津:
ここまでは役者さん中心にお伺いしてきましたが、この作品は音楽を川井憲次さんが担当しています。川井さんとは関わりも深いと思いますが、初対面は「紅い眼鏡」のころですか?

斯波:
川井さんを初めて知ったのは、助手をしていた浅梨なおこという女性から聞いたときですね。立派なディレクターになるなと思っていた子ですが、「三ツ矢雄二さんの芝居を見に行ったら、劇伴がとってもよかった。誰なんだろうと名前を見てみたら『川井憲次』という人だった」と。当時、僕らは作品をいくつか担当していて、今ではありませんが、音響ディレクターをしていて音楽まで任されることがあったんです。あるとき、誰か音楽で新しい人はいないかなと思ったときに、川井さんのことを思い出してお会いして、やってみることになりました。その作品がオンエアされたかどうかは覚えていませんが、作ってもらったら、とっても良かったんです。

藤津:
ふむふむ。

斯波:
話を聞いてみると、自分でバンドをやってきた人だと。だから、とても自由に曲を作ってくれるんです。監督が作品にどういうイメージを持っているかを大事にして、そこをベースに音楽を作ってくれる。それで「紅い眼鏡」でもやってもらいました。ちょうどここに主人公がいますよ(笑)

藤津:
その話もまたぎっしりと中身がありますね。

斯波:
とにかく、最初は映画にするつもりはなかったんです。「うる星やつら」で千葉ちゃんがメガネという役をやったおかげで、押井さんも考えていなかったぐらい、俄然存在感を増したわけです。僕は千葉ちゃんの面白さは浮ついたものではなく、根本からつながったところで飛躍した演技をしているんだというのをわかっているつもりだったから、千葉ちゃんを主人公にしたCDドラマを作りたいなと思って、「うる星やつら」が終わったころに押井さんの仕事が少なくなった時期があったから、「押井さん協力してください、企画を立ててください」とお願いしたんです。それから始まったんですが、あの人の粘りはものすごくて(笑)、なんだかんだ言っているうちに「16mmでやりましょう」と映像でやることになり、やっているうちに「やっぱり35mmで」と。

(会場笑)

藤津:
ずいぶん話が大きくなって(笑)

斯波:
そう(笑) しかし、これがまた素晴らしいものなんです、自分が作りたいというモノをしっかり持っている人だから。できあがったものが当時、どれぐらいの人に受け入れられたのかということはありますが、それについては藤津さんがすばらしい文章を書いていらっしゃいますよね。読みましたよ。


藤津:
いえいえ。

斯波:
少ない人たちなんだけれど、その人たちに入っていくモノとしては、ものすごい映画作りをなさる方なんです。そのときに、音楽を誰にしようかなと考えて、これはやっぱり川井さんだろうと。それでやってもらうと、すごくいい。主題にすごく惹かれるでしょう?「紅い眼鏡」にああいう音楽がない限り、寝ちゃいますよ(笑)

(会場笑)

斯波:
観客を巻き込みつつ、押井ちゃん独特の虚実入り交じった世界を作り上げていく。作品ができたあと、実はフランスのカンヌ映画祭に出そうという話があったんです。

藤津:
先日のリバイバル上映では、そのためのフランス語字幕版がありました。キネカ大森での上映だったんですが、「曰く付きのプリント」だと伺いました(笑)

斯波:
篠沢秀夫さんって、大橋巨泉さん司会の「クイズダービー」という番組に出ていた教授がおられますが、フランス語が堪能なので「ひょっとするとカンヌに行くかもしれないので、ぜひお願いします」とお宅へ行って、ナレーションをつけてもらいました。うわぁ、懐かしいなあ!ぜひ見たいな。

藤津:
そうすると、川井さんのうまさを斯波さんが気に留められていて、「ちびねこ」でも声をかけられたと。

斯波:
まぁ、そうだったと思います。

藤津:
川井さんには幅があるから児童映画的なものでも安心してお願いできると。

斯波:
違う方向でもいろいろやってらっしゃったので、合うかどうかはわからなかったけれど。川井さんの中には自由さがあるから、どんな作品であろうともこなしていく、職人的な技術は確実に持ってらっしゃるんじゃないですか。

◆音響監督・斯波重治の仕事
藤津:
先ほどからお話をしている背後で作品の上映が続いていますが、好きだったシーンとかありますか?

斯波:
中に入ってからも面白いですが、僕が面白かったのは冒頭部分。ネコの子どもたちが5~6人、夏休みになって心をわくわくさせて、秘密基地に行くわけですよ。基地の中で、明日から始まる冒険を実に楽しみにしていて、仲が悪くてけんかしながらもわくわくしている。そういうところが大好きですね。映画としてはその後にメッセージ風なところもあるし、面白いけれど、僕は導入部が好きですね。この冒頭部分では各キャラクターの区分けをはっきり見せたいというところがあったんでしょうね。


藤津:
僕が音響で印象に残っているのは、海の中の町で音楽もSEもなくなる、「引き算でできたシーン」があったのが印象的です。ある種のオチに向けての伏線的なニュアンスもあって。

斯波:
その通りです、それは具体的にここで申し上げない方がよいと思います。さすがです。

藤津:
いえいえ、すごく印象にありましたので。改めて、長編作品の音響監督をなさるとき、どういうように全体を考えて進められるのでしょうか?ここが山だとかヘソだとか決められるのでしょうか。

斯波:
僕はそういったことはあまりやらないですね。最初にシナリオを読んで、できあがった絵コンテを読み、キャラクターを見て、全体を読み取るというか「これで監督は観客に何をどう伝えたいのか」を具体的に捉えようとします。それからキャスティングが始まりほかも始まり、と構成していきます。「ここが山で」と最初に考えると、中身から出てくるのではなく、上から付け足して作っていくことになるんじゃないかと思って。だから、そういうのは僕の中ではあまりなかったのではないかと思いますね。

藤津:
中村監督作品だと、監督が主張するモノが明快に見えてくる?

斯波:
それは中村さんだけではなく、宮崎さんもそうだし、押井さんもそうだし……。不思議ですよね、僕は宮崎さんの初監督作品につきあって、押井さんも、中村さんもやっている。なんか、共通項はあるのかなと思いますね。


藤津:
振り返ってみると、初監督作品だからこうだなというのはありますか?「初監督作品にはすべて入っている」といいますけれど。

斯波:
あります。たとえば宮崎さんなら未来少年コナン、あの26本のシリーズの中に、その後ずーっと「風立ちぬ」までの中にある、すべてが入っているというのをすごく感じます。宮崎さん自身はそうだとはおっしゃらないかもしれませんが、おもしろいものですよね。すべてのものが内包されているじゃないですかね。

藤津:
「ちびねこトム」にも中村監督らしさが出ているのでしょうか。

斯波:
そうですね……大人になってからの生き方などを持っているのと同時に、子どもの視線と心を、ずーっと隆太郎さんは自分の中に持っていたんだと思います。そういうことは、頑張ればできる人もいるけれど、隆太郎さんは頑張らなくても自然に両方持っていた。そういう方は少ないと思います。僕にとっては、そのような方でした。

藤津:
童心をそのまま持っているような。

斯波:
そうです。だから、見ていただくときにはそのようなことを意識していただくと、いろんなものを感じていただけるのではないかと思います。

スタッフ:
実は本日、出演者の方が来場しています。先生役の塩屋翼さんです。

斯波:
いやぁー……塩屋くん、老けたなあ(笑)

(会場笑)

藤津:
今、改めて見ていかがですか?


塩屋翼:
斯波さんから今回のお話をいただいて、こうして見てみたら、まさか冒頭でしゃべっているとは思いませんでした(笑) 22年ぐらい前ですよね……あれ、兄貴じゃないんですかね?(注:兄は魔人ブウ役などで知られる塩屋浩三さん)

藤津:
ご自身でもびっくりされた?

塩屋翼:
「やったら忘れるのがこの仕事のコツ」みたいに先輩から教わったものですから。恥ずかしいから自分の作品を見返すこともないので、来てよかったです。


(会場笑)

このほか、この日は残念ながら来られなかった小林優子さん、かないみかさんからもメッセージが届いており、野沢雅子さんと山口勝平さんからのメッセージは倉田雅世さんによる読み上げがありました。


藤津:
では、メッセージもいただいてお時間もいいところということで、改めて「ちびねこトム」が映画館でかかるということでメッセージなどあればお願いしたいのですが。

斯波:
そうだなぁ……メッセージなんて、そんなことはとても僕には言えませんけれども、今日は選挙ですよね。結果がもうすぐ出ます。その内容は僕の中では予想がついているし、間違いがないと思います。

毎日のニュースを見ていると、20年前、30年前と比べて天候が激変していたり、地震があったり、地球の具合が悪くなっているというのを肌身で感じています。それにプラスする形で、国内の状況も……少なくとも僕は戦争体験があり、一粒の飯もないようなところで生きてきましたから、これからの4年間がすごく恐ろしいという気がしています。これは、お分かりになっていただけないかもしれません。僕らの世代の連中なら分かるんです。つい70年前のことが、世の中でだんだん忘れられていく。経済が良くなってみんなが幸せに暮らした時代もあったけれど、それが崩れていくという危機みたいなものを感じているんでしょう。制作当時はこうした時代の流れは今ほど強くないから、隆太郎さんの中にはそういった意識はないかもしれないけれど、映画の中に直接的には出てこなくても、関連性は感じられます。そういう観点から見ていただければ、隆太郎さんも大変喜んでくれるんじゃないか、そんなことを考えています。

藤津:
20年以上前の作品ですが、関連性を持って作品が現代に生きるということですよね。どうも、ありがとうございました。斯波重治さんでした。


「ちびねこトムの大冒険 地球を救え!なかまたち」はトリウッドで12月20日(土)から公開中。12月28日(日)には、本作の作画監督・大橋学さんと美術監督・小倉宏昌さんが出演し、アニメ監督の北久保弘之さんが聞き手をつとめるトークイベントが開催されることになっています。

12/28、トリウッド特別企画「大橋学、小倉宏昌美術監督トークイベント」開催決定! - Mao Cloud アニメーター・大橋 学

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
【訃報】「serial experiments lain」「キノの旅」の中村隆太郎監督が死去 - GIGAZINE

チケットが10分で完売しシネ・リーブル池袋が満席になった「serial experiments lain」イベントレポート - GIGAZINE

オリジナルスタッフが当時を語る「serial experiments lain」イベントレポート・完結編 - GIGAZINE

in 取材,   映画,   アニメ, Posted by logc_nt

You can read the machine translated English article here.