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わずか20年で急激に台湾のアイデンティティが変化したのはなぜなのか?

by Vernon Raineil Cenzon

2016年に行われた台湾の世論調査では、回答者の80%が自分を「台湾人」だと述べ、中国人だと述べたのは8.1%に過ぎませんでした。この結果は、1980年代から90年代に行われた世論調査の結果とは真逆であるとのこと。わずか20年余りの期間に急速にアイデンティティが変わったのはなぜなのか、作家でありアナリストのTanner Greer氏が分析を行っています。

The Scholar's Stage: Public Opinion in Authoritarian States
http://scholars-stage.blogspot.com/2019/09/public-opinion-in-authoritarian-states.html

もともと、1900年代の中国には「中国人」としてのアイデンティティーは存在しませんでした。当時の漢民族の多くのアイデンティティーは自分が生まれた村や一族と強く結び付いており、自分のことを「中国人」だと考えるのは一部の知識人のみでした。ここでいう知識人は、主に清の士大夫のことですが、後に五四運動に傾倒する思想家や活動家、政治家も同様に「中国人」としてのアイデンティティーを持つようになります。これらの人々は、当時中国が経験していた苦難の理由の1つを「国としてのアイデンティティーの弱さ」だと考え、ナショナリストたちは1920~40年代にかけて、政治プログラムを通して国家としてのアイデンティティを構築していきました。

ところが、2019年は中国とされながらも、このアイデンティティーの構築から漏れた存在があります。1895年から1945年まで日本の統治下にあった台湾です。日本の統治は当時の帝国主義の標準で行われており、経済的投資や地方エリートの選出などを実施しました。戦後も台湾における日本統治時代への評価は肯定的だといわれており、当時を懐かしむ声もあるとのこと。

by Mark Ivan

その後、中国国民党が台湾の政治に介入することになりますが、政治体制の破壊や反乱、共産主義といった色合いの濃い中国国民党は、台湾人にとって居心地の悪いものでした。最初こそ中国国民党は台湾を戦いで得た宝物のように扱いましたが、1940年頃から政党の腐敗が目立つようになります。1950年には蒋介石が総統職に復職し、台湾国民政府の活動が本格的に開始ました。そしてこの過程で台湾は全域が戒厳状態とされ、台湾住民は1987年まで国民党の政治的抑圧を受けることになります。このなかで、中国のナショナリストたちは台湾の産業、報道、教育システムなどにナショナリズムを組み込んでいきました。

そして1990年代になり、民主進歩党が力を持つと、国民党との対立が鮮明になりました。民主進歩党は台湾はすでに主権が独立した国家であるとの現状認識に立ち、現状を変更する場合は必ず住民投票によって決定しなければならないとする「台湾前途に関する決議文」を採択。そしてこの時代に、台湾人たちの「急速なアイデンティティの変化」が起こりました。

中国のような思想が統制される国において、「異なる意見」を持つことは問題に巻き込まれることを意味します。このような国の世論調査では、人々の本当の意見を聞き出すことは非常に困難です。そのため、台湾におけるアイデンティティの変化は、「全く新しい意識が生まれた」可能性もありますが、「それまで抑圧されていた意見や表現が現れるようになった」ともとれます。

この疑問について考えるために、Greer氏はもう1つの「急速に世論が変化した事例」を取り上げています。それが、アメリカの自由貿易に対する共和党・民主党支持者の意見です。以下のグラフを見ると、2014年をピークに、自由貿易に賛成する共和党員の数が急激に減少しているのがわかります。


アメリカでは検閲や国家システムの解体があったわけではありません。これには政治的リーダーシップが果たす役割が大きく関係しているとのこと。

人には自分とグループのアイデンティティを同一視する傾向があり、また、社会を「自分」と「彼ら」にグループ分けする性質も持ちます。これらのグループはシンボル・シグナル・規範などによって判別されます。具体的にいうとドレスコードや振る舞いなどで判別が行われ、「適切」や「変」といった感覚はその判別から生まれます。そして多くの人は「グループの中で受け入れると見なされること」、言い換えると「普通のこと」に従って行動します。


影響力の大きいリーダーや尊敬されるリーダーは、その存在自体が、誰かにとって「同一視する存在」です。このようなリーダーが新しい立場を受け入れれば、リーダーを同一視する人にとって自分の意見を変えることは「合理的」なことになります。

トランプ大統領を例にとると、例えば50代の共和党支持者の男性がいたとします。男性が共和党を支持するのは中絶に反対するためです。男性は新聞を読みますが経済や国際貿易法を深く理解しているわけでも興味があるわけでもありません。男性が自由貿易を支持しているのは、彼が信じている人々が自由貿易を支持しているためです。しかし、リーダーであるトランプ氏が貿易戦争を支持し始めると、グループとの同一視を行う男性は、自分の立場を再考し始めることになります。男性はトランプ氏が自分と異なる意見を持つときでも、トランプ氏を尊敬してきました。「トランプが強く反対するということは、何か理由があるのだろう。意見を聞く必要があるようだ」と考え、男性は積極的に貿易に対しての議論について考えだすようになります。そして最終的には、自由貿易に関してもトランプ氏と同じ意見を持つようになります。

by Paul Weave

ここで再び台湾の話題に戻ります。国民党に政治的抑圧を受けていた台湾ですが、戒厳令が敷かれていた当時の社会には分断がありました。中国本土からやってきた人やその子ども、政府の職員、国民党の支持者にとって、当時の政権は支持するものでした。一方で、もともと台湾で暮らしていた人は孤立化し、社会的な不安やいらだちを感じていました。ナショナリズムという点から考えると、このような台湾人たちを台湾人たらしめるアイデンティティはこの「思想」の違いそのものだったとGreer氏は考えています。検閲や政治的な支配は、台湾人たちから思想というアイデンティティを遠ざけたとのこと。

そして、戒厳令から解放されると、これまでは制限されていた発言を自由に行えるようになりました。抑えつけられていた発言は、知識人たちの「反国民党的な意見」だったため、急激に反国民党の声が人々に届くようになると、多くの人が発言は知識人の発言を「意味のあるものだ」と考え、その思想が支持を集めていきました。これにより、グループの急激なアイデンティティの変化が起こったわけです。

当時、もし台湾住民と国民党支持者の間で分裂がなければ、このようなことは起こらなかったはずだ、とGreer氏。90年代に台湾の人々が新しいアイデンティティを得るには、人々の分断と、それを政治的問題にする思想が不可欠でした。

またGreer氏は、現代の中国人学生が留学や旅行をした時に、より国家主義的になり、共産党を支持する傾向があるのは、社会的分断がないからだとしています。中国人学生たちが属するグループは検閲によって思想が統制された「中国人学生」という大きなくくりでしかありません。このため、他の中国人学生が外部から攻撃されると、自分が攻撃されたかのように感じて反撃に出ることになります。民主的な社会では政治的な分断が発生しますが、中国では権威主義的な支配が自然発生するはずの分断の仕組みを凍結させてしまっているために、このような事が起こるのだとGreer氏は述べています。

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in メモ, Posted by darkhorse_log

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