損傷した金属を室温で人間の骨のように修復する技術が開発される
by Chris J Mitchell
金属は非常に強くて丈夫な素材であり、長年にわたって人間は金属を加工してさまざまなものを作ってきました。一方で金属は破損した際の修復に必要なエネルギーが大きく、修理には金属を高温に熱して溶接する方法が広く使われています。ペンシルベニア大学の研究チームは、そんな金属部品を室温で「人間の骨のように」修復する技術を開発しました。
Low‐Energy Room‐Temperature Healing of Cellular Metals - Hsain - - Advanced Functional Materials - Wiley Online Library
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adfm.201905631
Penn Engineers Develop Bone-like Metal Foam that can be ‘Healed’ at Room Temperature
https://medium.com/penn-engineering/penn-engineers-develop-bone-like-metal-foam-that-can-be-healed-at-room-temperature-65a4ec8b80d4
金属の破断した箇所を溶接によって接着する方法は高いエネルギーを必要とするだけでなく、金属部品によっては溶接による修復が好ましくないパターンもあります。たとえばガスによる小さな空間を有する発泡金属を用いた部品は、重量を減らしつつ強度を保つ目的で使用されますが、溶接すると金属の複雑な内部空間が埋まって重量が増してしまいます。
そんな発泡金属を修復する方法について探っていたペンシルベニア大学の機械工学科准教授であるジェームズ・ピクール氏と大学院生のザカリア・フセイン氏は、ポリマーやプラスチックで作られる自己修復素材に着目しました。ピクール氏は、「既存の自己修復材料はポリマーにさまざまな化学物質を含浸させ、ポリマーが破裂するとエポキシのように混ぜ合わされて損傷箇所を接着します」と述べています。
ポリマーには流動性がある上に室温で変形可能なため、強い熱を与える必要がありません。その一方で既存の自己修復材料では強度が制限されてしまう点から、そのまま金属の修復には使えないとのこと。2人は既存の自己修復材料による修復を行うのではなく、ポリマーの性質を用いて「破損箇所の感知」を行い、一種の化学信号として利用する方法を考案しました。
by Hernán Piñera
ピクール氏とフセイン氏は化学気相蒸着を利用してニッケルの表面を化学的に不活性なパリレン樹脂で均一にコーティングしました。パリレン樹脂の損傷許容度はニッケルよりわずかに低いため、ニッケルが損傷した時はパリレン樹脂も同時に損傷し、コーティング内部のニッケルが露出します。この露出した部分のみを接着し、破断した金属を修復しようというのが、2人の考えた方法です。
ニッケルを接着する方法として2人が使用したのは、電流を使って金属にめっきを施す電気めっきの仕組みです。電気めっきは自動車部品の銅めっきや宝石に金をめっきする際などに使われる技術で、めっきしたい金属イオンを含む電解液槽にめっきされる部品などを入れて電解液に電流を流すと、部品の周りの金属イオンが反応して均一にめっきが施されます。この手法は室温で、比較的低エネルギーで実行できるとのこと。
ピクール氏は「ポリマーとは違い、金属は室温で液体になりません」「しかし電気化学の利点は、金属イオンが電解液中を簡単に移動できる点です。電気化学を利用して、金属イオンを固体の金属に変換することができます」と述べています。金属全体を化学的に不活性なポリマーでコーティングし、破損した箇所だけ金属が露出することで、必要な箇所でだけ金属イオンを固体の金属に変換して接着することが可能です。
実際にピクール氏とフセイン氏が破損、または完全に断裂したポリマーコーティング済みニッケルを使い、電気めっきによる修復を試みたところ、およそ4時間ほどで損傷箇所の修復ができたとのこと。露出した金属全体に対して同時に電気めっきが作用するため、損傷の修復にかかる時間は破損箇所のサイズによって左右されません。
by Pikul Research Group
このアプローチは外部電源と原料を必要とするため、完全な「自己修復金属」というわけではありませんが、ピクール氏はこの仕組みを「人間の骨」と同様のものとみなしています。「多くの人は骨を自己修復材料と言うでしょう」「私たちの開発した方法は骨に似ています。骨は完全に独立しているわけではなく、修復にはエネルギー源と栄養素が必要です。私たちのシステムでは、電圧および金属イオン入りの電解液が必要です」とピクール氏は述べました。
また、電気めっきによる修復の際に破損前よりも多く金属が付着するため、修復された領域は損傷する前よりも頑丈になるとのこと。一方で同じ部品を再度修復したい場合、前回修復した部分のポリマーコーティングがなくなっているため、引き続きニッケルが蓄積してしまい治癒効率が落ちるという弱点もあります。
by Pikul Research Group
ピクール氏は「修復に必要な電解液を金属部品に統合し、人間の血液に似た構造を作り出すことも可能です」「金属部品が破壊されると電解液が破損箇所を取り囲み、バッテリーから電圧を加えることで金属を自己修復可能です」と述べています。この仕組みを利用し、将来的には損傷した部品を機械から取り外すことなく修復できる機構が開発され、修理の難しいロボット内部や宇宙ステーションの部品などに利用される可能性があるそうです。
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