サイエンス

夢の素材「グラフェン」研究を影から支える日本人研究者が存在する


炭素原子のみで構成され、単層で平面に広がる二次元物質「グラフェン」は、超伝導性を持つことなどから、量子コンピューティングなどさまざまな分野での応用が期待されています。近年グラフェンの研究は加速していますが、この影に、グラフェンの研究者でないにも関わらず、偶然グラフェン研究者が使用する高純度の結晶を液圧プレスで生成することに成功したことから、自らの研究を犠牲にしつつグラフェン研究を支えた日本人研究者が存在します。

Meet the crystal growers who sparked a revolution in graphene electronics
https://www.nature.com/articles/d41586-019-02472-0

国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の研究者である谷口尚氏と渡邊賢司氏は、世界で最も優れた高純度六方晶窒化ホウ素(hBN)単結晶を作成することで知られており、過去10年間、何百という研究グループに対し、無料でhBNを提供し続けてきました。


グラフェンを作ること自体は実は簡単で、鉛筆の芯から粘着テープで炭素のレイヤーを剥がせばいいだけです。しかし、グラフェンの持つ複雑な電子の特性を研究するには、グラフェンを「完璧に平坦で、グラフェンを移動する電子と干渉しない表面」の上にグラフェンを置く必要があります。ここで使われるのが、谷口氏や渡邊氏が作り出すhBNの単結晶であるわけです。2018年には電気特性を変えられる特定の角度「マジックアングル」が話題となりましたが、マジックアングルの研究を含めた何百という研究で、渡邊氏と谷口氏のhBNが使用されています。Natureの取材に対し、谷口氏は「私たちはただ研究に関与しているだけです」と述べますが、グラフェン研究者には2人の作り出す結晶を「プロセスにおける名もなきヒーローです」と語る人もいます。

もともと、渡邊氏も谷口氏もグラフェンの研究者ではなく、作り出した結晶がグラフェン研究で重要なものになるとは考えてもいなかったとのこと。2人はhBNの製造に関するいくつかの特許を持っていますが、それらが商業化される見込みはなく、研究グループのみが結晶を必要とします。ただし、多くのグラフェン研究者が結晶を必要とするので、2人の名は2018年だけでも180の論文に登場し、「世界で最も論文を発表した研究者」となっているとのこと。


谷口氏がhBN生成で使う液圧プレスは1982年から1984年の間につくばの研究機関で製造されました。谷口氏は東京工業大学で博士研究員を務めたあと、つくば市にある国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)で窒化ホウ素(cBN)の研究を開始しました。1990年代の日本政府は「Beyond Diamond(ダイヤモンドを越える)」という研究プログラムを開始し、半導体として利用したり、物質を切断したりが可能な物質を探しているところでした。この研究の副産物として生まれたのが、hBNというわけです。

渡邊氏はBeyond Diamondプログラムが開始された1994年にNIMSに加わりました。そしてダイヤモンドの光学的性質の研究に数年を費やした後、2001年に研究機関がコラボレーションを推進したことから、谷口氏にコンタクトを取ったとのこと。


谷口氏は当初、副産物であるhBNを「取るに足らないもの」と考えていたそうですが、渡邊氏は紫外線を当てるとhBNが光ることを発見しました。「私のキャリアの中で、もっともわくわくした瞬間でした」と当時ついて渡邊氏は語っています。2004年に2人はhBNが紫外線レーザーにとっての有望な結晶となる可能性を発表しました。同年にグラフェンの単一原子層の分離が成功し、グラフェンに対する熱狂が増していきましたが、2人はこれらの研究を興味深く観察していたものの、「二次元物質については全く知識がなかった」とのこと。

液圧プレスを前にする谷口氏。


2009年、グラフェン研究は大きな壁にぶち当たっていました。理論的にはグラフェンの持つ可能性は非常に大きいものの、現実で研究するために必要な「不純物を含まずグラフェンの電子と干渉せず、完全に平らな基板」が見当たらなかったためです。

幾度かコミュニケーションの壁に当たりつつも、グラフェン研究者たちは基板としてhBNを使うため、渡邊氏と谷口氏にコンタクトを取り、2人が作ったhBNを入手しました。実際に研究でこのhBNを使ってみたところ、基板に乗せた時のグラフェンの粗さがそれまでより3分の2も減少し、電子移動性も10~100倍に向上したとのこと。2010年に調査結果を発表したところ、同様にグラフェンの研究を行う研究者たちは目を輝かせました。グラフェン研究者であるフィリップ・キム氏は当時のことを「センセーションだった」と語っています。これにより、渡邊氏と谷口氏が作り出した結晶は、グラフェン研究者の中でまたたく間に知られていくことになります。2人の元には突如として問い合わせとサンプルのリクエストが殺到しました。

谷口氏と渡邊氏は2019年時点で、世界中の210以上の機関と結晶を供給する契約を結んでいます。2人は論文の完全共著者となることを求めていませんが、多くのグラフェン研究者は「彼らのサンプルがなければ研究が成り立たない」として、著者として2人の名前を論文に記しています。一方で、サンプル供給や論文発表のための事務処理が膨大な量になり、大きな負担であることも渡邊氏は明かしています。

by Bernd Klutsch

hBNの恩恵を受けるのはグラフェンだけでなく、遷移金属ダイカルコゲナイドと呼ばれる物質もまた研究にhBNを必要とします。このため、渡邊氏や谷口氏以外に、カンザス州立大学の研究グループもhBNの製造を行っており、徐々にその品質は向上しているとのこと。谷口氏や渡邊氏は、これらの研究を「互いに切磋琢磨できるもの」と考えています。

ただし、谷口氏は2019年7月で60歳を迎え、退職年齢となりました。谷口氏の退職はグラフェン研究者の懸念であったことから、研究者らは谷口氏を説得し、NIMSのフェローとして65歳までとどまってもらうことになったそうです。

谷口氏のhBNのレシピは門外不出であり、しかも「いつも同じレシピじゃ面白くない」ということから、変わることがあるとのこと。液圧プレスで結晶を生成する仕事を数十年間続けているにも関わらず、どのような反応が起きてhBNが生成されるのかという科学的なプロセス機能は謎のままであり、谷口氏はまさに「結晶栽培家」といえる存在。「誰も測定方法を知らず、何が起きているのか、結晶がどうやって育っているのかもわかりません。これはただ想像力によって生まれているのです」と谷口氏は語っています。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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