サイエンス

「薬が高ければ自分で作ればいい」とバイオハッカー集団が特許フリーなインスリンの開発を目指す「オープン・インスリン・プロジェクト」


糖尿病患者に必要なインスリンは、アメリカでは近年その価格の高騰が問題となっています。それを受けて、「生命を救う薬を開発し、糖尿病の患者やそれに近い人々に無料で提供しよう」という目標を掲げ、インスリンのオープンソースレシピを模索する「オープン・インスリン・プロジェクト」を、海外メディアのMashableが取り上げています。

Biohackers With Diabetes Are Making Their Own Insulin
https://elemental.medium.com/biohackers-with-diabetes-are-making-their-own-insulin-edbfbea8386d


インスリンは、体内の細胞が血液中を循環するブドウ糖を燃料として利用できるようにするペプチドホルモンです。インスリン分泌能力そのものが自己免疫などによって失なわれる1型糖尿病の患者は、十分なインスリンを産生することができず、高血糖や高血糖を起こし、長期的には心疾患、神経障害、腎障害を引き起こすことも。また、1型糖尿病の場合はインスリン不足によって糖尿病性ケトアシドーシスに陥ることもあり、命の危険があります。「1型糖尿病の人にとって、インスリンは酸素と同じくらい必要です」と、ワシントン大学で糖尿病の治療と教育を担当するIrl Hirsch医師は述べました。

「オープン・インスリン・プロジェクト」は、1型糖尿病を患うコンピューター科学者だったAnthony Di Franco氏によって2015年に設立された、バイオハッカー集団による研究プロジェクト。当時、Franco氏は雇用主を通じて健康保険に加入していたため、インスリンの治療費はそれほど高くなかったそうです。しかし、大学院に入学した時にインスリンの高騰化問題に直面し、毎月2400ドル(約26万円)を払うことになりました。これは大学院生としての彼の月給1600ドル(約18万円)を大きく上回る額です。そこで、Franco氏と共同研究者たちは、患者と病院が自分たちでインスリンを作れるようにすれば、インスリンの高騰化問題は解決できると考えました。


ペプチドホルモンであるインスリンは、タンパク質の設計図となるDNA配列を微生物のDNAに挿入することで作られます。そして、微生物のDNAから発現したインスリンが収穫・精製・瓶詰めされるというわけです。1979年にジェネンテックの科学者が大腸菌からこの方法でインスリンを合成した最初の例であり、それ以来製薬会社はこの方法を使用しています。

糖尿病は治療費が高騰する疾患となっており、医療費は年間3270億ドル(約36兆円)に達し、そのうちの150億ドル(約1兆7000億円)はインスリンによるものです。インスリンの価格は上昇し続けていて、2002年から2013年までに3倍、2012年から2016年までにほぼ2倍になったそうです。


たとえば、1996年にイーライリリーが製造するインスリン「ヒューマログ」の価格は21ドル(約2300円)でしたが、今日では1400%以上も上昇して324ドル(約3万6000円)となっています。もし保険に加入していなければ、糖尿病の治療費は月に数十万円もかかることになります。その結果、インスリン治療を受けている米国人740万人のうち25%が、毎回使うべきインスリンを節約するという問題が生じていて、インスリンの高騰が死を招く可能性もあります。

インスリン分子の特許そのものは既に失効していますが、製造工程の一部に関する特許は製薬会社が製造方法を微調整し続けるために残っています。現在市販されているインスリンのほとんどは合成インスリンであり、種類によって持続時間が長くなったり、作用するまでの時間が早くなったりします。患者のニーズに応えるために多種多様なタイプのインスリンを製薬会社が研究・開発することで、インスリンのコストが急騰したともいえます。

しかし、こうした動きはジェネリック医薬品メーカーがインスリン市場に参入することを妨げてきたと、オープン・インスリン・プロジェクトのメンバーであるThornton Thompson氏は指摘しています。「物流の観点からすると、これらはどれも値上げを正当化するものではありません。この技術は、基本的に過去30年から40年のものと同じです。しかし、製薬会社が特許を拡張するために製薬方法に小さな修正を加えることで、特許が永遠に続いていくのです」とThompson氏は主張しました。

また、インスリンコストは世界中のどこでも高いというわけではないため、アメリカの複雑な保険制度がインスリン価格を押し上げているといえます。実際、製剤薬局・保険会社と製薬会社との間を仲介するPBM(Pharmacy Benefit Manager)と呼ばれる中間業者が法外なマージンを請求することで、医薬品の値段が高騰しているという批判もあがっています。

「中間業者による法外なマージンによって医薬品の値段が高騰している」という批判 - GIGAZINE


「製薬会社の持つ特許を侵害せず、一般に公開できるインスリンを生成する同様の方法を開発すること」を目標に掲げたオープン・インスリン・プロジェクトは、2015年11月にクラウドファンディングでは1万6000ドル(約180万円)を集めるなど、好調なスタートを切りました。しかし、特許技術を使わずに大腸菌からタンパク質を生産することには失敗したとのこと。そこで、大腸菌ではなく酵母に切り替えて研究を行ったそうです。


同じ頃、フランスの生化学者のYann Huon de Kermadec氏がグループに加わり、インスリンの製造プロセスを引き継ぎました。そして18ヵ月間、Kermadec氏は適切なインスリン遺伝子を入手して酵母のDNAに挿入し、インスリンを少量生産しました。しかし、収穫できる量が精製するには少なすぎるため、研究室の助手であるAnderson氏と共同で、酵母菌の異なるコロニーを用いて実験を行い、生産量を増やすことができるかどうかを調査委しています。成功すれば、タンパク質の精製と検査の最終段階を経ることになります。

自分たちの作ったものが本当に純粋なインスリンであると確証が得られれば、Franco氏がグループの最初の実験台となり、自分で注射する予定だとのこと。Franco氏は、薬局で購入したインスリンをオープン・インスリン・プロジェクトで製造したインスリンと最終的に置き換えたいと考えているそうです。「何をするのかよくわからない新薬のようなものではありません。これは私たちが既に知っている薬で、正しく作られているかどうかを確認するだけです」とFranco氏は述べています。


オープン・インスリン・プロジェクトでは、完成したレシピをどうするかについても議論が重ねられています。選択肢の一つは「インスリンを自分で生産し流通させること」ですが、新しい医薬品の評価に加えて医薬品製造施設を検査・監視するアメリカ食品医薬品局(FDA)との間ですぐに問題が生じることが予想されます。

オープン・インスリン・プロジェクトが期待しているもう1つの選択肢は、製造レシピをオープンソースにして、病院や患者向けに提供することです。「私たちが中・長期的に関心を持っているのは、根本的に異なるモデルで機能する生産および流通センターのネットワークを組織することです。私たちは病院、無料の診療所、患者組織、糖尿病グループと提携したいと思っています。病院の裏に小規模な生産センターを設立できたらどうでしょうか?」というアイデアをThompson氏は述べました。

大規模にインスリンを製造するためにはポンプ・配管・pHセンサー・酸素センサー・滅菌システムなどの機器の購入に少なくとも1万ドル(約110万円)はかかるとのこと。しかし、いったんシステムが稼動してしまえば、あとは酵母に糖と増殖培地を供給するだけで、ほとんどコストはかかりません。10リットルのイースト培養液で1万人分のインスリンを作ることができるとのこと。こうした大ざっぱな計算に基づいて、Franco氏は一人当たりわずか1ドル(約110円)の初期投資で、1万人用のインスリン工場を作ることができると見積もっています。


しかし、Hirsch医師は「インスリンを製造し、その品質を確保し、適切な投与量を得ることは非常に困難です。生活のためにやっている企業がFDAの基準を満たすのに苦労しているという事実を考えると、誰かがガレージや浴槽の中でこれをできるとは思えません」と懸念を示しています。また、スクリプス研究所の副所長であるEric Topol氏は「インスリンなどの価格設定はひどいものだと思います、製薬会社が価格をつり上げ、一般大衆を搾取するために足並みをそろえていることを知っています。しかし、滅菌、有効性、安全性など、オープン・インスリン・プロジェクトのインスリン製造プロセスには失敗する可能性のあるものがたくさんあります。これはまるでマーフィーの法則のようです。インスリンは重篤な副作用を起こす可能性のある強力な薬です」と、オープン・インスリン・プロジェクトによるインスリン製造に疑問を呈しました。同時にTopol氏は、カナダやメキシコなど安い国から薬を買うなど、他の手段を使うことを勧めています。

Thompson氏もレシピの実行が難しいことは認めていますが、実行は可能だと主張しています。「誰もが自宅の裏庭で簡単に作れるほど簡単だとは言っていません。薬は正しく作られなければ、誰かを傷つけてしまうかもしれません。コミュニケーションがとても重要です。でもそのやり方は分かっています。私たちは社会にいながら、長い間かけてコミュニケーションのやり方を知りました」とThompson氏は語りました。

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in メモ,   サイエンス, Posted by log1i_yk

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