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なぜ医者は新しい医療ツールを拒否するのか?

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医療は日々進歩し、新しい技術がどんどん取り入れられていますが、新しい道具を拒絶する医師も存在します。このようなことは今に始まったことではなく、体温計が登場した時にも起こりました。なぜ医師たちは新しい技術を拒絶するのか、そしてAIやコンピューター技術が取り入れられる現代の医療における医師の姿について、実際に医師として働くGina Siddiquiさんが述べています。

Why Doctors Reject Tools That Make Their Jobs Easier - Scientific American Blog Network
https://blogs.scientificamerican.com/observations/why-doctors-reject-tools-that-make-their-jobs-easier/


1717年、ドイツ人技術者のガブリエル・ファーレンハイトはアムステルダムに移り住んだ際に、医師のヘルマン・ブールハーフェに自分が開発した最新の体温計を紹介しました。ブールハーフェはこの体温計を気に入り、診断と治療に役立てることを提案しましたが、当時の医師たちはこの方法を歓迎しませんでした。熱によって診断や治療を決めるという考え方は受け入れられていたのですが、重要なのは熱の「質」だと考えられていたのです。フランス人医師のジェーン・チャールズ・グリモーは「体温計は自分の観測を単なる数に変えてしまう」と批判。このような「数」の違いは治療において重要ではないと考えられました。

グリモーの考え方は、当時の多くの医師が抱いていたもの。医師たちは自分の手で患者に触ってこと多くの情報を得られると考え、過去数百年にわたって医師たちはガラス製のツールを嫌ってきました。


しかし、研究者たちは再現性の法則を薬学の中でも見いだしたかったため、忍耐強く普及活動を行っていきました。

1851年、ライプツィヒ大学病院のカール・ブンダーリッヒ医師は自身の患者の体温記録を開始。10万人、数百万回の記録のすえに、ブンダーリッヒ医師は「On the Temperature in Diseases: a manual of medical thermometry」(病気における体温:医療的な体温計のマニュアル)という本を出版しました。「人の平均体温は37度で、この前後であれは平常状態であるが、38度以上になると熱があるという状態になる」という現代につながる基準はブンダーリッヒ医師が確立したものです。ブンダーリッヒ医師は感覚ではなく「数」で定義された方が、病気の進行が予測しやすいと考えました。そしてこの本の発表により、「質による熱の判断」を固持する医師たちは変更を余儀なくされました。

by stevepb

この本の影響力は大きく、それまで体温計を使うことは医師の無能さを表すと考えられていたにも関わらず、1886年以降は体温計を使わない医師こそ無能だと考えられるようになったとのこと。「ただ患者の体に手を置いただけで得られたデータは不正確で信頼に値しない」と語るアメリカ人医師まで登場しました。次第に医師だけではなく患者の考え方も変化し、「ガラスの器具を口の中に入れないのですか?」と尋ねるようになったといいます。

19世紀に医療の形は大きく変わり、血液検査や顕微鏡の使用、X線なども登場しました。そして現代は治療がシステム化され、現代の薬は特定のバクテリア、特定の臓器をターゲットにしたものが開発されています。

自分がこれまで信じてきた治療法ではなく、新しい方法を患者に求められた時、医師は十分な理解がないままに治療を行えません。医師本人ではなく看護師が行う血液検査や体温測定が問題を生み出す可能性や、医師そのものの役割が看護師に置き換わってしまう可能性も考えられます。このようなさまざまな考えが医師の頭をよぎったのは、想像に難くありません。

当時、大学病院にのみ存在し測定に20分もかかった体温計は、現代では一般家庭にまで普及しています。しかし、だからといって医師が不要になったわけではありませんでした。多くの人が熱があれば医師に説明を求め、熱がなくてもとにかく医師に診てもらって問題の特定を求めています。

体温計が広まった当時と同様の状況は、今もなお存在します。現代の医療ではマイクロバイオームが調べられMRIスキャンが行われ、テストステロン値がテストされます。CTスキャンはより安価で、より速く、より正確に、放射線が少ない形で進化し、それまで痛みを伴う触診で調べられていた盲腸は、痛みがなく短時間の方法で検出できるようになりました。

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これを「テクノロジーによる医療の進歩」だと祝福する人もれいば、そうではない人もいます。実際に患者に触ったり、患者の話をしっかりと聞くことを必要としない自動化・システム化された医療では、存在しないことにされている病気や健康の状態があるというのがその主張です。ただし、医療機器が検知できない病気が存在するのも事実ですが、同時に人間の手では検知できない病気が存在するのも事実です。

かつて体温計を嫌ったグリモー医師は「熱病を引き起こす熱の質は、高度に訓練された医師の触診でのみ知覚され、道具による方法ではわからない」と主張しましたが、現代でもこの主張を取る医師は存在します。

子どもの発熱の多くは通常の風邪で、心配すべきものではありませんが、1万件に1件は致死性の感染症にかかった子どもがいます。このような子どもは抗生物質やICUでの治療が必要です。

アメリカ・フィラデルフィアの医師たちは、この「1万件に1人」の患者を選び出せるか、ということについて、人間と機械を用いる実験を行いました。その結果、経験豊富な医師は4分の3の確率でこのような患者を見分けることができたとのこと。病院はさらに見逃しを少なくするため、電子医療記録から「どの発熱が危険か」を判断する量的なアルゴリズムを使用しました。すると、アルゴリズムは10人中9人の深刻な感染症を発見することができましたが、一方で誤検知は人間の10倍でした。

そこでフィラデルフィアの病院はアルゴリズムの使用を受け入れつつも、医師や看護師に「高度に訓練された触診」を身につけさせ、致死性の感染症だと診断して子どもに静脈注射を行う前にしっかり調べさせることにしました。アルゴリズム単体だと致死性の珍しい感染症を検知できる確率は86.2%ですが、人間の診断と合わせるとその確率は99.4%にまで上がったとのこと。

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医療機器を使って軽率に検査を行い、軽率に検査結果に従って、自分の望まない結果が出ると肩をすくめるような医師になるべきではありません。人間の医師の判断はコンピューターに比べて遅く、不正確で、バイアスがかかっているかもしれませんが、プログラムされたことしか行えないコンピューターとは違い、人間は制限なく知覚ができます。テクノロジーがまだ知らない新しい現象、新しい答えを見つけだすことが、医師としての自分の役割だとSiddiquiさんは述べました。

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in メモ, Posted by darkhorse_log

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