本の内容を音声で聞かせてくれる「オーディオブック」は読書の代わりになり得るのか?
by Dzenina Lukac
「オーディオブック」とは、書籍を朗読した音声コンテンツのこと。アメリカでは車での移動が多く、移動中にオーディオブックを聞く人が多くいます。そんなオーディオブックにまつわる、「オーディオブックで本を聞いた場合でも、普通に本を読んだ場合と同じように本の内容が理解できるのか?」という疑問に、専門家が回答しています。
Are Audiobooks As Good For You As Reading? Here’s What Experts Say | Time
http://time.com/5388681/audiobooks-reading-books/
「本が読みたくてたまらないのに、仕事や生活に追われて読書時間が取れない」という時に、手や視線が自由になるオーディオブックは、従来の読書と比較して便利な存在といえます。そんな通勤中や家の掃除中であってもベストセラーの本を「聞く」ことができるオーディオブックですが、「本を読むのと違い、頭に入ってこないような気がする」と、その実用性を疑問視する人も少なくありません。
ペンシルベニア・ブルームスバーグ大学で教育学准教授を務めるベス・ロゴウスキ氏は、個人的にはオーディオブックを好んでいましたが、「チート行為だ」とも考えていました。そこで2016年にロゴウスキ氏は、オーディオブックと読書についての研究を行いました。
ロゴウスキ氏らの研究チームは、第二次世界大戦時に日本軍の捕虜となった陸上選手ルイス・ザンペリーニ氏について書かれたローラ・ヒレンブランド氏の著作「Unbroken」を用いて実験を行いました。1つ目のグループは本の内容をオーディオブックで聞き、2つ目のグループは本を電子書籍で読み、3つ目のグループはオーディオブックを聞きながら電子書籍を読んだとのこと。最後に全てのグループに対し、どれだけ本の内容を理解したかをチェックするテストを行った結果、「3つのグループに大きな差は確認できませんでした」とロゴウスキ氏は述べています。
by Pixabay
では、オーディオブックは有効なのかというと、そこには依然として疑問が残るとのこと。ロゴウスキ氏の研究では、本を読むグループが用いたのは紙媒体の書籍ではなく、電子書籍でした。「電子書籍で本を読んだ場合、紙の書籍よりも学習度や理解度が劣る」という研究結果も出ており、ロゴウスキ氏の研究結果はあくまでも「オーディオブックと電子書籍を比較した場合」という点に留意する必要があります。
電子書籍よりも紙の書籍のほうが理解度が高くなる理由について、紙の書籍では「今、本全体のどのあたりを読んでいる」ということがわかりやすいという点を挙げる人々もいます。バージニア大学で心理学教授を務めるダニエル・ウィリンガム氏は、「物語を読んでいる時に『自分が重要なイベントのうちのどこにいる』という点を感じることは、物語を理解して再構成する上での助けになります」と語りました。電子書籍では実感として本のどのあたりを読んでいるのかが理解しづらいため、その点が理解度の点で紙の書籍に劣る一因ではないかとのこと。
「印刷された文字が特定のページの特定の場所に固定されている」ということは、電子書籍よりも本の内容を記憶に定着させる助けになり得るそうで、いくつかの(PDFファイル)研究がこの説を補強しています。オーディオブックも電子書籍と同様に、本の内容を物理的な手がかりに固定させることはないため、理解度の点で紙の書籍に劣っている可能性があります。
by Leah Kelley
もう一つ、読書とオーディオブックにおける大きな差といえるのが「本を読むリズム」です。ウィリンガム氏によれば人が本を読んでいる最中の眼球運動のうち、10~15%は「以前に読んだ箇所を読み直している」とのこと。「この現象は非常に素早く絶え間なく行われており、文章をよりよく理解するために欠かせない要素です」とウィリンガム氏は述べており、人々は本を冒頭から結末まで、一方向にのみ読み進めているのではないことを示唆しています。
オーディオブックにおいて「ちょっと前の文章に戻る」ことは非常に困難であり、いちいち音声を止めて少し巻き戻していてはちっともスムーズに音声が聞けません。「オーディオブックを聞く人は、耳に入ってくる文章よりも少し前の文章を、心の中で思い返しています」とウィリンガム氏は述べました。
by Stas Knop
さらに、「オーディオブックを聞いている最中、私たちがずっと集中して聞いていられるわけではない」という点も問題です。ジェームズ・マディソン大学の心理学教授であるデイヴィッド・ダニエル氏は、数秒や数分間にわたってぼーっとして集中力を途切れさせてしまうことは珍しくないと話します。
読書ならば、ちょっとぼーっとして読み飛ばしてしまった箇所を、視線を戻すかページをめくるかして読み返すことは簡単なもの。しかし、オーディオブックの場合はそう簡単ではありません。少し前まで巻き戻す操作をして再び音声に集中するのは面倒であり、本のように少し前のページに戻って脳を休めたり休息を入れるのが難しいとのこと。
ダニエル氏は2010年の研究で、ポッドキャストで公開されたオーディオブックによる講義内容を聞いた生徒と紙の本で講義内容を読んだ生徒のグループに分け、理解度チェックを行いました。「ポッドキャストのグループの理解度は、紙の本のグループと比較してかなり悪いものでした」とダニエル氏は語っており、ポッドキャストのグループは紙の本のグループに比べ、平均で28%もテストの成績が悪かったとしています。
興味深い点として、実験の開始前にはほぼ全ての生徒が「紙の本よりもポッドキャストのグループがいい」と考えていましたが、テストの前に再度どちらのグループがいいかを聞いてみると、多くの生徒が「紙の本のグループがいい」と考えを改めたのだそうです。「ポッドキャストのグループの生徒は、自分たちが勉強できていないことをわかっていました」とダニエル氏は話しました。
by George Dolgikh
もちろん、訓練次第でオーディオブックでもちゃんと内容を理解できるようになる可能性もあります。しかしダニエル氏は、オーディオブックの持つ「内容にアンダーラインを引いたりチェックを入れたり、補足を入れたりできない」という点が、学習に向いていないという点を指摘。この点はオーディオブックが明らかに読書に対して劣っている点だと、ダニエル氏は指摘しています。
一方でウィリンガム氏は、オーディオブックの利点として、「何万年もの長きにわたって人々は情報を口伝えで伝達してきた」という点を挙げています。文字による意味伝達は数千年から数百年程度の歴史しかなく、「人は読書をする時、文字を読むために発達した脳の部分ではない、別の箇所を利用して文字の意味を読み取っています」とウィリンガム氏は語っています。また、オーディオブックの話者が利用するイントネーションや声の起伏から、文字からは読み取れない感情などをよりよく理解できる可能性もあるそうです。
しかし、最後の障害としてオーディオブックにつきまとうのが、「オーディオブックはほぼ確実にマルチタスクになる」という点。ウィリンガム氏は「2つのことをやりながら何かを学ぼうとしても、うまくいかないでしょう」と話し、運転や皿洗いのような作業であっても、確実に注意の度合いが低下するとしています。
by Breakingpic
オーディオブックについて不利な点が多く示されてしまいましたが、仕事や勉強のためではなく「単なる娯楽」としてオーディオブックを利用するのであれば、問題ないとウィリンガム氏は語りました。単に物語を楽しむだけであれば、オーディオブックと読書の間には「わずかな違い」しかないとのことです。
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