量子コンピューターでノーベル賞研究の再現にD-Waveが成功、理想的な材料をシミュレートできる可能性
GoogleやNASAが注目する量子コンピューター企業の「D-Wave Systems」が開発した量子コンピューターが、トポロジカル位相遷移の実証に成功しました。2016年にノーベル物理学賞を受賞した量子力学の現象を理論通りに実証できており、理想的な新材料を量子シミュレーションによって生み出せる可能性が出てきています。
Phase transitions in a programmable quantum spin glass simulator | Science
http://science.sciencemag.org/content/361/6398/162
Observation of topological phenomena in a programmable lattice of 1,800 qubits | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0410-x
D-Wave Breakthrough Demonstrates First Large-Scale Quantum Simulation of Topological State of Matter | D-Wave Systems
https://www.dwavesys.com/press-releases/d-wave-breakthrough-demonstrates-first-large-scale-quantum-simulation-topological
D-Waveの研究成果によって、どのような未来の扉が開けたのかは以下のムービーで説明されています。
Quantum Materials Simulation: Realizing Richard Feynman's Vision - YouTube
物理学、化学、エンジニアリングなど科学の進歩は、新しい「材料」の探求の歴史でした。
コンピューターやスマートフォンなどのハイテク製品から……
旅客機やロケット
ヘルスケアに至るまで、進歩の可能性は、新しい材料(素材)の発見に大きく依存しています。
新しい材料への理解が、新しい技術を生み出し、未来のチャレンジングな課題の克服につながります。
ロッキード・マーティンの量子力学研究者のクリステン・プデンツ氏は、「ロッキード・マーティンでは、材料科学によって顧客の利便性を高めようとしています。例えば、軽いのに強い素材はより良い旅客機の製造につながり、過酷な環境にも耐える素材は宇宙船が他の惑星に到達するのに役立つでしょう」と話します。
「新しい材料を発見したり、既知の材料を分析したりする難しさは、物理特性を完璧に理解するためのシステムが過度に複雑になることにあります」
このような物質の物理特性を高度に分析しシミュレートするために、量子コンピューターが有用であるとみられてきました。
物質の量子力学的特性を理解することが、新しい技術的進歩につながると考えられています。
D-Waveは、2018年6月にScienceで、2018年8月にNatureで発表したそれぞれ別の研究で、量子コンピューターを使った量子材料のシミュレーションに成功しました。
「この研究では、古典的な量子コンピューターのコンセプトに則って、既存のコンピューターでは複雑すぎて不可能だったシミュレーションに成功しています。そのため、多くの人が研究成果に興奮しているのだと思います」と述べるD-Waveのリード研究者のアンドリュー・キング氏。
「私たちの研究では、複雑な種類のキュービット格子やスピンの量子シミュレーションで、コンピューターをプログラムすることでシミュレートに成功しています。それは驚くほど速い計算です」
「今回の実験のように物質の量子的な状態を直接的にシミュレートできると、より複雑なシミュレーションを追求できるようになります。本当に複雑な現象をシミュレートできるようになるのです」
D-Waveのチーフ科学者のモハマッド・アミン氏は「これは私たちが材料を理解したり、将来的には新しい材料をデザインするのを量子コンピューターが助けるという、新しい時代の始まりだと考えています」
「新しい材料とは、例えばがんの特効薬だったり、今後ますます重要性を増していく新型のバッテリーだったり、さまざまな応用材料です」と述べ、D-Waveの量子コンピューターによる量子シミュレーションによって、将来的にまったく新しい機能性材料を生み出せるのではないかとの期待を寄せています。
「個人的なレベルで、材料シミュレーションには興奮しています。これまでにはありえなかった『自然』を探しだすチャンスになるからです」
「私はエンジニアですが根は物理屋なので、世界を形作る小さなピースにアクセスし、それらがどのようなふるまいをするのかを見るのが大好きなのです」
「ファインマンによって打ち出された量子力学の原理が、私たちの研究アイデアのベースになっています。私たちは長らく量子コンピューターをとても小さな物質のシミュレーターとして用いたいと願ってきましたが、この研究はその船出となると考えています」
D-Waveは「D-Wave 2000Q」と呼ばれる量子コンピューターを用いることで、量子システムの正確なシミュレーションに成功しています。今回の研究は、1970年代に理論物理学者のデビッド・J・サウレス博士、ダンカン・M・ホールデン博士、J・マイケル・コルテッツ博士によって研究され、2016年にノーベル物理学賞が付与された「トポロジカル相転移」に関する理論がベースとなっているとのこと。
D-Wave 2000Qシステムによって、人工的に2次元フラストレーション格子を形成することでトポロジカル相転移を実証することに成功。D-Waveによると、シミュレーションで観測された位相の特性は、量子効果を持つ理論的な予測と一致したそうです。
基礎となる研究を主導したノーベル賞学者のコルテッツ博士は、「この論文は、量子コンピューターを用いなければ不可能だった物理システムのシミュレーションにおけるブレイクスルーを提示しています。実験では、期待される結果のほとんどすべてのことが再現されています。これは目覚ましい成果で、将来の量子シミュレーターが複雑で理解しにくい物理システムを探求し、シミュレーションの結果を物理システムのモデルとして定量的かつ詳細で信頼に足るものにするという期待を抱かせます。私はこのシミュレーションメソッドを使った応用例が出てくるのを楽しみにしています」と高く評価しています。
D-WaveによるとScienceとNatureに掲載された2つの論文の成果を活用して、最適化、機械学習、量子物質学、サイバーセキュリティなどの幅広い分野で合計70以上のアプリケーションの試作が行われており、量子コンピューターのアプリケーションの実用化に向け開発が進んでいるとのことです。
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