トランプ大統領の握手から垣間見える人間が無意識に展開する「パーソナルスペース」とは?
by Jennifer Murawski
人は誰しも、他人とコミュニケーションを取る時のちょうどいい距離感となる「パーソナルスペース」を無意識に持っています。パーソナルスペースの概念は心理学の世界で50年以上前に提唱され、膨大な心理学実験と最新の脳科学研究が進んだことでさまざまなことがわかってきたと、トランプ大統領の握手の例を交えてプリンストン大学の心理学・脳科学教授を務めるマイケル・グラツィアーノ氏が解説しています。
Personal Space Is an Elaborate, Unconscious Dance - The Atlantic
https://www.theatlantic.com/health/archive/2018/05/personal-space-is-an-elaborate-unconscious-dance/561170/
2017年の国連会議で、ドナルド・トランプ大統領がフランスのエマニュエル・マクロン大統領と交わした握手が「激しすぎる」と話題になりました。グラツィアーノ氏はこの握手が人びとの注意を引いたのは、トランプ大統領のパーソナルスペースがかなり極端だからだと主張しています。
This is a pretty intense handshake between Macron and Trump pic.twitter.com/nseTdcpXkX
— Colin Jones (@colinjones) 2017年5月25日
「動物園学の父」として知られる動物学者のハイニ・ヘディガーは、野生動物の研究を行う中で、「動物は他の動物が一定の距離を超えて近づくと警戒の姿勢をとり、その場を離れて逃げる」「さらに近づくと、ある一線から防衛の姿勢をとり、反撃に転じる」ということに気づきました。ヘディガーは個々の動物が持つ距離をそれぞれ「逃走距離」と「限界距離」と名付けました。
by Orias1978
ヘディガーの研究によると、野生動物の場合は一般的にサイズが大きければ大きいほど逃走距離が長くなるそうで、例えば壁に張り付いているトカゲは数メートルまで近づくことができますが、大型のワニの逃走距離は50メートル近くになるとのこと。また、飼育動物は逃走距離が短くなり、1メートルを超えないこともあるそうです。
「動物は逃走距離・限界距離を固有している」というヘディガーの研究結果は、心理学者の注目を集めました。1966年、アメリカの文化人類学者エドワード・T・ホールは、動物における逃走距離と同じように「対人距離」を固有していると論じ、「パーソナルスペース」の概念を提唱しました。「国や文化によって対人距離は大きく変わる」など、ホールが当時行った主張の一部には科学的根拠に欠けた部分もありましたが、今日に至るまでパーソナルスペースや対人距離の考え方は社会心理学でも重要なテーマとして扱われています。
ホールはパーソナルスペースを、距離の近い方から順番に「密接距離」「個体距離」「社会距離」「公共距離」と大まかに分類しました。
密接距離は15~45cmと、恋人・家族・親しい友人にだけ許される、非常に狭い範囲です。
個体距離は45~120cmほどで、ちょうど手を伸ばせば届くぐらいの距離。お互いの表情を読み取れるぐらいの近さで、日常的な会話が可能です。
社会距離は1.2m~3.5mと腕の長さよりも遠く、仕事のミーティングやあまりなじみのない人との会話にちょうどいい距離です
公共距離は最も広く、身長よりもずっと長い半径を持つエリアです。人びとの前でプレゼンテーションを行う時など、複数の相手を見渡すことができるような距離感といえます。
トランプ大統領の握手を見ると、一般的に密接距離といえるような範囲にまでマクロン大統領を近づけています、これは自分のパーソナルスペースに相手を無理矢理引っ張り込もうという行動になります。グラツィアーノ氏は、トランプ大統領のような自信家は特にパーソナルスペースが小さすぎる傾向にあると主張しています。
ホールがパーソナルスペースについて発表を行って以降、多くの心理学者がホールの主張を確かめるために様々な心理実験を行ってきました。膨大な実験結果と論文が発表され、その中で「パーソナルスペースは不安感と共に広がっていく」ということがわかってきました。人はストレスを受けるとパーソナルスペースが拡大し、気分が落ち着くと縮小していきます。また、いくつかの研究では、女性は男性が近づくとパーソナルスペースを拡大させるということも指摘されています。
1990年代に入り、脳神経科学が大きく発達し、脳内の神経細胞が複雑なネットワークを形成していることが判明すると共に、パーソナルスペースにも脳内の神経細胞が関わっていることがわかりました。周囲で何か物体が動くと、脳細胞が活発に反応し、頭と胴体の周りに対する警戒心が強まるとのこと。
社会生活が近年どんどんとオンラインへ移行していくにつれて、肉体を取り囲む物理空間と社会的行動が密接に関わることも少なくなっているといえますが、グラツィアーノ氏は「オンラインのコミュニケーションによってパーソナルスペースの概念が失われてしまうことはない」と主張しています。確かに、TwitterやFacebookなどは「現実空間の中で顔と顔を合わせる」というコミュニケーションのフレームワークをなくしています。しかし、空間と距離の感覚を維持したまま遊べるような仮想現実(VR)のゲームが開発されているように、人間の社会的振る舞いは根本から再構築されている、とグラツィアーノ氏は指摘しています。
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