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27年前のソ連製カメラから見つかったフィルムに写る少年の正体が判明し、写っていた本人の手に写真が手渡される


カメラコレクターがロシアで中古のカメラを購入したところ、中から使用済みのフィルムを発見しました。「現像したフィルムに写っていた少年がいったい誰なのか」について、SNSや写真誌を通じて情報を募ったところ、ついに本人を発見し、写真を渡すことができたと、世界中のさまざまな写真や映像を大量にアーカイブするFlashbakでコレクター本人が報告しています。

Finding Dmitry: The Magical Story Of A Russian Boy's Photos - Flashbak
https://flashbak.com/finding-dmitry-magical-story-russian-boys-photos-396364/


2017年7月、フランス在住でカメラ収集を趣味としているエリザベス・ブランシュさんは、モスクワのフリーマーケットでカメラを探すために、休暇を利用してモスクワへ旅立ちました。ブランシュさんはそのフリーマーケットで、80年代にソビエト連邦で製造されたカメラ「Elikon 35C」を約15英ポンド(約2200円)で、妹へのお土産として購入しました。


フランスに戻り、Elikon 35Cのフィルム交換方法を妹に教えようとカメラをチェックしたところ、なんとカメラの中に既にフィルムが一本入っていたとのこと。ブランシュさんはElikon 35Cの中に入っていたフィルムを巻き取って回収しました。「もしかするとフィルムに何か映っているかもしれない」と考えたブランシュさんは、Elikon 35Cから見つかったフィルムをいつも利用している写真屋に持ち込んで現像してもらったとのこと。フィルムには大きな損傷もなく、無事現像して焼いた白黒写真を見てみると、6~7歳とみられる少年やその家族が写っていました。


ブランシュさんは、「写真の少年を見つけたい」と考えましたが、フィルムが入っていたElikon 35Cはロシアのフリーマーケットで手に入れたものであり、どういう出自のものかは全く判明しませんでした。そこで、ブランシュさんは自身のInstagramとFacebookで「Find the Russian boy(ロシアの少年を見つけて)」と題して、フィルムに写っていた少年を探します。


SNSでは多くの人が写真を見て手がかりを得ようと考えましたが、少年の制服から判断してソビエト連邦時代の写真であること、どうやら入学式か卒業式のものらしいということしか分かりませんでした。ブランシュさんはロシアの写真誌「Rosphoto」にも連絡を取り、「どうか少年を探し出すのに協力してほしい」とお願いします。この話を気に入ったRosphoto編集部は、雑誌に少年の写真を掲載したり、自身のSNSアカウントで情報を募ったりと協力に応じてくれたそうです。


Rosphotoがインターネットで拡散してくれたおかげか、探し出してから6週間ほどして、ブランシュさんのもとに「こんにちは、私の名前はドミトリーです。私はあなたが探しているロシアの少年です」という連絡が届きます。探している一方で「まさか見つかるわけがない」と半ば諦めていたブランシュさんも、わずか1か月半で本人を見つけることができるとは思わず、びっくりしたそうです。

ドミトリーさんは、父親の友人から「この写真に写っているのはあなただと思う」と連絡を受けたそうで、実際に写真を確認してみると確かに27年前の自分であり、自身の父親や祖母にも確認してもらったところ、やはりドミトリーさんの写真で間違いないと太鼓判をもらったとのこと。ブランシュさんはドミトリーさんからメッセージをもらって2日後には、Skypeでドミトリーさんと連絡を取り、2時間以上いろいろなことを話し合って盛り上がったそうです。


2017年末に展開されたこのエピソードはロシアやフランスでも話題になり、多くの海外メディアでも紹介されてきたそうですが、テレビで扱われる度に同じ話を何度もすることにブランシュさんはうんざりしたとのこと。この話にケリをつけようと、ブランシュさんは写真とフィルムをドミトリーさんに渡すために、2018年の新年に娘と一緒にモスクワへ向かいました。

モスクワに到着したブランシュさん親子を迎えてくれた34歳のドミトリーさんとその家族


ドミトリーさんの写真を見ているのはドミトリーさんの祖母です。


写真に写っていた風景と2018年の風景を比べている様子


27年前にドミトリーさんが通っていた学校


以下の画像で一番左に座っている人物が、一連の写真を撮影したヤコフさんです。ヤコフさんはドミトリーさんの叔父にあたる人物で、27年前にドミトリーさんの入学式を撮影した後、カメラを棚に置いてそのまま忘れてしまったそう。その後、フィルムのことをすっかり忘れたまま、カメラを友人に譲ってしまいました。ちなみに、自分の譲ったカメラをあっさりフリーマーケットで売っていた友人について、ヤコフさんは「あいつはもう友だちなんかじゃない」と語っていたとのこと。


モスクワからの帰りの便が出るドモジェドヴォ空港で、ドミトリーさんはブランシュさん親子のためにフランソワーズ・アルディの「Comment te dire adieu(さよならを教えて)」を歌ってくれたとのことです。ブランシュさんは「失われた写真が見つかったおかげで、奇妙な友情が生まれました。私も彼も、この友情はいつまでも続くものと思っています」と語っています。

Françoise Hardy "Comment te dire adieu" | Archive INA - YouTube

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