「現代人は昔に比べて44%も多くカロリーをとっている」と長年信じられてきた料理科学者の「ウソ」が暴かれたいきさつとは?

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「アメリカの食事は昔に比べて1食あたりのカロリーが増えている」ということを、1936年から発行され続けているレシピ集を題材に主張した研究が2009年に発表されました。この研究は「アメリカの食生活の貧しさ」や「肥満の広まりの背景」という文脈で用いられることが多くあったのですが、近年になって研究方法に問題があったということが暴露されています。

The Strange, Uplifting Tale of “Joy of Cooking” Versus the Food Scientist | The New Yorker
https://www.newyorker.com/culture/annals-of-gastronomy/the-strange-uplifting-tale-of-joy-of-cooking-versus-the-food-scientist


1936年に出版されたイルマ・ロンバウアーによる「Joy of Cooking(料理の喜び)」は友人や家族から集めた450個のレシピが書かれた料理本で、レシピだけではなくメニューの立て方や準備、栄養、料理の楽しさなどについての余談がちりばめられたものとなっています。この本はアメリカで1家に1冊あるといわれるほど広く親しまれており、現在では第8版が出版され、レシピの数は数千にまで上っています。1997年版には人気シェフやフードライターが加筆するという新しい形で出版されましたが、2006年版からは再びクラシカルなスタイルに戻りました。


しかし、2009年、消費者行動と栄養科学の教授であるブライアン・ワンシンク氏によって「Joy of Cookingは過剰である」ということを指摘した研究結果が発表されました。研究の中でワンシンク氏らは1936年から出版されてきたThe Joy of Cookingのそれぞれの版に記載されたレシピについて実験を行い、「レシピのカロリーは版を重ねるにつれ44%も増加している」と結論付けました。教授らは、肥満がまん延している理由は外食以外にもあるはず、という仮説を立てて調査を進めていたとのこと。


イルマ・ロンバウアーの孫であり、レシピを管理しているジョン・ベッカー氏は、ワンシンク氏らの発表を受けて、ウェブサイトに「ワンシンク氏らの研究方法に問題がある点」と「サンプルサイズが小さいこと」についての注意を促しました。Joy of Cookingには4500ものレシピが載っていますが、ワンシンク氏らはそのうち18のレシピについて実験を行っているのみで、全体からみるとサンプル数が0.4%にすぎなかったのです。しかし一方で、レシピは何度も書き直されており、ベッカー氏の妻であるミーガン・スコット氏らは「ワンシンク氏らが正しいかもしれない。レシピの1食あたりのカロリーは増えている可能性はある」と考えたことから、ワンシンク氏らの主張を完全に否定することを避けました。

Joy of Cooking側が大きな反撃に出なかったこともあってか、その後ワンシンク氏らは研究結果を用いたアニメーションなどを作成。「人々は44%も多くカロリーを取っている」という主張は「肥満に関する一般通念」「アメリカの粗末な食生活」という文脈でたびたび登場するようになりました。ことのき、研究のサンプル数が少ないことについてワンシンク氏は「1936年に出版されてから版を重ねていくなかで18のレシピだけが連続して掲載されていたため」と説明していました。そこで、ベッカー氏らは2019年に出版予定の第9版でこれまでのJoy of Cookingに掲載された何千ものレシピを百科事典的にまとめて記載し、どのレシピが次の版に受け継がれていったのかを比較できるようにする予定とのこと。また、ベッカー氏らは独自の調査を開始し、ワンシンク氏らの主張に対する反証を試みました。


そして2018年2月、Buzzfeedの記者であるStephanie M. Lee氏がワンシンク氏らの研究に関する暴露記事を公開。

Here’s How Cornell Scientist Brian Wansink Turned Shoddy Data Into Viral Studies About How We Eat
https://www.buzzfeed.com/stephaniemlee/brian-wansink-cornell-p-hacking


科学研究において、研究者らはまず仮説を立て、実験を行いデータを生み出すことで仮説が正しいか正しくないかを判断します。しかし、ワンシンク氏が所属するコーネル大学のFood and Brand Lab職員のインタビューや内部メールから、ワンシンク氏が定期的にスタッフに対して「パターンを見つけるためにデータセットを操作するように」と指示し、いわゆる「p値ハッキング」を行っていたこと、そして結論に基づきリバースエンジニアリング的に仮説を立てていたことが発覚しました。ワンシンク氏が2013年に研究者に送ったメールの中では「データをカットできる方法を全て考えてください」という内容が書かれ、別の研究ではスタッフに対して「この石から血を絞りだして」という表現を使っていたとのこと。ワンシンク氏のラボのアシスタントはLee氏に対して「彼は真実ではないことを論文で主張しようとしていました」と語っています。Lee氏がワンシンク氏の研究に疑念を持ったのは初めてではなく、過去の経緯を含めて、Lee氏は「ワンシンク氏とFood and Brand Labの協力者たちは不正なデータを使って、見出しとして映える『食の教訓』を作り出し発表してきました」と語っています。

一方で、ベッカー氏は何百ものJoy of Cookingのレシピのカロリーの変化をトラッキングし、その調査結果を行動科学者のジェームズ・ヘザー氏を初めとする何人かの研究者に送っていました。ヘザー氏は、メディアフレンドリーな研究者らが発表した「話がうますぎる」研究を再解析するという活動を行っている人物。公開された論文の結果からデータセットを再構築するためのツール「S.P.R.I.T.E.」を開発しており、過去数年にわたってワンシンク氏の論文を含めた数々の学術論文に撤回や修正を余儀なくさせています。

ヘザー氏によると、レシピの材料や量から栄養素などは決まっているため、「Joy of Cookingは過剰である」と主張する研究で問題となるのは、「データの操作」ではなく「計算方法」になります。そして今回は「誤った計算」が行われたのではなく、「そもそも正しく計算する方法がない」ということが問題点とのこと。

ワンシンク氏らの研究において、レシピのカロリーは「一食あたり」で計算されていますが、本の中では18レシピのうち10レシピについて「一食あたり」の量が計算されていません。チョコレートケーキのレシピは「1つのチョコレートケーキ」を作る材料ですが、そのうちどのぐらいの量が1人前なのかは定められていないのです。このような手法はサンプル数が少ない時に特に問題となるとヘザー氏は説明します。また、ワンシンク氏は「版の異なる本の中における同じ名前のレシピを比較した」としていますが、実際には内容が全く異なるレシピが比較されていることもあったとのこと。

The New Yorkerの取材に対し、ワンシンク氏は自身の研究方法について「これはとてもよい方法だった」と主張しつつも、研究チームが難しい課題に面していることを認めています。また、ベッカー氏やヘザー氏が研究結果の根拠となる部分に欠陥があることを見つけたということを伝えると、「発表した研究結果は非常に長い完全版を短縮したものであること」「いくつかのカギとなる要素が削除されているが、どの要素だったかは思い出せないこと」を語ったそうです。


「人が何を食べているか」に焦点を当てた研究は非常に難しく、2016年に疫学者のベン・ゴールドエイカー氏は理想の研究を行うためには「被験者全員をオリの中に入れる必要があります。500人すべての被験者に果物や野菜を食べるように強いることはできないのですから」と語っています。また、カロリーは、どのように調理されるかやどのくらいかむかによって変わってくるため、「動物性脂肪を取ると太る」「動物性脂肪を取ることがやせるための唯一の方法だ」という真逆の研究結果が生まれることになっているとのことです。

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in , Posted by darkhorse_log

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