神経はどのように情報を伝達しているのか?
By Bryan Jones
体じゅうの動きの指令や感覚をつかさどる器官である神経について、どのように情報伝達が行われるのかをJulius Kunzeさんがブログにまとめています。
juliuskunze.com/how-to-build-a-brain
http://juliuskunze.com/how-to-build-a-brain
神経の仕組みを考えるにあたり、まずはコンピューターがどのように動作するのかを考えてみます。コンピューターは基本的な処理装置としてのトランジスタとその間の配線でできています。トランジスタはオンまたはオフの状態を持つスイッチであり、これを組み合わせる事で論理演算や算術演算を可能にし、プログラムを動かせるようになります。集積回路は微細なトランジスタを大量に接続したものです。
By Dustyn Roberts
一方で、脳における伝達と基本的な処理の部分はどのように機能するのかを考えてみます。
まずは、情報のやり取りを行う方法「化学物質による情報伝達」から。化学物質による情報の伝達は拡散速度が遅いので、信号が経由する細胞の数が複数になると実用的ではなくなってしまいます。また、伝達経路に沿った全ての細胞は同じ化学物質を受けるので、送信できるメッセージの種類は化学物質と受容体の種類数によって制限されてしまいます。ただし、情報の伝達速度が十分に遅くても問題ない場合には有用であり、実際に人間も数百種類のホルモンによる情報伝達で消化や血圧、免疫などの情報をやりとりしています。
次に「電気による情報伝達」について。脳は細胞でできているため、細胞を導体、細胞膜を絶縁体として使用するというのが単純な発想です。しかし、次のような問題が発生します。
・細胞外液は希薄海水に似ており、導電性が高いので絶縁が重要な問題になるが、細胞膜の電気抵抗はゴムより約100万倍低い。
・神経線維の核内の流体の固有抵抗は銅より約100倍高い。
・神経線維は普通直径が1μmほどであり、断面積が銅線の約100万分の1である。
したがって、細胞はせいぜい数mm程度の距離しか信号を伝えることができません。そのため、一定の間隔で信号を増幅する必要が出てきます。信号を増幅するとある程度の距離まで伝えることができるようになりますが、増幅の際にノイズが加わると本来の信号がどれくらいの強さだったのかがわからなくなってしまいます。そこで、「信号が送られたかどうか」だけに注目するプロトコルを使用すれば、「受け取った信号が一定以上の強さなら信号を出す」「受け取った信号が一定以下の強さなら信号を出さない」という働きをするリピーターを用いて雑音に強い信号システムを作ることができます。
続いてこのようなリピーターを実装する方法について考えてみます。一つの方法は、一定以上の信号を受け取ったらイオンポンプで細胞外部からイオンを神経線維に注入し、神経線維内の電流を増加させることです。しかし、これを実現するには「イオンポンプが急速に、素早く反応しなければならない」という条件があり、非常に柔軟なエネルギー供給源を必要とするので、ATPアーゼのような確立されたメカニズムを利用するのが困難です。
そこで、信号を受けてからイオンを注入するのではなく、あらかじめイオンポンプで神経線維内のイオンを排出しておくことが考えられます。信号を受け取ったタイミングでイオンチャンネルを開けば、濃度差により素早くイオンを搬入できます。イオンの排出はゆっくりで良いと考えればATPアーゼなどを通してエネルギーを供給できます。
上記の方法を使えば、入力から出力までの感覚を短くすることができます。次に、出力を終了する方法を考えてみます。そこで、Juliusさんがひとまず考えたのは、
・入力を受け取った神経繊維はイオンチャンネルを開き、繊維内を急速にイオンで満たすが、すぐチャンネルを閉じる。
・そうすることで、再びゆっくりとイオンが排出される。
・最終的にはまた入力を受け取れるようになる。
というもの。このサイクルを繰り返すことで情報をやり取りします。どの程度の信号の強さでイオンチャンネルが開くかはまちまちですが、イオンチャンネルはたくさん存在しているので、信号の強さが強いほど確率的に開くイオンチャンネル数も増加します。
もちろん、上記の方法では受け渡せる情報の量はナトリウムイオンポンプがナトリウムイオンを排出しきるのにかかる速度に比例しますが、信号が強い時間が長く、イオンチャンネルのしきい値を完全に下回るのに時間がかかります。そこで、今度はカリウムイオンを追加で使用します。あらかじめナトリウムイオンを排出しておくと同時に、カリウムイオンを取り込んでおきます。信号が入力された時にナトリウムイオンチャンネルにやや遅れてカリウムイオンチャンネルが開くことで、カリウムイオンが流出します。そうすることで素早く電位を下げることができ、イオンチャンネルが再起動する可能性が低くなり、不活性化までの時間を短縮できます。これは実際に体の中で起きています。
下の図は神経細胞を模式的に表したもの。上半分に入力を受け取る部分の樹状突起(dendrites)、下に出力を行う神経繊維(axon)が描かれており、樹状突起には他の神経細胞との接続点となる多数のシナプス(synapse)がくっついています。また、中央にあるのは神経繊維の軸索と樹状突起の接合点となる細胞体(soma)。ナトリウムやカリウムを使用した電位変化による情報伝達は、この神経細胞内のやり取りで使用されています。
By Amyleesterling (Own work) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons
神経繊維は導電性や絶縁性がそれほど優れていないながらも素早く情報を伝達する必要があるため、このような非常に複雑な仕組みで働いています。なお、このナトリウム-カリウムポンプの発見の功績により、1997年にイェンス・スコウにノーベル化学賞が贈られています。
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