クリーンで安全性の高い次世代原子力発電「トリウム熔融塩炉」の実現に向けた実験がヨーロッパでスタート
従来の濃縮ウラン燃料棒を使わず、液体の溶融塩にトリウムと核分裂性物質を混合した液体燃料を用いるトリウム熔融塩炉は、放射性廃棄物が少なく、安全性も高いエネルギー源として50年以上も前にその概念が提唱されてきました。しかしさまざまな問題が立ちはだかって実現には至ってこなかったのですが、オランダに拠点を置く原子力研究関連企業のNRG (The Nuclear Research & consultancy Group:原子力研究・コンサルタントグループ)が実際の施設を使った実証実験を開始しています。
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http://www.thoriumenergyworld.com/news/finally-worlds-first-tmsr-experiment-in-over-40-years-started
トリウム溶融塩原子炉(TMSR)は、核分裂性物質を含むトリウム溶融塩を燃料と冷却剤の両方として使用する仕組みの原子炉です。原子炉の中には中性子を反射する「黒鉛反射材」のトンネルが設置され、その中に液体化したトリウム溶融塩がポンプの力で圧送されます。反射材のトンネルを通過する際には、トリウム溶融塩に含まれる核分裂性物質が核分裂反応を起こし、膨大な熱を発生させます。トリウム溶融塩は発生した熱エネルギーをそのまま自らが冷却剤として熱交換器へと移動させ、水蒸気を発生させることでタービンを回して発電を行います。
現在世界中で稼働している原子力発電所は、燃料となるウランを固めた「ペレット」を固形核燃料として用いています。しかしペレットはその原理上、どうしても燃料を使い切ることができず、未反応の核物質が残されてしまいます。これが主な放射性廃棄物、つまり「核のごみ」となるのですが、高速増殖炉計画が頓挫している現在、核のごみは行き場を失って世界各国が処分に頭を悩ませています。
このペレットを使わないTMRSは廃棄物となる放射性物質が従来の原子力発電に比べて格段に少なく、事故が起こった際にも一定の自己安定能力を備える「夢の次世代原子力発電」のエネルギー源として50年以上も前からその概念が提唱されてきました。すでに1960年代にはアメリカのオークリッジ国立研究所で研究が進められ、原子炉の設計が行われましたが、実際の建設は行われないままとなっていました。
このTMRSを実際に建設して稼働させる実験を開始したのがNRGというわけです。SALIENT (SALt Irradiation ExperimeNT)と名付けられたこのプロジェクトは、SALIENTE-1とSALIENTE-2という2つの段階によって構成されているとのこと。SALIENTE-1ではまず、フッ化リチウム(LiF)とフッ化トリウム(ThF4)の混合物を用いた実験が行われます。同心状に配置された高さ50cmの金属管の中にLiF/ThFを入れ、高中性子束炉の中に入れて中性子を照射します。すると、トリウムが反応してウランへと変化し核分裂を始めます。その段階で、ニッケル製のスポンジ状の物質や薄膜を入れ、その表面に核分裂の副産物となる貴金属が付着することを確認することで、理論どおりの反応が行われるかどうかを検証するとのこと。
次に、SALIENTE-2では溶融塩型原子炉で一般的に想定されている、ベリリウムを含むフッ化物熔融塩「フリーベ (FliBe)」を用いた実験が行われる予定。ここでは、内容物の反応の状態がさらに詳細に調査されるほか、腐食性が高い溶融塩による影響も調査される予定。一般的に溶融塩は配管の金属に強いダメージを与えるために実用化が難しいとされてきたのですが、新素材を投入することでこの問題をクリアできるのか、検証が行われることになっています。
トリウム溶融塩原子炉は、環境への影響が少ない原子炉として世界的に注目を集めています。今後の人口増大によるエネルギー窮迫が懸念される中国でも開発が進められており、インドやインドネシアでも同様の研究が進められています。
中国、次世代原子炉の開発急ぐ 「トリウム」に脚光 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD120T8_T10C13A6X21000/
一方、その実現性や原理に懐疑的な見方を示す声も存在しています。前述のように高い腐食性を持つことや、処理の段階で放出される極めて強いガンマ波などの問題が懸念されています。
トリウム溶融塩炉は今世紀中には無理ーBB45_Coloradoさんの解説 - Togetterまとめ
https://togetter.com/li/256264
NRGでは、一足早くTMRSに先鞭を付けることで、今後のエネルギー開発をリードする存在を目指しているとのことです。
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