「アニメ版牙狼は50年のアニメ人生で一番やりたかった作品」、丸山正雄さんインタビュー
10周年を迎える「牙狼〈GARO〉」シリーズ初のアニメとして作られたテレビシリーズ「牙狼〈GARO〉-炎の刻印-」の続編として、劇場版「牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-」が2016年5月21日に公開されます。
脚本を担当した小林靖子さんに続いて、このシリーズのアニメ化にあたって大きな役割を果たしたクリエイティブプロデューサーの丸山正雄さんに、「アニメ化にあたっての話」「林監督について」「作品作りについて」と、いろいろな話をうかがってきました。
劇場版『牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-』公式サイト
http://garo-divineflame.jp/
株式会社MAPPA
http://www.mappa.co.jp/
GIGAZINE(以下、G):
ご多忙な中、インタビューの機会をいただきありがとうございます。
MAPPA 丸山正雄チェアマン(以下、丸山):
僕は本来あまり露出しない人なんですよ。こういう取材を受けるのは監督だとか絵描きとか、そういう人がやるべきものであって、基本的に縁の下にいる僕らが自分で作ったような顔をするなと思っているからです。
東北新社 鈴木隆浩プロデューサー(以下、鈴木):
確かに、丸山さんは名前は出ていても顔を出すことは珍しいですよね。
丸山:
プロデューサーなどというのはいい加減なことを言ったりやったりしているだけでなので、実際に頑張っている、現場の柱になっている人をピックアップしてもらえればと思っていますから。僕が出ることもありますが、常々、「僕が出たからって何になるの?」とは思っています。ただ、今回の作品については、僕にとってもエポックなものであり、いろいろお世話になっていることも含めて成功するといいなと強く思っております。
G:
スタジオを見せていただいたのですが、2階のところに劇場版で使った原画の箱が山積みになっていて、やっぱりアニメを作るというのはすごい仕事なのだなと改めて感じました。
丸山:
そうですね、今回のすごいところは、これを短期間にやり抜いたというところです。普通の劇場の映画にしては短期間で、特に出来上がりを見ると、僕らの常識からすると制作期間が倍だったとしても何も不思議じゃないほどです。密度濃く、スタッフががんばったんだと思います。
G:
そんな作品に、丸山さんは「クリエイティブプロデューサー」という肩書きで関わられています。クリエイティブプロデューサーは、どういったお仕事をなさるのでしょうか。
丸山:
どういう仕事なんでしょうね、僕も聞いてみたいぐらいです(笑) ともかく、まずは古くて長いお話をすることになります。僕は、「牙狼〈GARO〉」(以下、牙狼)シリーズの原作者である「雨宮慶太」という存在が、日本の特撮モノというか、こうしたエンターテインメントやテレビなど、いろいろなものの中で、特別な存在であると理解しているんです。
G:
特別な存在。
丸山:
僕は「鉄腕アトム」が始まったときからだから50年ほど仕事をしていて、手塚治虫をはじめとして、何人かのそういう「特別な存在」に出会ってきました。その中で雨宮慶太さんという人がとても気になるんです。これまでにも、雨宮さんのグループというのか、寺田克也さん、桂正和さんや、この間亡くなった韮沢靖さん、そういった方々と仕事をしてきたんですが、“大親分”である雨宮さんとはなかなか関わりがなかったんです。雨宮さんという人は、客観的なすごさとして、日本の、危うく不思議で汚い悪の世界を、きれいに面白く見せてくれた最初の人だと思うんです。
韮沢くんたちと仕事をしては、その雨宮さんの話をいつも聞いて、そして作品も見てきて、「俺も一緒にやりたい」とずっと思っていたんです。ところが今回、こうして牙狼が10周年を迎えるということだったので、実は僕の方から東北新社さんに「牙狼やりたいです!」と手を上げ、お願いしてやらせてもらったというのが始まりで、アニメでクリエイティブプロデューサーということではないでしょうか?
G:
初のテレビアニメシリーズはどうやって生まれたんだろうかと思っていたんですが、丸山さんがやりたくて手を上げたのがきっかけだったんですね。
丸山:
それでも、10年間やっている作品に突然我々が入っていって、その世界の中でできるのか、ちゃんと牙狼を理解できるのかというところには不安もありました。けれども、不安に思うぐらいなら「えいっ」とやっちゃう方が先で、やってダメなら怒られよう、と。ずっと、そういう感じでものを作ってきた人ですから、僕はひたすら「やりたいです!」と言ったわけです(笑)
G:
なるほど(笑)
丸山:
アニメについて僕は「鉄腕アトム」からずっとやっていて、「少年モノ」というのが日本のアニメの1つの分野で、世界中のどこにも負けないものとしてあると思っています。でも、「少年モノ」といっても少年だけをめがけて作っているかというと違って、僕の中では「あしたのジョー」も「はじめの一歩」も、今やっている「うしおととら」すら少年モノの分野なんです。要するに、ピュアな男の子の冒険活劇、暴れまくったりする面白いお話というのを、女の子の中にも好きな人がいるし、おじさんにもいるし、僕もそうだけれどジジイになってもまだそういうのが好きという人がいる。
G:
はい。
丸山:
代表作は、いくつかあるけれど、僕が子どもの頃に見た「黄金バット」です。僕はこれをどうしてもアニメでやりたかったんですが、何度も企画を立てたけれどもなかなかうまくいかなかった。そこへ雨宮さんの牙狼が来て……「やらせてください」と言ったのは、これで「自分なりの黄金バット」を全然違う形でもやれるんじゃないかと思ったのもちょっとあります。牙狼は深夜枠の作品で大人向けではあるけれど、こうした変身ヒーローものというのは日本のアニメや特撮の分野の中でも1つ確立されていますね。その中にあっても、牙狼は雨宮さんがうまくアレンジを施して独特の世界を作っていて、さらに1年で終わるのではなく10年も続いているという、これはものすごいことだと思うんです。そこへ参加させてもらうというのは、こういう作品をすごくやりたかったという思いから始まっているんです。……まぁ、僕が「しまーす!」って勝手に名乗り出て、許してもらったんだけれど(笑)
(一同笑)
丸山:
そういう意味でいうと、アニメ版の牙狼は僕の50年のアニメ人生の中で一番やりたかった作品だといえます。やっぱり、変身モノというのは面白くて、ファンもたくさんいると思うんです。そして、どちらかといえば特撮寄りなんですね。アニメでやるということ自体はすごく問題です。僕がかつてこの手の企画をしたときには、ちょっと現実的には難しくて「やっぱり実写でしょ」「アニメでは無理なんじゃないか」という話がいつもありました。
ところが、昨今のCG技術を使えばその山をなんとか越えられるということでいろいろと苦労を重ね、最終的にはその成果が劇場版という形になりました。監督の林くんがテレビシリーズでやった1年間のパワーみたいなものや雨宮さんの力や東北新社の力、いろいろな声優さんの力がすべて結集された、いい意味で濃いものができたというのはすごくラッキーです。
実は、林くんはスタジオ・ライブ所属なんです。作画グループに所属していて、絵描きであり演出家でもあるんですが、僕はそこのスタジオ・ライブを立ち上げた芦田豊雄さんという社長と懇意にしてずっと一緒に仕事をしていました。芦田くんは残念ながら亡くなられてしまったのですが、そこで、僕が「芦田くんに頼まれて」というとちょっとおかしいけれど、スタジオ・ライブ所属の西村聡監督と「TRIGUN」や「はじめの一歩」をやったり、今は「うしおととら」をやっていたり、神志那弘志監督と「RAINBOW 二舎六房の七人」をやったりと、いろいろやりました。その中で芦田くんに「次は若いのに頼むね」と言われて、それは誰だと聞いたら「青木とか林とかだよ」と。
林くんとはアメコミのショート作品を1本やって、それから本格的にテレビシリーズに取りかかりました。林くんにとっては劇場映画の監督は初だから、芦田くんに見て欲しいとすごく思いました。「林くんはここまでやったぞ」と、その思いがあったから、ちょっと忘れられないものになったかな。雨宮さんの思い、企画から関わっている東北新社の二宮さんの思い、林くんを含めた僕たちの思い、そして、そこに芦田くんの思いみたいなものも入っているのかもしれないというぐらい、いろいろな人が支えてくれてできた作品だなと思います。現場の裏で頑張ったプロデューサーたちの力ももちろん大きいですが、それ以外のパワーもいろいろ動いていて、日本のアニメの歴史50年がこの中にあるのではないかと思いたくなるようなものです。
G:
すごい話ですね……。
鈴木:
いろいろな繋がりがあって、その中には芦田さんの思いも生きているんですね。
丸山:
それもあるし、脚本をやってくれた小林靖子さんとのこと、レオン役の浪川大輔くんとのこと、他にもいろいろあって、それが全部まとまっているのがフィルムですから。1つだけではフィルムは成り立たないということが、この作品にはとてもいい形で役だったという風に思います。
鈴木:
林監督の起用に関しては、芦田さんとの繋がりがあったからというのが大きいですか?
丸山:
それは絶対大きいですが、その繋がりがなくとも、今だったら林くんがいいと思ったんじゃないかなとも思います。
G:
丸山さんが「アニメをやりたい」と手を上げた時点で、どういった作品にしたいというのはありましたか?
丸山:
少年モノで変身モノ、なおかつアダルトで、深夜枠で大人の鑑賞にたえうるモノを作るということにとても興味がありました。
G:
作品としては、小林靖子さんが中世ヨーロッパ風の舞台を用意して、黄金騎士ガロとホラーは出てくるけれど、ドラマとはまったく毛色の違うものになりました。
丸山:
雨宮さんが今までやっていたことに近いけれども違うもの、新しい切り口は何かということで、舞台をどこにするのかについてはいろいろとありました。牙狼というのは、時を越えて場所を越えた「血のお話」だと思うんです。黄金騎士ガロになる血があり、また、人間には禍々しい部分があってそれを食って生きる魔物がいる、という設定は、原始の時からあってもいいんじゃないかと。手塚治虫さんの発想ですが、「火の鳥は宇宙でも生きていけるけれど、別に戦国時代でもいいんじゃないか、未来でもいいんじゃないか」というのがあるから、牙狼もどこでもやれるだろうと。そこで、どこが格好いいだろうかと雰囲気を考えていたとき、中世ヨーロッパがいいんじゃないかという話は割と最初から出てきました。
G:
なるほど。
丸山:
頭の中にはバンパイア的なものがあったと思うけれど、血の物語ならこの中世ヨーロッパや、アニメの第2期(紅蓮ノ月)でやったような日本の平安時代でも、どこに持っていっても話が作れます。敵は人間の業を食って生きるという、これが雨宮さんの設定の一番素晴らしいところだと思います。しっかりとした根本があるから、そこさえぶれなければ、舞台をどこへ持っていっても平気。主人公は、たとえ前の作品から名前が変わったり顔が変わったりしていても、血を受け継いでいれば黄金騎士ガロなんだと。ただ、いろいろと勝手に考えすぎてしまって、「牙狼の設定として、これはダメです」と言われたものもあります。
G:
そういうこともあるんですね。
丸山:
10年続いている原作がありますから、やってはいけない決まりもあって、「これは牙狼ではダメです」と言われて直したりしています。
G:
劇場版「牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-」は、まさにテレビシリーズから続く血のドラマですね。
丸山:
劇場版を作るときに困ったのが、主人公の1人であるヘルマンが死んでしまっているということです。ヘルマンなしで話を作れるのか、作れないことはないけれどやっぱり魅力的なキャラクターは出したい、死んでしまったキャラクターをどうやって出すのか……「靖子ちゃん任せるよ」、と(笑)
(一同笑)
丸山:
ヘルマンというのは、やっぱり「炎の刻印」のストーリーの核みたいなものだから、死んだからヘルマンなしの話で、というのはないでしょう。なら、ヘルマンをどうやってこの話に絡めていくか。僕らはもう「似たような弟がいた」でもいいといっていました。
G:
弟(笑)
丸山:
実は生きていたという弟がヘルマンそっくりな人で、まるでヘルマンとしか思えないように作ればいいんじゃないかと。お話はウソだから面白いのであって、ウソを本当らしく見せればいい。本当のことを本当にやっても面白くはないから、平気でウソだと思ってやればいい。ヘルマンの双子の弟として、堀内賢雄さんに演じてもらえばヘルマンになる(笑) 性格は、全く同じでもいいし、もしかすると全く女を知らないような律儀な男だとしても、それはそれで面白いんじゃないだろうかと。いろいろあった結果、ああいう形に落ち着きましたが、どうしてもヘルマンを出して欲しいというのは、劇場版を作るときにちょっとためらった部分です。ヘルマンなしでやれるかどうかということもですが、やっぱり1年間かけてやった作品なので、役者さんも1つのチームになっていたから、その中の1人を外しての劇場版というのはちょっと辛かった。なんとかして賢雄さんにヘルマンで出てもらうためにはどうすればいいかと、ここは靖子ちゃんがすごくうまいヘルマンの使い方をしてくれたので、僕としても良いなと思い、納得している部分です。
G:
「炎の刻印」を見たあとだと、作品にヘルマンがいてくれるので、すごく安心しますね。
丸山:
ですよね。やっぱりストーリーテラーとして、ヘルマンという変な武人は1つの目玉ではあったんです。
G:
スタッフの方々の中でも、やはりヘルマンの人気は高かったんですか。
丸:
ものすごく高いですね。あの落差というかこだわりのなさというか……でも、格好いいときは格好いいし、とてもユニークなキャラクターだと思います。その分だけレオンがお堅いというか、型通りの人間ですので、ヘルマンの型破りな部分が対照的になって、なお活きてくるわけです。レオンがいないとヘルマンはいい加減なだけになってしまうけれど、レオンがいるおかげでヘルマンは活きる。レオンも、ヘルマンがいるから活きてくる。役者の賢雄さんと浪川くんも非常に息が合っていて、プライベートでもあんな感じなので、役者さんのキャラクターをそのまま作品に反映しているかのようですね。当て書きなんじゃないだろうかと思うことがよくあります。夜中に飲んでいると、まるでヘルマンとレオンが飲んでいるように思えますから(笑)
(一同笑)
丸山:
これまでに何百本、何千本も手がけていますから、正直に言って、アフレコにまた行きたいと思う作品がある一方で、そうではない作品もあります。音を入れる時点での絵にはいいときと悪いときがあるんですが、「絵に音や声を入れていくときに、面白く凝ってやっていこう」と参加してくれるチームでいてくれるときは、だいたいうまくいく作品になります。牙狼に関しては、キャスティングから含めて、監督も音楽も含めてすごくいいチームができあがって、それが花開いたんじゃないかと思います。試行錯誤もありましたが、終わったあとは飲みに行ったりして、1年間、いいチームとしてやれました。
鈴木:
音響監督の久保さん、音響効果の倉橋さん、作曲のMONACAさんもですね。
丸:
そう、全部「これだ」とハマって、「来週が楽しみ」となるような感じです。そこにたどり着くまではしんどいんだけれど、しんどいのも楽しみの1つ。僕なんかがこの業界で長年やっているのは、楽だからやっているわけではなく、しんどいけれど何か楽しい、成果を含めてチームでできることが面白いから続けていられるんです。単にしんどいだけだったらもうやめているんじゃないかと思うこともありますけれど、牙狼のようにいいものができあがってくると、もう少し頑張ろうという気になります。
G:
キャストの方、スタッフの方、すべてがハマったいいチームというのはそう簡単には作れないんですね。
丸:
ここまでハマるものはなかなかないです。でも、日本のアニメーションのすごいところで、これだけの数をこなしていると、もちろん悪いものも多々出てきますが、たまにいいものが出てきます。これはその「たま」のケースです。これが「いつも」だったら本当にいいんですけれど、まずいのが100本に対して、いいのは1本という世界じゃないでしょうか。本当に、この作品はめったにない宝物だからこそ、泥の中から拾い上げてみんなに見て欲しいと思えるものになっています。今年の代表作に、間違いなくなると思います。そういう、時代を作っていくものというか、引っ張っていくものというのがあるんですよね、見終わった後にそういう部分を感じました。自分が作って自分で褒めてというのだとアレですけれど、僕は作っていませんから褒めます(笑) 作っているのは現場の若手たちであって、僕は遠くから見てぶつぶつと文句を言ったり、たまに「お、いいじゃない!」と大喜びしたりしているだけ(笑) MAPPAの大塚社長や現場の人たち、林監督と声優の方々がうまくやってくれたんです。最初の質問に立ち返れば「何もしていないのがクリエイティブプロデューサー」です(笑)
鈴木:
そんなことはないんですよ(笑)。ちゃんと根っこを作っていただいて、それを現場に投げ、現場でできあがっていくのを「よしよし」と見て下さっています。
G:
作品作りの大黒柱みたいな感じですよね、ドンと立って、支えになっている。
丸山:
実写で展開している作品をアニメでやるというとき、「本当にアニメでできるの?」と聞かれたら、できるかどうかはやってみないか分からないけれど、そういったらやらせてもらえないから「できます!」と即答するわけですが(笑)、今回「やらせてください」と言った成果はあります。
G:
雨宮さんは「炎の刻印」の中世ヨーロッパや「紅蓮ノ月」の平安時代という発想について「それは自分でやってもよかったな」と思ったそうです。
丸山:
僕は雨宮さんのことをとても気にしているんですけれど、具体的には分からないから、「こういうことはどうですか」とスカッと聞くしかないんです。僕らが持っている「雨宮財産」というのは、牙狼に限らず、醜いものや怖いものを面白く美しく見せるということ。そこにはいろいろな切り口があって、水木しげるさんのようなやり方も1つだけれど、雨宮さんの作ってきた世界は独特で、新しいビジュアルとしてどう見せるか、醜いけれどきれい、怖いけれどすごいと思わせるものです。それこそ「雨宮文字」も含めて1つの世界です。それを、どこまで逸脱せずに、近づけてやれるかというのが、僕にとっての今回の牙狼のテーマでした。どこまでやれるかというのは、雨宮さんがいろいろなアドバイスをくれたりしたので、少しでも近づけられるように頑張りました。監督の林くんは牙狼も含めて、もともと特撮モノとかが好きだったので、彼の中には「牙狼愛」があるんです。そこは、やっぱりちょっと違うというか、「分かっているなぁ」という感じがしました。
G:
先ほど芦田さんとの繋がりの話が出ましたが、それ以外の部分でも、林監督がやるにふさわしい作品だったんですね。「醜いけれどきれい」という話でいうと、「牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-」に出てくる敵は、「最も美しいホラー」と表現されています。
丸:
そうです。これは、僕が怖いものが好きなのに対して汚いのは嫌で、汚いものも綺麗に描くのがアニメの良いところだと思っている、というところが1つあります。汚いものも描くんだけれど、「汚くないように見せつつ、汚さを感じられるか」とか、「怖いものを、怖いけれどもきれいにできるか」というのは、マッドハウス時代からずっとやってきた大事な要素です。テレビには表現の限界があって「ゲロを吐くのはダメ」というのがあります。だからこそ「あしたのジョー」では特殊効果で、キラキラ光るゲロになったわけですが、「汚いゲロを汚くリアルに描く」というのはドキュメンタリーのやることであって、アニメーションでは「汚いけれども汚くなく見せるのはどうしたらいいか」ということを常に考えます。僕は、アニメーションはひたすら綺麗であるべきだと思っている人なので。「綺麗すぎる」という問題も出てきますけれど、それはそれで一つの実験というか冒険としてやってみたいとか、やってみましょうという話になるわけです。
G:
MAPPAの前に今名前の出たマッドハウス、さらに虫プロと、50年も業界にいると、アニメを取り巻く環境や制作自体の環境にもいろいろと変化が合ったのではないかと思いますが、これは変わっちゃいけない、変えちゃいけないと思われていることはありますか。
丸山:
変えても良くなればいいし、良くならなければ変えなければいいわけです。どれだけ変わってもいいし、変わらなくてもいい。アニメーションというのは個人では何もできないです。脚本家は、脚本は書けても絵まで描くことはできませんし、絵描きみんながシナリオを書けるわけではない。チームプレイなんです。団体の総意としてどういう方向へ行くか、その幅振りや、方向付けをするのが監督やプロデューサーだったりするわけですが、個人的な意志は強く働くケースもあるけれど、ほとんどないケースもあります。選択肢のどちらがいいかというのは、作品にもタイミングにもよりますし、同じ監督でも違うチームになるとまったく違うものを作ることだってあり得ます。今、デジタル化がどんどん進んでいるので、環境としては変わらざるを得ないところがありますが、じゃあ今後も同じテイストでやれるかというと、やれるかもしれないし、違う方がいいかもしれない。そこを「こうだ」と言い切ってしまうような人に対しては、僕は逆に疑問を感じます。そういう意味で言うと、ちゃらんぽらんでいい加減なのがクリエイティブプロデューサー(笑) 何も決めようとしないというか……でも、必ず決めてはいます。「一回はこれでやりましょう、これでやってみるしかないじゃないですか」と。
丸山:
結論を押し出す気はないけれど、「俺はこうだ、だってこの世界は……」なんて言うようなら、お一人で卒業制作でもおやりになればいいのではと言いたくなってしまうところはありますね。先ほど言ったとおり、団体の総意でどちらの方向に行くか、ですから。でも、「俺はこうしたいんだ!」「ほぉー、じゃあやってみようか」と言い負かせば、それが今年入った人でも、20年目の人でも、その人の勝ち。だから誰が何を言ってもいいんです。通りすがりの人のものでもいいアイデアならどんどんやれ、何十年やってる人のでもいい意見じゃないなら聞くな、チームプレイというのはそういうものじゃないかな。多少の経験や才能というものはありますから、いいものが見えた人にはなるべく頑張ってもらうし、余計なことを挟まれたらそれを排除する、それは僕が必ずやります。
鈴木:
いろいろな人の意見を生かしたり殺したりというのは、すくい上げてまとめるということですね。
丸山:
そうですね、生かすときもあるし殺すときもある。それで上手くいくときもあるし、失敗するときもある。一概にどうだという風に決めてやるということはほぼないですね。話はちょっと変わりますが、最近は歳を取ってあまり誰も遊んでくれないんだけど、僕は麻雀が好きなんです。麻雀は4人でやるものですが、メンツが1人変わると流れが変わります。そして、メンツが同じでも座っている場所の組み合わせによって何かが変わってきます。わずかに状況が変わることが積もり積もって、世界がどんどん変わってくる。それを素早く把握して、即決する。牌を引いてきて「うーん」と考えているのは麻雀のできない人なんですよ。判断して切ることができるようになると麻雀がうまいというか、状況を一瞬で判断しているということ。麻雀で面白いのは、今日と明日では絶対に何かが違うことです。僕のテンションが違ったり、僕以外の3人の状況だって毎日変わります。牌の流れは毎回違うから、同じものを同じようにできるわけではなく、その判断を瞬時にして行う。それは、僕にいわせれば仕事も同じです。うんと頑張って遊び、うんと頑張って仕事をするのが好きで50年やっているわけですが、自分の中でこういうやり方が正しいと思ってそれしかできないという人を、10年かけて説得したこともあるし、一緒に仕事をして説得できたこともあるし、いまだに説得できていないという人もいる。たとえば結婚する前と結婚した後、子どもができる前とできた後、仕事も変わるけれど自分も相手も変わっていきますから、その中で何を作っていくか、何ができるかということは、実は真面目に考えるのではなく、瞬時に分からないといけない。そして、分からなくてもやらなくてはいけない。「考えてもどうにもならない、とりあえずやっちゃおうよ!」と、相手を説得できるかどうかです。
そして、そこに答えはなくて、結果しかありません。うまくいったかいかないかでいえば、うまくいかないことの方が圧倒的に多いです。でも、だからこそ、次も頑張れるんですよ。うまくいくと、この人とはこれでいいかと思ってしまうケースが多いですから。だから、どこか「やり残した部分」というのを残しています。人間がやることで、ましてや1人ではなくチームでやっていて、完璧なんて事はあり得ないんです。僕にとって完璧なものでも、別の人にとっては完璧じゃないかもしれない。全員が「これは完璧」といえるものなんてないので、やり残した部分や不満足な部分はあるはずです。
そこで、昔から僕が言っていることの1つが「魅力ある欠陥商品を作りましょう」ということです。予算と、時間と、人と、それぞれの組み合わせやさらなる条件で、欠陥商品があることはやむを得ませんし、完璧な作品などというものはできるはずがありません。でも、お金をもらって仕事をしていて欠陥商品を作り「完璧じゃないのは当たり前」なんて、そんなことは言いません。完璧に近づけるための努力はします。ただし、そこに必要なのは「魅力がある」と思えるものかどうかということです。「あそこはまずいけれど、でも……面白いじゃん」と言えるかどうか。だから「魅力ある欠陥商品を作りましょう」。欠陥商品であることを怖がるのではなく、魅力があるかないかについてこだわりましょう、と。それはどんなものでも、真面目なものでも相当に不真面目なものでも、タイトルによっていろいろと考えるわけですから、どうやって魅力ある作品を作っていくか。もちろん、欠陥商品ではない完璧なものがいいんですが、そこを目指して魅力ある欠陥商品となるように、たとえそれがショートアニメであれ、2時間の長編であれ、考え方は変わっていません。それは虫プロダクション時代もそうだし、マッドハウス時代もそうだし、MAPPAになってもそうだし、これからもたぶん同じことを考えているんじゃないかと思います。
鈴木:
そのときそのときで、100%は難しいけれど、100%に近い取捨選択をしていこうと。
丸山:
そういうことですね、常にそれをやっている。
鈴木:
「これしかない」ということではないわけですね。
丸山:
僕は必ず「あ、ちょっと違うことをしてみたら?」と言っておいて、「前の方が良かったね」と平気で言うんですよ。ひょっとすると「しょうがないな、このジジイは」と思われているかもしれない(笑)
G:
そうやって生まれたのが、特に魅力ある作品として林監督も丸山さんも自信を持って送り出す「牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-」だというわけですね。これほどの作品を前にして次というのは気が早い話ですが、これから送り出したい作品、手がけていきたい作品というのはありますか。
丸山:
僕は欲張りだから、何でもやりたいですね。「こういうものをやりたい」というのについては受け身的なところがあって、飛んできたら何でもやりたくなっちゃう。もらった話に「このままじゃ嫌ですよ」と言うことはあって、僕らなりに「こういう方向だったら良いですよ」と相談することはあっても、最初から「これは嫌です、これはダメです」と言うことはありません。それをどうやれるかということに興味があります。数年前から作っているものがいくつかあって、まだ発表はできていませんが、これはやりたいと思っています。正直に言って、僕は今75歳なので、現役として頑張れる限界というのが大体見えてきているわけです。おそらく、このまま死ぬまでやっているとは思うんですけれど(笑)、死ぬのが来年かもしれないし、5年後かもしれないし、10年後かもしれない。やり続けるだろうけれど、若いときのようにいつまでも何でもできるという風には、さすがにもう思っていません。だから、「これだけは終わっていなくちゃいけない」というものから先に優先してやらなければいけないと思っています。
いくつかのタイトルで、もし完成までに残り5年かかるとしても、自分が関われるのは2年かもしれない。そこに5年間関われる保障は何一つない。だったら、今やれることだけはやっておこうと。今でも仕事はやっているし生きているわけで、こういうことを言いつつも80歳までやっているんじゃないかとみんなにいじめられますけれど(笑)、それはやれるならやったって全然問題ない。でも、来年出来なくなってもしょうがないというところまでは来ているかなと感じているので、タイムアップが来てもいいようにはしておこうと思っています。ただ、そのためにこれだけはやっておきたいというのがあるんですが、それ自体がちょっとありすぎるので困ったな、欲が深いですから(笑)
(一同笑)
丸山:
あれもやりたい、これもやりたい。明日になって「これどうですか」って持ってこられたら、きっと「あ、それもやります」って、やれるわけないだろう(笑) 会社へ行って、大塚くん、なんとかなりますかねと相談するしかない(笑) スタジオ地図の齋藤くんだとか、「うしおととら」をやっているstudio VOLNの三田くんとか、そういった仲間内でできることはやりたいけれど、俺がやりたくても彼らにも彼らなりの事情があるだろうし。それも含めて、仲間内で面白くやろうねというのは、誰かが不愉快なのは一番イヤだからですね。
僕の大好きな言葉をもう1つ言うと「仲良くケンカしな」というものです。「トムとジェリー」の歌に出てくるんだけれど、もうすばらしい傑作の言葉。仲が悪いからケンカするのに、そこに「仲良く」とはどういうことなのか。でも、確かにトムとジェリーを見ていると仲良くケンカしているんですよ。要するに、ケンカを楽しんで、「遊んでケンカしている」ような気がする。あの2人じゃなければ、すごく殺伐としてつまらなくなって、辛くなります。僕が「うしおととら」の好きなところは、まさにこの「仲良くケンカしている」からなんです。とらはうしおに対して「お前を喰ってやる」と言っているのにずっと喰えなくて、逆にうしおがいなければ生きていけなくなる。「妖怪のくせに何だよお前」みたいなあれがすごく面白くて大好きで、やっぱり仕事というのは仲良くケンカすべきです。プロデューサー、監督、絵描きと立場が違うんだから、「こんなに面倒くさいことをさせちゃ嫌だ」という人がいて全然構わないんですよ。最後にはお互いのところで落ち着かせればいいのであって、立場が違うのに「すべて言うとおりです」とかうまくいったとかいうのはいまいち眉唾で、ケンカしているチームほど面白い何かが生まれてくる可能性が高いです。仕事である以上は、立場が違ったら仲良くケンカすべきだと思っているんですよ。「ケンカしないで仲良くしなさい」ということは、あまり言いたくない。
でも、その点で言うと、今回のチームは全然ケンカしないでここまでできちゃうから俺にはできないなと、林くんを見てて思ってしまうんです。僕らが若者だった時代、エネルギーがあるときは「人とぶつかって成長していく」みたいなのがあったんだけど、林くんはエネルギーもあるのに、人とケンカせずにいい物を作っていく。それは彼のパーソナリティ、一人の人間の成り立ちもあると思うんですけど、「すごいな、俺にはできない」と思ってしまうところですね。彼は現場の人たちと決してケンカせず、ちゃんと説得したり、あるいは自分でやっちゃう(笑) これも確かに人に何も言わせない一つの方法であって、林くんにはそれだけの力があるということです。「こうじゃないか」とか「こういう風にしたい」ということを具体的に出して、人を説得する力があるんです。テレビシリーズで1年間仕事をしたからこそ、自分の中にイメージがちゃんとできていて、あのチームでの存在感もあって……それがこの劇場版で、普通だったらどんなに考えても2倍の時間が必要なはずなのに、半分の時間で仕上げてきたというところにつながっていると思います。
G:
丸山さんも太鼓判の劇場版「牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-」、ぜひ多くの人に見てもらえればと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
・つづき
1度やったアクションはやらないように作ったという「牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-」林祐一郎監督インタビュー - GIGAZINE
◆スタッフ&キャスト
レオン・ルイス:浪川大輔
ヘルマン・ルイス:堀内賢雄
エマ・グスマン:朴璐美
アルフォンソ・サン・ヴァリアンテ:野村勝人
ロベルト:富田美憂
サラ:小宮有紗
ダリオ・モントーヤ:萩原聖人
原作:雨宮慶太
監督:林祐一郎
脚本:小林靖子
演出:林祐一郎、朴性厚
キャラクターデザイン協力:武井宏之
アニメーションキャラクターデザイン:菅野利之
美術監督:工藤ただし
色彩設計:鎌田千賀子
撮影監督:淡輪雄介
CG監督:陸川励
編集:廣瀬清志
音楽:MONACA
音響効果:倉橋裕宗 音響監督:久保宗一郎
主題歌:JAM Project「刃~The divine blade~」
制作:MAPPA/東北新社
配給・製作:東北新社
2016年/日本/アニメーション/シネマスコープ/78分
©2016「DIVINE FLAME」雨宮慶太/東北新社
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