歯痛を我慢しすぎると口の中で歯が爆発する、その原因とは?
By Amy Bundy
19世紀から20世紀にかけてアメリカで発行されていた歯学専門誌「Dental Cosmos」はアメリカで最初のメジャー歯学誌として知られています。この専門誌に記された過去の歯学関連の症例の中で特に突飛なものが、19世紀にペンシルバニア州で歯科医として働いていたアトキンソンさんが記した「歯が爆発する」という症例です。
BBC - Future - The gruesome and mysterious case of exploding teeth
http://www.bbc.com/future/story/20160301-the-gruesome-and-mysterious-case-of-exploding-teeth
ペンシルベニア州で歯科医として多くの人々の歯を治療してきたというアトキンソンさんは、「過去に3回、患者の口内で歯が爆発しているものを見た」とDental Cosmosに記しています。
事例1:牧師
アトキンソンさんが遭遇したという「歯が爆発する」という症状は、1817年にスプリングフィールド出身の牧師の口内で初めて見つかりました。牧師は上あごの右犬歯もしくは第一小臼歯が最初に痛み始めたとしており、痛みはじっとしていることも困難なくらいに増していき、冷水の中に頭を突っ込んだりしながらなんとか痛みを紛らわそうとしていたそうです。
この当時、歯痛は本物の拷問のごとく人々に恐れられており、1862年にはサセックスで5カ月間歯痛に耐え続けてきたという男性が自殺したという記録も残っています。この記録には「歯痛に苦しんでいた期間、彼は毎日何時間も泣き続けていたことが観測されている」と記されている模様。
しかし、アトキンソンさんが記した内容によると、歯痛で苦しんでいた牧師はサセックスの例とは異なる結果を迎えます。当時知られていたあらゆる治療法が試され、それらが無意味であることがわかった翌日の朝9時、歯痛に苦しんでいた牧師は病院の外をうわごとを言いながら歩いていたそう。そして、急にピストルの発砲音のような鋭い音が鳴り響き、歯痛の元になっていた歯が粉々に砕けたそうです。そして次の瞬間、牧師は妻のもとへかけより「歯痛が消えてなくなった」と言い、ベッドで横になって次の日の夜までぐっすり眠った模様。目を覚ましたあと、牧師はとても理性的で、体調も良いようでした。
事例2:レティシア夫人
アトキンソンさんが初めて「歯が爆発する」という症状に遭遇した13年後の1830年、1件目の事例とよく似た患者を受け持つことになります。患者はレティシア夫人という人物で、アトキンソンさんの住まいから数マイルの距離に暮らしている人物であったそうです。彼女も長い期間歯痛に苦しんでいたそうですが、「爆発と共に痛みが引いていった」とのこと。
事例3:アンナ夫人
そして3件目の事例は、1855年に観測されます。歯の爆発を経験した患者はアンナ夫人で、爆発に伴い犬歯が前後でぱっくり割れてしまった模様。報告書には「突然歯が割れ、急に痛みが引いていった」と記されており、これは他の事例とよく似た傾向であることがわかります。もちろん歯が爆発したあともアンナ夫人は健康で、元気な少女たちの母親として元気に過ごしている、と記されています。
By Seth Stoll
◆その他の事例
これらの事例は特異ではありますが、1件しか報告されていないようなものでもありませんでした。また、最近になってイギリスの歯学専門誌であるBritish Dental Journalは、1965年に作成された「歯の爆発」に関する症例を集めた書籍を引用してこの症状には明らかに共通点が存在する、と強調しています。
また、British Dental Journalが公開した記事ではアトキンソンさんが観測した症例以外のものも含まれています。例えば、アメリカ人歯科医のJ・フェルプス・ヒブラーさんが観測した事例では、歯痛に苦しんでいた若い女性が臼歯で大きな揺れを感じた瞬間、これが突然爆発して女性ははね倒されてしまった模様。爆発音は非常に大きく、爆発後の数日間、女性は耳が聞こえなくなったそうです。
このように、アトキンソンさんが観測したような「歯の爆発」は、19世紀中に他にも5、6件観測されたそうですが、文章として残っているものはないそうです。そして、次に「歯の爆発」が観測されたのが1920年代でした。
マンチェスター大学で修復歯科学の教授を務めていたヒュー・デブリンさんによると、「歯が爆発する症状はとてもよく見られる症状ではあるものの、この破裂音はこれまで聞いたことがない」とのこと。さらに、デブリンさんによれば1960年代の南極探検家のひとりが「自身の歯が自然に粉々になった」と報告している模様。これは極端に寒い気温により起きた現象と考えられていましたが、真の原因は糖分の多い食事による虫歯にあったのではとデブリンさんは想像しています。
◆歯が爆発するのはなぜ?
Dental Cosmosに寄稿した記事で、アトキンソンさんは歯の爆発のメカニズムを2つの仮説で説明しようとしました。そのひとつは「(アトキンソンさんが)『free caloric(フリーカロリック)』と呼ぶ物質が歯に蓄積し、一定量が溜ったのちに圧力がかかることで爆発が起きる」というもの。しかし、この仮説は19世紀初めまで信じられていた「カロリック説」を基にしたものであり、間違いであることは明らかです。
アトキンソンさんが立てた2つめの仮説は「歯の腐食により口内にガスがたまり、これが爆発を引き起こした」というもので、ひとつ目の仮説よりも信用できるもののように感じられます。しかし、デブリンさんは「ガスが歯を粉々に砕けるくらいの量たまるとは思えません。19世紀の歯科医は虫歯が歯の内部からくるものと理解していませんでした。我々が虫歯は食事や歯の表面に蓄積したバクテリアにより引き起こされるものであると理解し始めたのは20世紀からです」とこの仮説に否定的な意見を出しています。
By A Silly Person
アトキンソンさんの仮説に否定的なデブリンさんによれば、歯が爆発するメカニズムは「初期の詰め物で使用されていた化学薬品」にあるかもしれないとのこと。水銀混合物が出現する前の時代である1830年代では、さまざまな金属が虫歯で空いた穴を埋める「詰め物」として使用されました。その金属には、鉛や銀などさまざまな合金が使用されていたそうです。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで無機化学の教授を務めるアンドレア・セッラさんは、「もしも2種類の異なる金属が詰め物として使用されていたなら、人間の口内に低電圧の効果的な電気化学電池を作り出すことが可能です」と指摘。これは、金属の混合物が口内に入れられることで、自発的な電気分解を起こすからだそうです。そして、「この電気分解により発生する水素が運悪く歯の穴の中に残ったなら、爆発する可能性は十分ある」と、歯が爆発するプロセスについて説明しています。そして、爆発の火元は「例えば患者がタバコを吸っていたり、鉄製の詰め物同士により火花が起きたりが考えられる」とのこと。
ただし、今回事例として挙げられている患者の中で「歯に金属の詰め物をしていた」という証拠は見つかっていません。したがって、未知のプロセスにより爆発が発生した可能性や、患者が症状を偽ったり大げさに報告していたりする可能性も示唆されています。よって、「歯が爆発するプロセス」は現在も未知のままであり、まだ誰も知らない未知のパワーが働いた可能性もあるわけです。
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