なぜ痛みを伴うほどの「激辛」を愛してしまうのか?
By Jes
度が過ぎた激辛フードは、耐性のない人にとっては苦痛以外の何物でもなく、慣れている人でも「痛辛い」と表現することがあります。辛い物が好きな人々は普通なら避けて通りたいはずの痛覚を伴ってまで、さらなる激辛フードを求めてしまうわけですが、そんな激辛フードがもたらす不思議な中毒性の謎について、さまざまな研究が行われています。
The mysteries of chili heat: Why people love the pain - Salon.com
http://www.salon.com/2015/02/07/the_mysteries_of_chili_heat_why_people_love_the_pain/
辛すぎる食べ物を口にすると、痛みを感じるほか、発汗などの生理現象が現れます。このような生理現象を解き明かす研究は長年続けられており、古くは1953年にシンガポール大学の生物学者T. S. リー氏が、46人の若者にトウガラシを食べてもらって反応を観察するという実験を行っています。発汗作用を観察するため、被験者たちには綿パンだけを着用してもらい、顔・耳・首および上半身にヨードチンキでペイントした上からコーンスターチを振りかけました。この2種類の組み合わせによって、被験者の汗が青くなるとのこと。
リー氏はアジア料理でよく使われている、ハラペーニョの10倍~20倍辛いトウガラシ(Capsicum annuum)を仕入れました。これを被験者たちに食べてもらったところ、5分後に顔が紅潮し始め、紅潮部分は全身に拡大。発汗が認められたのは鼻と口の周りのみで、体温の上昇は認められなかったとのこと。甘味・酸味・苦味や温度による比較を行うため、甘蔗糖(かんしょとう)・キニーネ・酢酸・カリウムミョウバン・黒コショウ・練カラシ・アツアツのオートミールで検証した結果、トウガラシと同じ効果は酢酸と黒コショウでも認められました。
トウガラシの摂取は体温を上昇させませんが、「発汗」とは上昇した体温の冷却作用をもたらすものであるため、不要な汗をかいていることになります。この反応が熱による発汗と同じか確かめるため、ボランティアの足を湯につけてもらったところ、体温の上昇に伴って、トウガラシ摂取時と同じパターンの発汗が認められました。被験者たちが味覚受容器官を持たない唇に痛みを感じていたことから、「辛味は体内で『痛覚』の一種として処理されています」とリー氏は話しています。
また、世界一辛いトウガラシといわれる「キャロライナ・リーパー」を食べると口の中がマヒしてしまいます。カプサイシンは、痛みを引き起こして遮断する効力を持っていることから、トウガラシは数世紀前から鎮痛剤として使用されていました。他にも、ネイティブ・アメリカンたちは、生殖器にトウガラシをこすりつけることで、感覚を鈍くさせて性的快感を先送りにするために利用していたほか、19世紀の中国では去勢手術用の局所麻酔剤としても使われていたとのこと。
By Richard Elzey
天然に存在する超強力なカプサイシン類似物質のレシニフェラトキシン(RTX)は、辛味を数値化するスコヴィルに換算すると160億スコヴィルとなり、通常のカプサイシンより1000倍辛いという恐るべき物質です。リー氏はRTXに注目し、ラットを使って実験を実施。微量のRTXを皮膚に注入されたラットは低体温症になり、麻酔剤とは違って痛覚などの反応をマヒすることなく、熱を感じる神経だけに作用することがわかりました。
これらの実験を続けた結果、摂取されたRTXやカプサイシンは、それまで知られていなかった「カプサイシン受容体」に吸収されていることが判明。この受容体は熱と痛みを感じるためのもので、脅威を検知するためのセンサーの役割を果たしているとのこと。カプサイシン受容体は口・肌・目・耳・鼻周辺の神経細胞の表面に埋め込まれており、「熱い鍋をうっかり触ってとっさに手放す」といった反射はこの受容体の反応によるもの。トウガラシを食べるとこれらの受容体に作用して、口の周りの熱の限界値を低下させるため、トウガラシを食べると熱く感じるそうです。
By lenchensmama.
「嫌悪感」に関する研究を行う心理学者のポール・ロジン氏によると、自然の中で辛味を好む動物は確認されておらず、ラットを使った実験でもスパイスの入った食物は避けられることが判明しています。催涙スプレーにはトウガラシのエキスが使われているほか、インドではブート・ジョロキアを使った「チリペッパー手榴弾」なるものも開発されており、トウガラシの辛味成分であるカプサイシンは、人間にも危険な刺激を与えられるもの。
一方で、ラットはスパイスの入った食物を避けることが分かっていますが、ロジン氏がラットに少量ずつスパイスを混ぜた食物を摂取させ続けたところ、しばらくするとラットはスパイス入りの食物を選び始めたとのこと。人間でもアメリカ人よりメキシコ人の方が辛味に耐性のある人が多いことからも、辛い食べ物を食べ続けることで、辛味に対する耐性値は変化していくわけです。それではなぜ、人間は常軌を逸した辛味を持つ食べ物に惹かれてしまうのでしょうか。
ロジン氏は「例えば出産のように、人間はより大きな報酬を得るために、慣例的な痛みに耐えることができます」と話します。お酒を飲んで楽しい気分になった翌日は二日酔いに悩まされます。違法ドラッグで生命を危険にさらしてまで酩酊状態を求める人間も存在します。ロジン氏によると「激辛フードへの愛」はこれらの2つの要素が合わさったようなもので、出血などの危険のない痛みを求めて、無事食べ終えたことを楽しんでいる状態とのこと。ロジン氏は「それはジェットコースターのようなものです。トウガラシを食べることはマゾヒズムの新しい形なのかもしれません」と結論づけています。
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