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ナノテクノロジーで注射から針の痛みを取り去ってくれる「ナノパッチ」


人の肌に針をプスリと刺して薬を注入する注射は、大人でもあまり好んで受けたくないもの。ましてや子どもや赤ちゃんともなればギャン泣きを引き起こす原因ともなり、できるものなら避けて通りたいものです。しかしそれでも健康や病気予防のために重要なワクチン注射を、従来にはない簡単さで効果的に行うことを可能にしてくれそうなのが指先サイズの小さな「ナノパッチ」です。

Mark Kendall: Demo: A needle-free vaccine patch that's safer and way cheaper | Video on TED.com
http://www.ted.com/talks/mark_kendall_demo_a_needle_free_vaccine_patch_that_s_safer_and_way_cheaper.html


ナノパッチを開発したオーストラリア・クイーンズランド大学バイオエンジニアリング・ナノテクノロジー研究所のマーク・ケンドール氏が行ったプレゼンテーションを以下のリンクから見ることが可能です。

Mark Kendall: Demo: A needle-free vaccine patch that's safer and way cheaper - YouTube


注射の歴史は、1853年にスコットランドの都市エディンバラの医師アレキサンダー・ウッドによって最初の特許が取得されたところから始まります。基本的な形状は現在の注射器と大きく変わらず、実に160年の歴史があることになります。


この注射を使って行われるものの一つに、ワクチンを投与することによる予防接種があります。病気の原因となる病原体の働きを弱めて体内に入れ、それに対する抗体を作らせることで免疫力を上げるもので、ワクチンの投与にはほとんどの場合において注射器が用いられています。しかし、いくら有益なものではあったとしても痛みを伴う注射は心地のいいものではないうえに、人口の20パーセントを占めるともいわれる「先端恐怖症」の人にとっては、苦痛を通り越して気を失ってしまうことすら起こり得るものです。


そして注射には、針を使い回すことで病気が拡散されるという二次汚染のリスクを含んでいます。本来あるべきものではありませんが、実際にWHO(世界保健機構)の調査では、130万人が二次感染を原因として命を落としているというデータがあるほどです。

そのような問題を解消するものとしてケンドール氏が開発したのが、親指と人差し指の間に挟まれている小さな「nanopatch(ナノパッチ)」です。


銀色に光るのが通常の注射針で、その下にある金色の部分がナノパッチです。約1センチ四方の小さなバンソウコウのように見えるナノパッチですが、実は皮膚に接触する面に非常に小さな突起部(針)が約4000個も形づくられています。針のひとつひとつは深堀り反応性イオンエッチングという半導体の製造にも用いられる技術を用いて成形されおり、すでに製造技術が確立しているために低コスト、大量生産を実現できるというメリットがあります。


ナノパッチでは、この針の部分に乾燥させたワクチンを塗っておき、それを皮膚に貼り付けることでワクチン投与を行います。以下の写真で左手に持っているのがナノパッチを貼り付けるために使用するアプリケーターです。


アプリケーターの先端にナノパッチを取り付け、腕の部分に押し当てると「カチッ」という音とともにナノパッチが皮膚に貼り付けられました。非常に細かい針になっているので、この際の痛みは全くないそうです。


このように非常に簡単に、しかも痛みを伴わずにワクチン投与ができるというのがナノパッチの利点の一つですが、メリットはそれだけではありません。ワクチンの投与量が少なくて済むということ、そして輸送にかかわる手間とコストを劇的に削減するという利点も備えています。


この写真は、金色をしたナノパッチの針がオレンジや紫色で示された皮膚の中に入り込んでいる様子を拡大表示させたもの。一番外側の表皮を貫いてその内側の部分に針の先端が到達しているのですが、じつはこの部分がワクチンが最も効果的に働くエリアだということが知られています。通常の針を使った注射ではこの部分をさらに貫通してしまって効率的なワクチン投与ができないのですが、ナノパッチは一番のストライクゾーンにワクチンを届けることが可能になります。


それを示したのが以下のグラフです。ワクチンの投与量に対する人体の抗体反応を表したもので、グラフが高くなるほど効果が高いことを意味しています。ここで注目するのは、点線で示された部分。これはワクチン効果の「しきい値(スレッショルド)」と呼ばれるラインで、これ以下の場合には効果がないとされています。このラインを越えるためには、赤色でしめされた針注射の場合だと6000ナノグラムのワクチンが必要であるのに対し、青色のナノパッチの場合はわずか6.5ナノグラムの投与でも効果が出ていることが示されています。これにより、従来は10ドル(約1050円)かかっていたコストをわずか10セント(約11円)にまで下げることが可能になるのです。


また、従来のワクチンは「コールドチェーン」と呼ばれる冷間輸送を行わないと、その働きが低下あるいは失われてしまうという欠点がありましたが、ナノパッチは乾燥させた状態での輸送が可能なために、冷蔵が必要なくなるというメリットがあります。一例として砂漠地帯ではラクダの背に太陽光パネルと冷蔵装置を乗せた輸送の様子が紹介されていますが、ナノパッチではこのような方法をとる必要がなくなります。また、摂氏23度の状況で保管した場合でも、一切の性能低下なしに1年以上にわたって保存することが可能だったそうです。


発展途上国の一つに挙げられるパプアニューギニアでは、ワクチンを冷蔵するための冷蔵庫が800台しかなく、しかも写真のように老朽化したものが使われています。また、パプアニューギニアは子宮頸がんを引き起こすヒトパピローマウイルスの発症率が高い国ですが、そのワクチンは非常に高価なため、扱える量は非常に限られたものでした。そこでケンドール医師は、温度の問題、コストの問題を解決できるナノパッチを持ち込み、その効果を検証する試みを実施しました。その結果は近日中に発表されることになっているそうです。


ケンドール医師は「これは非常に挑戦的な試みです。しかし、ほかに方法がないのならば、やるべきです。現在、感染症で1700万人の人が亡くなっているという事実が『昔話』として語られる将来がやってくるというビジョンをみなさんと分かち合いたいと考えています。大きな針を使わず、痛みを伴わないでコールドチェーンに縛られることのないナノパッチを、160年前に注射というものが誕生したこのエディンバラの地でみなさんに知っていただきたいと思っています」とプレゼンテーションを締めくくりました。


パッチ式のワクチンへの試みは古くから行われてきましたが、いずれも目立った効果をあげることはできていません。このナノパッチはすでに5年程度の開発が行われているものですが、最新テクノロジーの力を活用して実用の段階へと入ることができるのか、注目したいところです。

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in メモ,   サイエンス,   動画, Posted by darkhorse_log

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