ローマの戦闘馬車レーサーは現代のトップアスリートより稼いでいた

現在世界で最も稼いでいる（稼いでいた）といわれるスポーツ選手はタイガー・ウッズで、2009年には経済誌フォーブスにより「世界で初めて10億ドル稼いだアスリート」として報道されています。

しかし、「10億ドル（約860億円）」を稼いだのはタイガー・ウッズが世界初かもしれませんが、ローマ時代のチャリオット（戦闘馬車）を使った戦車競走のトップレーサーは、現代の貨幣価値に換算すると、ウッズとは比べものにならないほどの膨大な額を稼いでいたとのこと。

詳細は以下から。Greatest of All Time by Peter Struck - Roundtable | Lapham’s Quarterly

映画「ベン・ハー」でもおなじみの戦車競走は、ローマ帝国で最も人気のあったスポーツの一つで、チルコ・マッシモで行われたレースには25万人もの観衆が詰めかけたそうです。

革製のヘルメット・胸当て・スネ当てという軽装備のレーサー（御者）は、馬に引かれたチャリオットに乗り込み、皇帝が手に持ったナプキンを落とす合図でスタートし、競技場を7周します。転倒やチャリオットからの転落で死亡することも珍しくなく、御者たちは自分に近づいてきた競争相手に切りかかったり、転落時にからまる手綱を切ったりするためのナイフも装備していました。過酷な7周のレースを生還し、3位以内に入れば、多額の賞金や賞品を手にすることができました。

現代でもスラム出身のスポーツ選手のサクセスストーリーは人々に希望を与えるものですが、ローマ時代も戦車競走の御者は下層階級の出身が多く、活躍できれば英雄視され、大金持ちになれるのも現代のスター・アスリート同様。御者は赤・青・白・緑といったチームカラーで呼ばれるチームに所属し、チームはスポンサーに財政支援を受け、馬・チャリオットの管理や御者のトレーニングを行っていました。F1などのモータースポーツとも通じる部分があるかもしれません。それぞれのチームに熱烈なファンがいて、優秀な御者にはさまざまなチームから引き合いがあるというところも、現代のプロスポーツに似ているのではないでしょうか。

特に活躍した人気のある御者は、詩人に歌われ、壁画に描かれることによって、地中海地方全域に名声をとどろかせ、歴史に名を刻むことができました。また、現代のスポーツ選手のようにCM契約などがあったわけではないのですが、賞金だけで巨万の富を手にすることができたとのこと。

中でも最も稼いだ御者は紀元2世紀のスペイン系ルシタニア人のGaius Appuleius Dioclesで、パワフルなラストスパートに定評があったとのこと。18歳で競技生活を始め、白チームに6年間、緑チームに3年間所属したのち赤チームに移籍し、42歳で引退するまで、戦車レースの御者としては異例の24年間という長いキャリアを送りました。出場した4頭だて戦車競走4257レース中1462レースに勝利し、146年に同業のレーサーやファンたちによってローマに建てられた記念碑の碑文によると、彼は「42歳と7ヶ月と23日」で「すべてのチャリオット乗りの中のチャンピオン」として引退するまでに、3586万3120セステルティウスの賞金を得たそうです。

ペンシルベニア大学の歴史学者Peter Struck准教授によると、この3586万3120セステルティウスというのは、当時最も高給取りだった地方長官が同じ24年間に得る報酬の5倍であるほか、ローマ市民を1年間養う穀物を買える額、ローマ帝国が最大の勢力を誇った時代の帝国軍のすべての兵士の給料1/5年分（2.4ヶ月分）とのこと。これを同じ期間の現在の米軍の給料の総額と同程度と考えると、150億ドル（約1兆2900億円）ということになります。

戦車競走は命がけのスポーツであるとはいえ、兵士もまた命がけの職業であることを考えると「もらいすぎなのでは」という気もしますが、現代よりはるかに貧富の差が激しく、富が限られた人々に集中していたローマ時代には、「稼ぐ人はものすごく稼いでいた」ということなのかもしれません。

しかし、24年間頂点に君臨し輝かしい成績をあげたGaius Appuleius Dioclesの影で、わずか数年間や数カ月の競技生活で死亡した御者たちが居たのも事実。その中で例外的に長く輝かしいキャリアを築き実力でスーパースターとなり、歴史に名を刻み、貧民層出身ながらローマ貴族にも劣らぬ財産を得たGaius Appuleius Dioclesは、史上最も活躍したアスリートの1人と言っていいのではないでしょうか。