中世ヨーロッパの地下に張り巡らされた謎のトンネル「エルドシュテーレ」とは?

by Wikimedia Commons
ドイツやオーストリアなどの中央ヨーロッパ各地では、中世に作られたとされる謎のトンネル「エルドシュテーレ」が数多く見つかっています。トンネルの規模にもかかわらず内部からほとんど考古学的遺物が見つかっておらず、中世の文書にも記載がないというエルドシュテーレについて、中世の歴史やアートに関するブログのweird medieval guysが解説しています。
The secret medieval tunnels that we still don't understand
https://weirdmedievalguys.substack.com/p/the-secret-medieval-tunnels-that

エルドシュテーレは中央ヨーロッパ周辺で約2000基も見つかっている謎のトンネルです。ヨーロッパのトンネルと聞くとパリやローマの地下にあるカタコンベを連想するかもしれませんが、共同墓地として使われていたカタコンベとは異なり、エルドシュテーレの建設目的や利用法はわかっていません。
エルドシュテーレの通路は非常に狭く幅は約60cm以下で、大人が歩けるほどの高さもない場合も多いそうで、中には直径40cmほどの信じられないほど狭い通路もあるとのこと。まれにトンネル内から掘削用のくさびや石臼が見つかる場合があるものの、ほとんどのエルドシュテーレには何の考古学的遺物も残されていません。
トンネル内部で発見された石炭や陶器の破片から、エルドシュテーレが建設されたのは西暦900~1200年ごろと推定されていますが、中世の文書にはエルドシュテーレへの言及がありません。
以下の写真は、典型的なエルドシュテーレの入り口です。

by Wikimedia Commons
エルドシュテーレの入り口は一般的に1つしかなく、教会や農家の床下、あるいは町の広場に敷かれた石畳の下などに広がっています。トンネルは入り口から数十mにわたって延びており、時には枝分かれしたり、狭い縦穴を通って下層に降りられたりするとのこと。トンネルは中央部または端に向かうにつれて広くなり、壁に掘られた簡素なベンチや棚がある部屋になっている場合が多いそうです。
エルドシュテーレについてわかっていることは少なく、「なぜこんなに数が多く、さまざまな地域に分布しているのか」「なぜ多くのエルドシュテーレが似ているのか」「なぜアクセスが不便な場所にあるのか」「なぜエルドシュテーレが建設され、その秘密が守られてきたのか」「なぜ内部で遺物がほとんど見つからないのか」といった謎を説明する理論も記事作成時点ではありません。
エルドシュテーレ内部はこんな感じ。

by Wikimedia Commons
これらのトンネルは普通の地下室と比べて非常に狭く長いことから、何らかの貯蔵庫として使われた可能性は低いとみられます。また、狭いトンネル内は移動が難しく、酸素も不足しやすく、トンネルに入っても逃げる先がないことから身を隠すために建設されたと考えるのも難しいとのこと。
中にはエルドシュテーレを「キリスト教に抵抗してきた人々の秘密の儀礼場だった」とする説もありますが、2000基以上のエルドシュテーレがあるにもかかわらず、その中で異端者が見つかったという記録がないのは不自然です。また、一部のエルドシュテーレが教会の敷地内にある点も、この説を否定する証拠となります。
エルドシュテーレには、非常に狭いトンネルをくぐり抜けなければ到達できない場所もあります。

by Josef Weichenberger
以下は、エルドシュテーレ内部に設けられたベンチに腰掛けている様子の写真です。

by Arnold
すべてのエルドシュテーレに共通する特徴のひとつに、非常に狭く垂直に延びていることが多い「slips(スリップ)」と呼ばれる通路があります。スリップは通りにくさや形状から赤ちゃんの産道にたとえられることも多いそうで、weird medieval guysは狭い産道のような通路を進むことが、キリスト教徒らにとって祈りへの物理的な導きになったのではないかと推測しています。エルドシュテーレの他の部屋も同様に、祈りの場所として機能していた可能性があるとのこと。
実際にキリスト教に関する中世の絵画には、産道や膣(ちつ)を連想させる図柄がたびたび登場します。以下は14世紀に作られた「ボンヌ・ド・リュクサンブールの時祷書」に含まれるキリストの傷を描いたイラスト。大きなアーモンド場の傷は、見方によっては産道のように見えます。

weird medieval guysは、「これはもちろん、エルドシュテーレの存在を証明する同時代文献が存在しない理由を説明するわけではありませんが、中世の宗教的物品や図像の多くも記録に残されていません」「こうしたものは、謎になるまでは特筆するべきものではないと見なされがちです。エルドシュテーレについて厳密に研究する取り組みがほとんどない現状では、満足のいく答えが見つかるのは先のことになる可能性が高いでしょう」と述べました。
・関連記事
1600年代に行われていた街中の壁を利用した農業「フルーツ・ウォール」 - GIGAZINE
中世ヨーロッパの物価をまとめたリスト - GIGAZINE
中世の鎧は銃弾も防げたのか? - GIGAZINE
中世ヨーロッパで行われていた「薬としてのカニバリズム」とは? - GIGAZINE
中世ヨーロッパで作られたファンタジーで「主人公が生き残るために重要な7つのポイント」とは? - GIGAZINE
古代や中世の「服」は自動車並みの価格で取引されていた - GIGAZINE
中世ヨーロッパの人々は現代人と異なる睡眠習慣を持っていた - GIGAZINE
中世ヨーロッパの巨大なアーチ橋はどのように作られたのか? - GIGAZINE
中世の写本に「カタツムリと騎士の戦い」が大量に描かれているのは一体なぜ? - GIGAZINE
・関連コンテンツ
in メモ, Posted by log1h_ik
You can read the machine translated English article What is the mysterious 'Eldstäre' tunne….







