人間は空気から直接ビタミンやヨウ素などの栄養を吸収できる
自然豊かな場所で思いきり息を吸い込んだ際、「空気がおいしい」と感じたことがある人も多いはずです。これは単に汚染物質の少ない空気をそう感じただけかもしれませんが、オーストラリアのニューカッスル大学で環境生命科学部の非常勤講師を務めるフラヴィア・ファイエ・ムーア氏らは、「人間は食事だけでなく空気からも栄養を吸収できる」と主張しています。
A breath of fresh air: Perspectives on inhaled nutrients and bacteria to improve human health - PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39486624/
Air is an overlooked source of nutrients – evidence shows we can inhale some vitamins
https://theconversation.com/air-is-an-overlooked-source-of-nutrients-evidence-shows-we-can-inhale-some-vitamins-243486
人は1日に約9000リットル、生涯でなんと4億8300万リットルもの空気を吸い込んでいます。1日に数度しか行わない食事と違って呼吸は止まることがなく、空気に含まれる成分はたとえ低濃度であっても、少しずつ人体に蓄積されています。
空気が健康に及ぼす影響を調べた研究の多くは汚染物質を扱っており、「空気中の何が有益なのか」ではなく「空気中の何が有害で、フィルタリングするべきなのか」に焦点を当てていました。1回ごとの呼吸に含まれている栄養素は非常に少ないため、そこを研究することに意味があるとは思われていなかったとのこと。
その一方で、古くからさまざまな文化圏において「新鮮な空気」は健康的なものだと評価されており、人々は直感的に新鮮な空気が健康にいいと感じていました。ムーア氏らは、「たとえば酸素は、基本的な機能を維持するために体が必要とする化学物質であり、厳密にいえば栄養素です」と述べ、人体はその他の栄養素も空気から吸収できると主張しています。
ムーア氏らは呼吸によって摂取できる栄養素のことを、食事を通じて摂取する栄養素と区別するために「aeronutrients(空気栄養素)」と呼んでいます。空気栄養素は鼻・肺・ 嗅上皮(匂いを感知する部位)・中咽頭(喉の奥)にある血管ネットワークを通じて吸収され、体内に入ります。
肺は腸より260倍も大きな分子を吸収することができ、これらの分子はそのまま血流に乗って体内に運ばれます。そのため、コカインやニコチン、麻酔薬といった吸入可能な薬物は数秒以内で効果を発揮し、経口摂取の薬物より低い濃度で機能するというわけです。
人の体が空気中の栄養素を吸収できるという科学的アイデア自体は、数十年前から存在していました。1960年代には、「空気中のヨウ素にさらされた洗濯労働者は血液や尿中のヨウ素濃度が高い」という研究結果が報告されていました。
また、2011年の研究では「海藻の多い沿岸部に住む子どもたちは内陸部や海藻の少ない沿岸部に住む子どもたちと比較して、食事内容は同じなのに尿中のヨウ素濃度が高く、ヨウ素欠乏症になる可能性が低い」という結果が示されました。この結果は、海藻が空気中に放出するヨウ素が呼吸によって体内に吸収され、子どもたちのヨウ素不足を補うのに役立った可能性を示唆しています。
呼吸を通じて摂取できる栄養素はヨウ素だけでなく、マンガン・亜鉛・コリン・ビタミンC・カルシウム・マグネシウム・鉄・アミノ酸といったものも含まれます。1950年代に発表された研究では、エアロゾル化されたビタミンB12を吸入させることで、ビタミンB12欠乏症を治療できることが示されています。ビーガンや高齢者、糖尿病患者、アルコール摂取量が多すぎる人などはビタミンB12が不足しがちなため、ビタミンB12を補う治療法は重要です。
空気栄養素については不明な点が数多く残されており、まずは緑地・森林・海辺などの空気中に含まれる有益な成分を特定し、それが空気栄養素に該当するのかを調べる必要があります。すでにエアロゾル化されたビタミンB12が安全かつ効果的であることがわかっているため、さらなる研究でビタミンDなどの微量栄養素をエアロゾル化することで、広範な栄養欠乏症を治療できる可能性があるとのこと。
ムーア氏らは、「私たちはこれらの潜在的な空気栄養素を管理された実験で研究し、投与量・安全性・食生活への貢献度を決定する必要があります。これは飛行機・病院・潜水艦・宇宙ステーションのように、空気が高度にろ過された場所では特に重要です。もしかしたら、空気栄養素が都市化に伴う現代病の予防に役立つことが発見されるかもしれませんし、将来的に栄養ガイドラインが栄養素の吸入を推奨するかもしれません。あるいは、健康的でバランスの取れた食事に加え、自然の中で十分な時間をかけて呼吸し、空気中の栄養素を摂取することが推奨される可能性もあります」と述べました。
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