胎児のIQを遺伝子で選別する企業が出現し専門家が道徳的・倫理的・医学的問題を提起
人種差別やファシズムに反対する運動を行っているHOPE not hateとイギリスメディアのThe Guardianが共同で行った調査によると、アメリカのバイオテクノロジースタートアップであるHeliospect Genomics(ヘリオスペクト・ゲノミクス)は、遺伝子強化の倫理性に疑問を投げかけるような手段を採用していることを突き止めました。
US startup charging couples to ‘screen embryos for IQ’ | Genetics | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2024/oct/18/us-startup-charging-couples-to-screen-embryos-for-iq
HOPE not hateが潜入調査で撮影した動画から、Heliospect Genomicsというバイオテクノロジースタートアップが体外受精を受ける十数組のカップルと仕事をしていることが明らかになりました。撮影された動画の中で、Heliospect Genomicsは100個の受精卵の検査を希望している顧客に対し、最大5万ドル(約770万円)でサービスを売り込み、遺伝子によるIQ予測に基づいて将来の子どもを選ぶ手助けしたと主張しています。Heliospect Genomicsの経営者は、自社の手法により生まれてくる子どものIQを6ポイント以上向上させることができると自慢していたそうです。
Heliospect Genomicsは顧客に対して、実験的な遺伝子選択技術を宣伝しました。この手法では「性別」「身長」「肥満リスク」「精神疾患リスク」の他、「IQや、誰もが望む下品な特徴」に基づいて、最大100個の受精卵をランク付けする方法が説明されています。
Heliospect Genomicsによると、同社の予測ツールは50万人のイギリス人ボランティアから寄付された遺伝物質を保管するUKバイオバンクから提供されたデータで構築されているそうです。なお、UKバイオバンクは「公共の利益」にかなうプロジェクトにのみデータを共有すると宣伝しています。
なお、予測されるIQに基づいて胚を選択することは、イギリスの法律では違法となります。また、胚発生学の規制がゆるいアメリカでは合法ですが、IQベースで胚をスクリーニングするサービスの提供は商業的に認められていません。
HOPE not hateと共同で調査を行ったThe GuardianはHeliospect Genomicsにコメントを求めていますが、同社の経営陣は「すべて適用法と規制の範囲内」とだけ説明したそうです。なお、Heliospect Genomicsはステルスモードにあり、まだ提供予定のサービスを開発している段階にあると主張しています。また、検査する胚の数が少ない顧客には約4000ドル(約61万円)でサービスを提供しており、これは競合他社と同水準であるとHeliospect Genomicsは説明しました。
著名な遺伝学者や生命倫理学者たちは、Heliospect Genomicsのサービスは道徳的・医学的問題を提起していると主張しています。オックスフォード大学で生殖遺伝学の教授を務めるダガン・ウェルズ氏は、「これは行き過ぎたテストでしょうか?我々は本当にこんなものを望んでいるのでしょうか?私にはこれは現時点で国民が十分に議論する機会がなかった議論であるように思えます」と疑問を呈しました。
カリフォルニア州の遺伝学・社会センター(CGS)で副所長を務めるケイティ・ハッソン氏は、「最大の問題のひとつは、遺伝子の『優劣』という考えが常態化していることです」「このような技術は、不平等が社会的な原因ではなく生物学から来るという信念を強めるものです」と語りました。
Heliospect GenomicsでCEOを務めるのは、デンマーク出身の元金融トレーダーのマイケル・クリステンセン氏です。クリステンセン氏は、遺伝子選択は明るい未来を約束するものであると主張しており、「誰もが望むだけ、基本的に病気がなく、賢く、健康な子どもを持つことができるようになります。これは素晴らしいことです」と語りました。
潜入調査を行ったHOPE not hateの活動家は、家族を持ちたいと思っているイギリス在住のカップルを装いHeliospect Genomicsに接触。複数回にわたるオンライン会議を行う中で、Heliospect Genomicsは「多遺伝子スコアリング」サービスを紹介してきたそうです。Heliospect Genomicsは体外受精サービスは提供しておらず、親から提供された遺伝子データをアルゴリズムで分析することで、個々の胚の特徴を予測すると説明しています。
Heliospect Genomicsは未公開のテストサイトでガイドツアーを実施し、プレゼンテーションでは10個の胚のうち「最も賢いもの」を選ぶと、平均してIQが6ポイント以上向上するものの、身長や肥満やニキビのリスクなど、他の特性は個人の好みに応じて優先される可能性があると主張しました。ただし、最終的には研究室で培養された卵子を使用することで、顧客は1000個あるいは100万個もの胚を作成し、その中から選りすぐりの胚を厳選できるようになると主張しています。
加えて、将来的には遺伝子選別サービスが性格タイプにまで拡張され、ダークトライアドのスコアも提供されるようになるとHeliospect Genomicsは説明したそうです。クリステンセン氏はうつ病や創造性のスコアも開発できるかもしれないと語っていますが、「美しさは、実際に多くの人が尋ねるものなのです」と述べ、IQだけでなく容姿にまつわる特性の選別についても顧客から求められると示唆しました。
Heliospect Genomicsで働く従業員の中には、胚選択や遺伝子工学による胚の操作によって望ましい特徴を備えた子どもを作るという思想である「新優生学」を支持すると発言し物議をかもした学者のジョナサン・アノマリー氏もいます。アノマリー氏はメディア戦略においてHeliospect Genomicsに助言し、アメリカとヨーロッパを拠点とする投資家や顧客の獲得を支援してきた模様。
Heliospect Genomicsは2023年6月にUKバイオバンクのデータにアクセスする許可を取得。Heliospect Genomicsはアクセス申請の中で、高度な技術を使って「複雑な形質」の予測を改善したいと説明していますが、商業利用を意図しているため胚のスクリーニングについては公表しておらず、「選別によりIQが向上する」などの説明も公には一切していません。なお、Heliospect GenomicsはThe Guardianに対して「産業規模の卵子や胚の生産」「優良個体の選別」を容認するつもりはなく、ダークトライアドや美しさで胚を選別するようなサービスを提供する予定もないとコメントしました。
イギリスでは不妊治療が厳しく規制されており、胚に対して実行できる検査は規制当局が承認した深刻な健康状態リストに含まれるもののみです。しかし、Heliospect Genomicsはイギリス在住のカップルが承認されている受精卵の検査中に、偶然生成されていた子どもの遺伝子データを要求した場合、「分析のために海外に送ることは法的に可能かもしれない」と示唆しています。また、Heliospect Genomicsは体外受精のためにアメリカに渡航することもアドバイスしており、あくまで規制に従いながらサービスを提供していることをアピールしていたそうです。
実際、Heliospect Genomicsのクリステンセン氏はThe Guardianに対し、胚の検査に関するイギリスの規制を回避しようとしているわけではなく、UKバイオバンクが企業に研究の正確な商業的応用を開示するよう要求していないだけとコメント。さらに、公衆教育、政策討論、技術に関する適切な情報に基づく議論を通じ、着床前胚のスクリーニングに関する懸念に対処することを支持しました。
UKバイオバンクはHeliospect Genomicsによるデータの使用について、「当社のアクセス条件と完全に一致している」と述べていますが、スタンフォード大学の生命倫理学者であるハンク・グリーリー教授は、「UKバイオバンクとイギリス政府は新たな規制を課す必要があるかどうか、もっと真剣に考えた方がいい」と述べています。
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