サイエンス

体外受精時に「胚の遺伝子検査」を行ってがんや心臓病のリスクを予測するビジネスが登場している


近年では体外受精によって子を授かる親が増えており、体外受精によって生まれる赤ちゃんの数は年間50万人を超え、産業規模も140億ドル(約1兆7800円)に達しています。そんな中、体外受精によってできた受精卵(胚)の遺伝子検査を行い、「将来の疾患リスク」について予測するビジネスが登場していると海外メディアのBloombergが報じました。

DNA Testing for Embryos Promises to Predict Genetic Diseases - Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/features/2022-05-26/dna-testing-for-embryos-promises-to-predict-genetic-diseases

アメリカで非営利の教育機関・コリンズ英才教育研究所を運営するコリンズ夫妻は、6回目の体外受精でようやく受精卵を得ることに成功しました。この際、コリンズ夫妻は「胚の遺伝子検査」を行って、胚が成長した際の将来的な心臓病・がん・糖尿病・統合失調症などのリスク評価を受けたとのこと。


受精卵の遺伝子解析は着床前診断としてすでに行われていますが、一般的には染色体異常や重大な遺伝病の検出が目的とされています。ところが、胚の遺伝子検査を担当したアメリカ・ニュージャージー州のGenomic Predictionという企業は、複雑なDNAデータを解析し、がんや心臓病といったさまざまな要因が重なる疾患のリスクを評価し、総合的な健康度をスコアで示すビジネスを行っています。

体外受精において、候補となる複数の胚を持つ親が事前に遺伝子解析を行うと、疾患リスクに基づいて着床させる胚を選択することが可能となります。Genomic Predictionはすべての遺伝的データを総合的に判断し、さまざまな疾患リスクが平均的な胚を「0」として、スコアが上がるにつれて疾患リスクが低く、下がるにつれてリスクが高いとする形式で評価しています。コリンズ夫妻が授かった胚のうち最もスコアが高い胚は「1.9」であり、最も低い胚は「-0.96」でした。

もちろん、同じ遺伝子を持つ親から誕生する胚の差異はわずかであり、生まれた後の環境要因によって左右される点も大きいとのことですが、コリンズ夫妻はこの差異が小さいとは考えていません。「これは、最先端の科学を駆使して未来の子どもたちにあらゆるアドバンテージを与えることなのです。サイコロを振っているようなものです」と述べています。


Genomic Predictionのローラン・テリエCEOは、誰もが「愛する家族には疾患に苦しんでほしくない」と思っており、着床前のリスク評価を望んでいるだろうと考えています。実際に一部の支持者らは、疾患リスクに関する遺伝子解析スコアが誰にとっても利用可能であり、明確に結果が提供されるべきだと主張していますが、胚の遺伝子検査に基づく疾患リスクの評価については、「優生学的な思想を強化する」「積極的な子どもの遺伝子編集につながる」と非難する声も上がっています。また、懐疑論者は両陣営がDNA解析の精度を誇張しており、そもそも出生前の遺伝子検査でわかった結果がそのまま人生を左右するわけではないと主張しています。

胚のDNAからさまざまな疾患リスクを評価するプロセスにおいては、まず胚から採取した細胞のDNAを処理し、UKバイオバンクなどのプロジェクトが収集した数十万人ものDNAデータを基に独自のソフトウェアで分析を行い、遺伝子の変異を疾患のリスクに変換するとのこと。Genomic Predictionは物理学に基づいた数学的手法による分析を行っており、たとえ同じ家族で育った兄弟姉妹であっても、どちらが統合失調症やがんのリスクが高いのかを予測できるそうです。

これまでGenomic Predictionが行ってきた検査では、一部の胚に疾患リスクを高める遺伝子が集中し、別の胚には健康を増進する遺伝子が集まっている傾向がみられたとのこと。テリエCEOは、「非常に残酷なことです。ある人は生まれながらにして不利なカードを持っており、ある人は生まれながらにして幸運なカードを持っているのです。私たちにできることは、この確率を高めることです」と述べています。

Genomic Predictionは初期費用1000ドル(約12万7000円)、分析1回につき400ドル(約5万1000円)の料金で胚の遺伝子検査を行い、胚のスコアについて専属のカウンセラーが意味を解説するとのこと。コリンズ夫妻は数カ月にわたる治療で生成した12個の胚について遺伝子検査を依頼したとのことで、糖尿病・がん・心臓疾患・統合失調症のリスクに関するスコアを受け取ったそうです。コリンズ氏はこれらのスコアについて、子どものマリファナ服用をやめさせたい時に「あなたは統合失調症になる可能性が高いのだから、マリファナはやめた方がいい」と言えるなど、個人に応じた育て方をする上でも役立つと述べています。

また、Genomic Prediction自体は認知機能や身長などに関するスコアは提供していませんが、コリンズ夫妻は胚に関する生のゲノムデータをダウンロードし、フロリダ州のDNA分析企業であるSelfDecodeに199ドル(約2万5000円)を支払って独自に分析したとのこと。SelfDecodeの分析からはストレス管理能力や精神衛生上の特性など、Genomic Predictionが提供していない側面についての評価を受けることができたそうです。Genomic Predictionは、胚の生のゲノムデータにアクセスすることは顧客の権利であり、その他の相関関係の可能性を否定するつもりはないと述べています。


アメリカでは不妊治療の規制が緩いため、遺伝子に基づく多因子性疾患のリスク評価が法的な反発を受ける可能性は低いとのこと。しかし、着床前の胚検査は体外受精のプロセスに不必要なストレスと混乱を与え、親が胚を廃棄することになりかねないとの批判もあります。

非営利組織のEuropean Society for Human Geneticsは2022年の春、環境が遺伝子発現に劇的な影響を与える可能性があるとして、遺伝子リスクスコアについて「よくても時期尚早」だと主張。「この技術を応用する前に、社会的な議論が行われることが重要です。特に個々の形質選択に関して、何が許容されると考えられるのかに焦点を当てる必要があります」と述べ、優生学的な選別の可能性を懸念しています。

Genomic Predictionの最高価額責任者であるネイサン・トレフ氏は、「大きな対話が必要です」と述べ、より広範な議論に応じるつもりだとしています。トレフ氏とオックスフォード大学の倫理学者であるジュリアン・サヴァレスキュ氏は2022年5月に発表した論考で、病気の可能性が低いということは将来の子どもにとってよりよい人生が送れることを意味するため、真に危険なのは遺伝子スコアを全員に提供しないことだと主張。「ナチスの優生学プログラムの教訓から得られる教訓は、生殖に関する決断は国家ではなく、夫婦が行うべきであるということです」と論じました。

Genomic Predictionは2022年12月にベンチャー資金を2500万ドル(約31億8000万円)に倍増させ、検査パネルを拡大・追加するとしています。コリンズ氏は、「胚の遺伝子検査は自分の子どもにあらゆる機会を与えようとする親のためのものです。法律や社会規範が、親が子どもに利点を与えることを止めるとは信じていません」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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