遺伝子編集技術を使えば社会的行動も変えてしまえるかもしれない
CRISPR-Cas9などの遺伝子編集技術の登場によって、人は病気の治療や遺伝的欠陥の修正といった目的で、非常に高い精度で遺伝子配列を変更することができるようになりました。しかし、遺伝子編集はその生物の生化学的経路だけではなく、その社会的行動にも大きな影響を与える可能性を示す研究が発表されました。
CRISPR-Cas9 editing of the arginine–vasopressin V1a receptor produces paradoxical changes in social behavior in Syrian hamsters | PNAS
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2121037119
Gene Editing Can Change The Social Behavior of Animals in Unexpected Ways
https://www.sciencealert.com/crispr-gene-editing-can-even-alter-the-social-behavior-of-animals
ジョージア州立大学の神経科学者であるH・エリオット・アルバース氏らの研究チームは、抗利尿ホルモンであるバソプレシンが作用する受容体・Avpr1aを発現しないような遺伝子編集を、CRISPR-Cas9を用いてハムスターに施しました。このバソプレシンは抗利尿作用のほか、コミュニティ内の協力・コミュニケーション・攻撃などの社会的行為にも関連があるとされています。研究チームはAvpr1aを無効化することで、バソプレシンの影響が少なくなり、ハムスターの社会的コミュニケーションや攻撃的行動が減少すると予想しました。
しかし、実験の結果、Avpr1aを持たないハムスターは社会的コミュニケーションと攻撃性のレベルが非常に高くなりました。攻撃性における性差も消失し、オスであってもメスであっても同性の他個体に対して高い攻撃性を示すようになったとのこと。また、縄張り意識の高いハムスターは異性を選ぶために臭腺を用いてマーキングを行いますが、Avpr1aを持たないハムスターではこのマーキング行動に変化が見られたそうです。
アルバース氏は「バソプレシンが脳の多くの領域内で作用して社会的行為を増加させることはわかっていましたが、その受容体であるAvpr1aはむしろパソプレシンの作用を抑える方向に働く可能性が示されました。私たちは、自分たちの脳と行動を関連付けるシステムについて、思っているほどには理解していません。今回の発見は、脳の特定の領域だけではなく、脳全体に存在する受容体の作用について考える必要があることを示すものです」とコメントしています。
また、今回のハムスターでの実験結果は、人間にも通用する可能性があると研究チームは述べています。ハムスターのストレス反応は人間と同じであるため、遺伝子が脳の神経回路とどのように相互作用して、遺伝子が他人とのコミュニケーションを築くための社会的行動をどのように制御しているのかがさらなる研究で明らかになるかもしれません。
アルバース氏は「人間の社会的行動に関与する神経回路を理解することは重要であり、私たちのモデルは私たちの健康にも応用できるものです。社会的行動におけるバソプレシンの役割を理解することは、自閉症からうつ病に至る多様な神経精神疾患群のより効果的で新しい治療戦略を見つけ出すために必要です」と述べました。
・関連記事
遺伝子編集技術CRISPR-Cas9で「食べるだけでビタミンDを豊富に摂取できるトマト」を開発 - GIGAZINE
ゲノム編集された牛の食肉利用をアメリカ食品医薬品局が承認 - GIGAZINE
遺伝子編集でHIVの複製能力を殺す治療法が人間でのテスト段階へ - GIGAZINE
遺伝子編集技術CRISPRで新型コロナを治療する方法が編み出される - GIGAZINE
遺伝子編集技術「CRISPR-Cas9」の静脈注射による世界初の治療が難病を改善 - GIGAZINE
・関連コンテンツ