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「魔女」が世界中に存在するのはなぜなのか?


西洋文明の社会で暮らしているほとんどの人は、誰かに「空を飛んだり動物に変身したりする魔女を信じているか?」と聞かれた場合、「信じていない」と答えるはず。しかし、実際のところインドネシアの島々からアメリカの都市まで、ありとあらゆる場所に「魔女が存在する」という信念が根付いているとのこと。魔女とはどういう存在なのか、一体なぜ魔女の信仰が世界中に存在するのかといった疑問について、カナダ・アルバータ大学の元人類学教授で世界中の魔術について研究しているグレゴリー・フォース氏が解説しています。

The universal belief in witches reveals our deepest fears | Aeon Essays
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一口に「魔女」といわれている存在であっても、その形態は文化や地域によってさまざまです。たとえばヨーロッパの魔女は、道具を使って空を飛んだり、自分自身を動物に変身させたり、夜に仲間で集会を開いたりする存在と考えられています。一方、フォース氏が50年前にフィールドワークを行ったインドネシアのスンバ島では、人々の魂を動物に変え、その動物を食べることで病気や死を引き起こす存在が魔女だとされていました。

魔女への信仰について検討するにはまず、「魔女とは何なのか」を定義する必要があります。そこで人類学者や歴史家らは、「悪意によって突き動かされ、物理的な手段を用いることなく、人に隠れて目に見えない神秘的な手段で、故意に人を傷つける人間」として魔女を定義しています。儀式的な殺人やカニバリズム(食人)など、基本的に人間を動物のように扱う行為は、魔女を構成する典型的な要素だとのこと。


これにより、アメリカ南西部のナバホ族やニューギニアの魔女と、ヨーロッパの魔女を一緒に扱うことができます。また、1980年~1990年代にアメリカで発生した「デイケアセンターで悪魔的儀式が行われ、子どもが食べられていた」というパニックや、2016年に広まった「ワシントン D.C.のピザ屋が秘密の悪魔崇拝儀式の拠点となっていた」とするピザゲートといった事例でも、その背後に魔女がいるとみなせるとのこと。

なお、伝説や物語に登場する魔女の中には「善良な魔女」も存在しますが、これはアングロサクソン語(古英語)の歴史的に「魔女(witch)」をヒーラーや慈悲深い魔術師にも適用したことで生まれたものです。そのため、フォース氏やその他の学者らは「魔女」について、人に害をなす邪悪な存在として考察しています。


魔女にまつわる信念が普遍的だからといって、地球上のすべての文化で魔女が記録されているわけではなく、魔女が信じられているからといって魔女狩りやパニックが起きているわけでもありません。ピザゲートなどの西洋における悪魔崇拝の事例は、公に魔女を告発するものでしたが、アリゾナ州のホピ族は報復を恐れて誰かを魔女として公然と非難することはありません。その代わり、ホピ族の人々は魔女が死後に罰せられると信じているそうです。

また、一部の文化では魔女がまったく根付いていないか、たとえ魔女になじみがあってもそれを脅威に感じていませんでした。たとえばガーナのタレンシ族は、不幸は他人の邪悪さによって発生するとは信じておらず、その代わり公正で全能な先祖によって生じると考えています。このタレンシ族の社会では、病気や死は人間の行為に対する正当な報いとして解釈されるとのこと。

しかし、多くの地理的・文化的・時間的に断絶した社会で魔女が普遍的に存在するということは、「どこかに超自然的な手段で自分たちを傷つけようとする邪悪な人間がいる」という想像が、人間にとって執拗(しつよう)で永続的なものであることを示唆しています。つまり、善良な人々に起きた因果関係がわからない不幸や不運が起きた際、「これは邪悪な魔女がやったこと」だと説明するために、魔女の存在が信じられてきた可能性があるとフォース氏は主張しました。

こうした事例の最も有名なものとして、17世紀にマサチューセッツ州で起きた「セイラム魔女裁判」が挙げられます。当時のセイラム村は、多くの住人がイギリスから移民したピューリタンであり、時には敵対的な先住民やフランス人入植者との争いが発生する厳しい環境で暮らしていました。そんな中で成功者と失敗者が生まれ、時には不運に襲われるという状況を説明するために、魔女の信念が強化された可能性があるとのこと。

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魔女について研究している人類学者らは、社会システムに焦点を当てて魔女の信念を説明しようと試みています。中央アフリカのアザンデ族について研究した人類学者のエドワード・エヴァン・エヴァンズ=プリチャードは、1937年の著書「Witchcraft, Oracles, and Magic Among the Azande(アザンデ族の魔術、神託、魔法)」で、魔女の告発と自白はアザンデ族の宇宙論の本質的な要素であると共に、秩序ある社会生活を維持する方法として説明しました。

アザンデ族の魔女は、意識的または無意識的に人を傷つける超自然的な力を持っており、単に「誰かに悪意を持つ」だけで害をなす存在とみなされていました。そして、アザンデ族の誰かが病気やその他の不幸に苦しめられた時、占い師の助けを借りて魔女の正体を明かし、魔女であることの自白を求めたとのこと。多くの場合、魔女として告白された人物は「危害を加えるつもりはなかった」と弁明しつつ魔女であることを自白し、その後両者は和解して魔女の騒動に決着が着くという流れになっていました。

エヴァンズ=プリチャードは、アザンデ族の魔女は善良な人に悪いことが起きることの説明であると同時に、人々の間の社会的緊張や対立を明らかにして、社会的調和を促進・維持する方法としても機能していると主張しました。その後の人類学者もエヴァンズ=プリチャードのように、魔女を社会システムを安定させるのに役立つものとして解釈しました。たとえば、誰かを魔女として非難することで破綻している家族関係や友人関係を解消したり、魔女に害を加えられるのを恐れて善良な行動を心がけたりすることは、社会の安定につながります。

しかし、歴史学者や人類学者は単一の社会に焦点を当てていたため、魔女の信念を異なる社会に一般化することはできませんでした。実際、魔女とみなされるのが主に女性の地域もあれば、アメリカのナバホ族やアフリカの一部では男性が魔女の正体とされており、男女いずれも魔女として非難される社会もあります。また、同様のばらつきは年齢・社会的地位・富に関してもみられるほか、農耕民族だけでなく狩猟採集民族でも魔女の信念が確認されているとのこと。


魔女についての社会学的アプローチの欠陥を認識し、新たな視点を提案したのが、オックスフォード大学でフォース氏の指導教官だったロドニー・ニーダムです。ニーダムは1978年の著書「Primordial Characters(原初のキャラクター)」で、魔女を正しく理解するには異なる文化や歴史的背景の魔女について調査するべきだと主張しました。

ニーダムは魔女の広範なイメージの一部を「道徳的要素」と呼び、魔女は「道徳的な人間の絶対的な反対に位置する存在」とみなされていると主張しました。たとえば、ガーナの魔女は女性の子宮を逆さまにして妊娠しないようにするほか、近世ヨーロッパや西アフリカのヨルバ人、チリのマプチェ族などは魔女が男性のペニスを盗んだり、精液を壊したりするとされています。これは、人間の生殖という正常なプロセスを打ち消すものであり、道徳的要素のイメージに顕著な表現のひとつです。

また、「夜に活動する」「空を飛ぶ」「動物になる」「夜になると光る」といった要素も、文化を超えて魔女の特徴として挙げられます。特に「夜になると光る」という要素は南北アメリカ大陸からヨーロッパ、アフリカ、アジア、太平洋の島々まで幅広くみられ、インドネシア東部のスンバ島では魔女を「夜に光り、輝き、明滅する人々」と呼ぶほか、ガーナのトウィ語では魔術の実践を「輝く」という意味の言葉で呼ぶそうです。

魔女が適切あるいは正常なことと反対の方法で物事を行う「逆転現象」も、普遍的にみられる要素です。たとえばヨーロッパの魔女は十字架を逆さまに構え、儀式を反対に行い、不吉とされる反時計回りに踊り、右手で行うべきことを左手で行います。フォース氏がフィールドワークをしたインドネシア・フローレス島ナゲ族でも、魔女は人を食べた供宴で「間違った方向に踊る」と表現されています。

ニーダムはこれらの要素が一緒に発生する必要はないとしており、フォース氏もそれに同意しています。実際、近年のアメリカで悪魔崇拝に関与されていたとされる人々は、いずれも空を飛んだり、動物に変身したりするとは指摘されていません。これらの要素は現代物理学によって実現不可能だとされているため、近代的な教育を受けた人々は、これらの要素を捨て去っていると考えられます。しかし、依然として「儀式的な殺人」「カニバリズム」「生殖の妨害(子どもをいけにえにしたり中絶を促進したりする)」といった要素は、悪魔崇拝を非難する際の要素として残されています。

神や幽霊といった存在も人間と逆のことを行ったり、動物の姿になったり、主に夜に活動したりするものとして描かれますが、魔女はそれと同時に「欠陥のある人間」であるとされる点が異なります。多くの場合、魔女とされるのは同じ言語を話す村や家族の一員ですが、道徳的に異質で非人間的なものとみなすことで、「私たちのような普通の人」と正反対の人物として表現されるとのこと。


一部の認知科学者は、魔女や魔術を狩猟採集民族に由来する進化心理学の産物と見なしています。「目に見えない方法で、悪意を持って振る舞う内部または外部の敵が存在する」という信念は、小規模な石器時代のコミュニティで生き抜く心理的メカニズムとして進化した可能性があるそうです。

たとえ魔女が生まれた究極的な原因を切り分けたとしても、魔女の告発が引き起こしうる社会的な混乱や不公正を直ちに解決できるわけではありません。しかしフォース氏は、魔女の信念の理解が深まれば深まるほど、その最悪の影響を抑制して打ち消すチャンスが増えると主張しました。

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in メモ, Posted by log1h_ik

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