サイエンス

宇宙論は転換点を迎えている、あと数年で「人類は新しい物理学に遭遇するかもしれない」と天体物理学者


これまで観測誤差だと片付けられてきた、宇宙に関する理論と実際の観測記録の間にある食い違いが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡といった最新鋭の観測技術により誤差ではなかったことが判明しつつあります。長年にわたり、世界中の天文学者の間で論争となってきたこの矛盾の全容が明らかになり、人類が既存の宇宙観の再考を余儀なくされる時が目前に迫っていると、専門家が提唱しました。

Cosmology is at a tipping point – we may be on the verge of discovering new physics
https://theconversation.com/cosmology-is-at-a-tipping-point-we-may-be-on-the-verge-of-discovering-new-physics-237695

現行の宇宙論の中で最も有力な標準モデルである「ΛCDMモデル」では、宇宙は68.3%のダークエネルギーと26.8%のダークマター、そして4.9%の通常の原子で成り立っているとされています。これは、ビッグバンの残光とも呼ばれている宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の詳細な観測データから導き出された非常に正確な結果です。

ΛCDMモデルは、宇宙の大規模な構造や地球の周囲にある銀河の分布などの観測結果とよく一致しており、宇宙が誕生してから数分間に生成されたヘリウムと重水素の量や、CMBが示唆する初期の宇宙の様子も完璧に説明できることから、このモデルは「一致モデル(コンコーダンスモデル)」との評価を得るに至りました。


ところが、近年に入ってこのモデルと矛盾する観測結果が報告されるようになり、長い間かけて築き上げられてきた理論の妥当性が揺るがされる事態となっています。

論争の渦中にあるのが、宇宙の膨張速度を表すハッブル定数です。理論的には、ハッブル定数の値は67.4km/s/Mpc(キロメートル毎秒毎メガパーセク)ですが、ハッブル宇宙望遠鏡で宇宙の灯台とも呼ばれているセファイド変光星までの距離を測定して計算すると、値は73km/s/Mpcとなります。この誤差は8%とわずかですが、統計的には無視できない違いです。

学者の間で「緊張(テンション)」と呼ばれるこの矛盾した結果は、これまで「セファイドの光と他の星の光が合わさったことで観測結果に誤差が生じたのかもしれない」と説明されてきました。


しかし、目的の天体とそれ以外の光を正確に見分けることができるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡での観測により、ハッブル宇宙望遠鏡の観測結果は間違いではなかったことが確かめられました。

ハッブル宇宙望遠鏡が観測した「宇宙の膨張率」に間違いはなかったことがジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって示される - GIGAZINE


こうしてにわかに再燃した「ハッブル定数の緊張(ハッブル・テンション)」と呼ばれる議論の結末は、記事作成時点ではわかりません。

天文学者たちは目下、赤色巨星分枝先端星(TRGB)J領域漸近巨星分枝星(JAGB)と呼ばれる2種類の星の光を手がかりに、正確なハッブル定数を導き出そうとしています。

しかし、あるグループが「2つの星の値は宇宙論モデルから予測される値に非常に近い」と報告している一方、別のグループは「観測結果には依然として矛盾がある」と指摘しており、決着はついていません。

幸いなことに、早ければ2025年中にもハッブル定数の緊張の答えが得られる公算だと、イギリスのリヴァプール・ジョン・ムーア大学で理論天体物理学を教えているアンドレア・フォント氏は述べています。


フォント氏によると、これまでより遠くの天体を観測したデータを使うなどして精度を向上させたり、重力波として知られている時空のさざ波を測定したりすることで、さらに正確なハッブル定数を突き止められるとのこと。

もし宇宙論モデルを見直さなければならなくなったとしても、そのための理論的なアイデアは細かいものを合わせれば数百個はあるため、議論のテーマには事欠きません。

有力な候補のひとつはダークエネルギーで、例えば2024年にはダークエネルギーが時間とともに変化する可能性を示唆する研究結果が報告されています。

ダークエネルギーが「進化」しているとの研究結果、「宇宙の終わり」に関する予想を決定づける可能性のある発見 - GIGAZINE


さらには、宇宙の初期や後期での膨張を加速させるためにさらに多くのダークエネルギーがモデルに追加される可能性もあれば、宇宙の大規模なスケールにおける重力の振る舞いに修正を加えるのも選択肢のひとつかもしれないと、フォント氏は指摘します。

また、中には宇宙の等方性、つまり「どの方向を観測しても均質で宇宙には他とは違う特殊な場所はない」という現行のモデルの前提を放棄すべきだという意見や、一般相対性理論の再考を提案する人もいるそうです。

今後、標準モデルの正確さが改めて証明されることになるか、あるいは1990年代における宇宙の加速膨張の発見に匹敵するようなパラダイムシフトが起きるのかはまだわかりませんが、いずれにせよ宇宙論はひとつの転換点を迎えつつあります。

「これらのアイデアの多くは、最後には理論家たちの心の中にある珍品博物館にしまい込まれる運命にありますが、それまでは『新しい物理学』が芽吹くための土壌となります。これから数年以内に、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、ダークエネルギー分光装置、チリに建造中のベラルービン天文台、欧州宇宙機関が打ち上げたユークリッド宇宙望遠鏡などから届く強力なデータが出そろい、私たち天文学者が長い間探し求めてきた答えを見つける手助けをしてくれるでしょう」とフォント氏は述べました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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