サイエンス

宇宙望遠鏡が測定した「星までの距離」のデータセットが更新される、「宇宙の膨張速度に関する謎」は深まる


天文学の研究において「天体までの正確な距離」を知ることは非常に重要であり、欧州宇宙機関(ESA)は宇宙望遠鏡ミッションのガイア計画で、天体までの正確な距離を測定しようと試みています。2020年12月3日(木)、ガイア計画の宇宙望遠鏡によって測定された「天体までの距離」のデータセットが2年ぶりに更新されたことによって、天文学者らは「宇宙の膨張速度」に関する新たな論文を発表しました。

Cosmic Distances Calibrated to 1% Precision with Gaia EDR3 Parallaxes and Hubble Space Telescope Photometry of 75 Milky Way Cepheids Confirm Tension with LambdaCDM
https://arxiv.org/abs/2012.08534


Astronomers Get Their Wish, and the Hubble Crisis Gets Worse | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/astronomers-get-their-wish-and-the-hubble-crisis-gets-worse-20201217/

ESA’s Gaia Mission Releases Data on More Than 1.8 Billion Stars | Astronomy | Sci-News.com
http://www.sci-news.com/astronomy/gaia-early-third-release-09116.html

天文学者は長年にわたって地球から恒星までの正確な距離を測定しようとしており、その試みの一つがESAのガイア計画です。ガイア計画は地球から約150万kmの距離にあるラグランジュ点に宇宙望遠鏡を打ち上げ、地球の公転と共に太陽を回りながら恒星の位置を観測するというもの。

地球から恒星までの距離を測定するには、地球の公転運動によって生じる視差の影響で遠く離れた恒星の位置が変化して見える「年周視差」という現象を利用します。しかし、地球上からの観測では精度が足りないため、ガイア計画では重力的に安定したラグランジュ点に打ち上げた宇宙望遠鏡を用いて恒星を観測しているとのこと。

年周視差を用いた距離の測定についてわかりやすく示した画像がこれ。地球と共に太陽の周囲を公転するガイア宇宙望遠鏡が観測する恒星の年周視差は、地球からの距離が短い恒星ほど大きく、遠い恒星ほど小さくなります。この現象を利用することで、ガイア計画は恒星までの正確な距離を測定しようとしています。

by Samuel Velasco/Quanta Magazine

年周視差の発想自体は古くから存在しており、16世紀の天文学者であるティコ・ブラーエニコラウス・コペルニクスが唱えた地動説に対し、「地球が1年周期で太陽の周りを移動しているならば、半年間で恒星に対する角度が変化して年周視差が生じるはずだ」と考えました。しかし、ブラーエの観測では年周視差が観測されなかったため、ブラーエは天動説を主張しました。

ブラーエが年周視差を検出できなかったのは、恒星があまりにも地球から遠く離れすぎているためでした。初めて年周視差が確認されたのは1838年のことであり、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセルはくちょう座61番星で年周視差を観測しました。ベッセルは観測した年周視差から「地球からはくちょう座61番星までの距離は10.3光年離れている」と推定しており、この数値は現代のガイア宇宙望遠鏡が算出した「約11.403光年」という値にかなり近いものとなっています。

はくちょう座61番星は地球からかなり近い恒星ですが、もっと離れた恒星は非常に年周視差が小さいため、検出するには特殊な機器が必要です。そんな遠く離れた恒星の年周視差を測定するために設計されたのがガイア宇宙望遠鏡であり、10億ピクセルの解像度を持つカメラに相当するCCDイメージセンサを106個搭載し、1日あたり5億個の恒星を観測しています。

イギリスのガイア計画データ処理分析コンソーシアムでプロジェクトマネージャーを務めるFloor van Leeuwen博士は、「ガイア宇宙望遠鏡は数千光年離れた数億個もの天体の距離を、『2000km以上離れた位置から見える髪の毛の太さ』も検出できる精度で測定しています」と解説。ガイア宇宙望遠鏡からのデータは天体物理学の重要なバックボーンの一つとなっているそうです。

by Trevor Dobson

2013年に打ち上げられたガイア宇宙望遠鏡は、これまでに2016年と2018年の2回にわたりデータセットをリリースしており、2020年12月3日には「Gaia Early Data Release 3(EDR3)」と呼ばれる3回目のデータセットがリリースされました。今回のリリースは2部構成のうちの1つであり、完全なリリースは2022年に予定されています。

EDR3では過去最多となる18億個以上の恒星に関する詳細情報がリリースされ、世界各国の天文学者らは大量のデータに興奮しているとのこと。シカゴ大学の研究者であるウェンディ・フリードマン氏は「私たちは情報に圧倒されています」と述べ、2011年に宇宙の加速膨張に関する研究でノーベル物理学賞を受賞したジョンズ・ホプキンス大学のアダム・リース氏は、「私はこの上なく興奮しています」とコメント。

リース氏の研究チームはEDR3のデータセットを基にした宇宙の膨張速度に関する論文を発表し、宇宙の膨張率を示すハッブル定数は73.2km毎秒毎メガパーセクであり、その誤差は1.8%だと報告しました。これは、地球からの距離が1メガパーセク離れるごとに宇宙の膨張速度が1秒あたり73.2km速くなるということを示しており、これまで想定されていた67km毎秒毎メガパーセクという値を上回っています。リース氏らはEDR3のデータセットで新たに判明した75個のケフェイド変光星の年周視差を利用して、宇宙の膨張率を再調整したと述べています。

既知の宇宙論から予測されるハッブル定数が最新データに基づくハッブル定数と一致せず、「宇宙が予想以上の速さで膨張している」という謎は以前から指摘されていました。リース氏の研究チームが発表した今回の論文により、これまでより精度が向上したEDR3のデータセットでも同様の不一致が確認されたこととなります。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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