サイエンス

iPS細胞の移植で1型糖尿病の患者の体がインスリンを作れるようになる世界初の成果


北京大学の研究チームが、患者由来のiPS細胞からインスリンを合成する細胞を作って移植し、インスリンの投与なしでほぼ完全に血糖コントロールができるまでに治療できたことを発表しました。

Transplantation of chemically induced pluripotent stem-cell-derived islets under abdominal anterior rectus sheath in a type 1 diabetes patient: Cell
https://www.cell.com/cell/abstract/S0092-8674(24)01022-5

Stem cells reverse woman’s diabetes — a world first
https://www.nature.com/articles/d41586-024-03129-3

世界には5億人の糖尿病患者がいるといわれており、その多くは2型糖尿病ですが、中には免疫系がインスリンを生産するすい臓の膵島(すいとう)細胞を攻撃することでインスリンをほとんど、あるいはまったく分泌できなくなってしまう1型糖尿病の人もいます。


1型糖尿病の治療として、ドナーのすい臓から膵島を取り出して患者の肝臓に移植する「膵島移植」が行われていますが、患者の体がドナーの細胞を拒絶するのを防ぐためには免疫抑制剤が必要になります。

一方、幹細胞を使うと体のあらゆる組織を実験室内で培養できるため、膵島移植の無限の供給源となる可能性を秘めており、患者自身の細胞を使えば免疫抑制剤も使わずに済みます。


今回、北京大学の細胞生物学者であるDeng Hongkui氏らのチームは、1型糖尿病患者3人から細胞を採取してからそれを多能性状態に戻し、それを任意の細胞に分化させられるようにしました。

この再プログラミング技術は京都大学の山中伸弥氏がiPS細胞として2006年に開発したものですが、遺伝子を用いた再プログラミングには予期せぬ突然変異やがん化のリスクがありました。

今回、研究チームは以前別の研究者らによって開発されていたCiPS細胞技術を使用し、化学物質のみを使ってより精密に分化プロセスを制御することで、患者の細胞から膵島細胞の塊を作成しました。

こうして迎えた2023年6月の移植手術では、わずか30分で細胞約150万個相当の膵島がひとりの女性患者の肝臓に移植され、それから2カ月半後には女性はインスリンの補給なしで生活するのに十分なインスリンを分泌できるようになりました。なお、膵島を移植するのがすい臓ではなく肝臓なのは肝臓の血管の中に点滴のように注射するだけで移植できるからだとのこと。

治療を受けた女性は1年以上にわたって高いインスリンレベルを維持しており、血糖値の危険な乱高下を起こすことなく1日の98%で目標範囲内の血糖値を達成できています。

京都大学の糖尿病研究者である矢部大介氏は科学誌・Natureに「これは驚くべきことです。これが他の患者にも応用できるのであれば、素晴らしいことになるでしょう」と話しました。


フロリダ州のマイアミ大学で1型糖尿病の研究をしているジェイ・スカイラー氏によると、女性の細胞が「治った」と判断するには、最大5年間インスリンを産生し続けられることを確認する必要があるとのこと。

また、女性はすでに以前の移植手術で免疫抑制剤の投与を受けているため、今回の研究では拒絶反応リスクについての評価ができません。加えて、1型糖尿病の多くは自己免疫が原因であるため、もし移植した細胞が体から「異物」として拒絶されなかったとしても、依然として免疫系が膵島を攻撃してしまうリスクが残されています。

Deng氏によると、ほかの2人の1型糖尿病患者の経過も「非常に肯定的」とのことで、2024年11月には治療から1年の節目を迎えます。研究チームは今後、試験の対象を10~20人に拡大する予定としています。

他にも、幹細胞を使った糖尿病治療の有望な結果が報告されており、マサチューセッツ州ボストンのバイオ医薬品会社・Vertex Pharmaceuticalsが主導した試験では、1型糖尿病の参加者12人が免疫抑制剤の投与を受けつつ幹細胞から作られた膵島を肝臓に移植され、全員がインスリンを分泌できるようになりました。中にはインスリンが不必要になった人もいるとのこと。

矢部氏もドナーのiPS細胞から作った膵島細胞での試験の準備を始めており、2025年2月には矢部氏が開発した膵島細胞のシートの移植手術が行われる予定です。

京大病院 糖尿病治療にiPS細胞使う 治験計画を国に届け出|NHK 京都府のニュース
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/20240902/2010020882.html

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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