地球を「トポロジカル絶縁体」という量子物質状態として扱うことで地球の大気と海の動きなどの気象パターンを説明できることを量子物理学者が発見
地球の気流や海流に関しては、現代科学でも原理が解明されていない事象があり、その内のひとつが「ケルビン波」と呼ばれる、赤道付近では気流や海流が必ず東に向かって移動するという事象です。ブラウン大学の物理学者であるブラッド・マーストン氏らの研究チームが、地球を「トポロジカル絶縁体」として扱うことでケルビン波を説明できるとの研究結果を示しました。
[2306.12191] Topological Signature of Stratospheric Poincare -- Gravity Waves
https://arxiv.org/abs/2306.12191
How Quantum Physics Describes Earth’s Weather Patterns | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/how-quantum-physics-describes-earths-weather-patterns-20230718/
1966年に気象学者の松野太郎氏は、計算の結果「赤道直下の海水は東に流れ、その海流の長さは数千キロメートルにもおよぶ」との研究結果を発表。松野氏の研究を裏付けるように、1968年にアメリカ海洋大気庁の気象学者であるジョージ・キラディス氏らの研究チームは、「赤道ケルビン波」と呼ばれる赤道直下の海流を観測しました。
一方で、さまざまな科学者が赤道ケルビン波について研究を実施しましたが、現代になっても赤道ケルビン波の原理については解明されませんでした。その理由は「地球物理学者がめったに踏み込まない量子の領域にあるからだ」と海外メディアのQuanta Magazineは語ります。
一般的に、地球物理学者が量子について取り組まないことと同様に、多くの量子物理学者は地球物理学的流体の謎に取り組みません。しかし、マーストン氏らの研究チームは、これまで物性物理学を専門としながらも、気候物理学や地球の海洋、大気中の流体の振る舞いについても関心を寄せていました。
マーストン氏らは、「地球物理学的な波と磁場中を移動する電子との間に何らかの関係があるのではないか」と推測。そこで、マーストン氏の同僚のアントワーヌ・ヴェナイユ氏は「赤道ケルビン波について調べるのはどうですか」と提案しました。
分析を行ったマーストン氏らは、赤道に沿った波の分散関係とトポロジカル絶縁体内の電子の分散関係が酷似していることに気付きました。マーストン氏は「物性物理学者ならすぐに気付くようなものです」と述べています。
半導体の積層構造に強い磁場をかけると、半導体の端にエネルギーの損失なくエッジ電流が流れる「整数量子ホール効果」という現象が発生します。さらに、極低温状態にある物質に強力な磁場をかけると、量子状態がまるでメビウスの帯のようにねじれることがわかっています。
こうした「内部が絶縁状態であるにもかかわらず、表面は金属と同じ状態を示す」というねじれを使った物体は「トポロジカル絶縁体」と呼ばれています。
2017年にマーストン氏らは、フランスのリヨン高等師範学校の物理学者であるピエール・デルプラス氏とともに、回転する物体に作用する慣性力の「コリオリの力」が地球上の流体を動かしているとの観測結果を発表。
マーストン氏らによると、地球をトポロジカル絶縁体として捉えると、赤道ケルビン波は量子物質の端を流れるエッジ電流と同じものとして考えられるとのこと。赤道ケルビン波は、北半球・南半球という2つの絶縁体に挟まれることになり、そして、北半球では地球の自転によって流体は時計回りに渦巻き、逆に南半球では反時計回りに渦巻くため、その間の赤道ケルビン波は東に動くというわけです。
今回の研究に参加していないカリフォルニア大学デービス校の応用数学者であるジョセフ・ビエロ氏は「マーストン氏らの発見は、赤道ケルビン波が生じる理由について示した最初のものです」「この発見は単に数式から導き出したものではなく、トポロジカル絶縁体などの基本的な原理を用いて現象を説明しています」と述べています。
ヴェナイユ氏は「地球の赤道ケルビン波が、乱気流などの不規則な天候に直面しても、勢いを変えずに流れている理由は、トポロジカル絶縁体の性質で説明できるかもしれません。トポロジカル絶縁体のエッジ電流が散逸することなく、材料中の不純物を無視して流れるのと同じように、赤道ケルビン波は絶えず動き続けています」と語りました。
マーストン氏らは2021年に大気圏から約10km上空に存在する「ポアンカレ波」と呼ばれる赤道ケルビン波と同様の動きを大気中でも発見。この発見によってコリオリの力を受けた地球の流体がトポロジカル絶縁体の中の電子のような動きをすることが確認されました。
マーストン氏らの研究は、「地球をトポロジカル絶縁体として扱う」研究に対する扉を開きました。イギリス・バース大学の理論物理学者であるアントン・スーロフ氏やケンブリッジ大学の量子物理学者であるデビッド・トン氏らが、マーストン氏らの発見を基にしたさらなる研究を進めています。
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