「犬と会話できるボタン」は本当に意味があるのか?
犬は人間とのコミュニケーション能力を備えているといわれていますが、飼い主が犬の気持ちを理解するのはなかなか難しいものであり、犬がボタンを押すと音声が流れる「犬と会話できるボタン」(トーキングボタン)はペットと会話したいと思っている飼い主にとって魅力的です。果たしてトーキングボタンは本当に犬と会話するのに役立つのか、トーキングボタンが害をもたらすことはあるのかといった疑問について、オーストラリアのアデレード大学で動物獣医学部准教授を務めるスーザン・ヘーゼル氏が解説しています。
Do dog 'talking buttons' actually work? Does my dog understand me? Here's what the science says
https://theconversation.com/do-dog-talking-buttons-actually-work-does-my-dog-understand-me-heres-what-the-science-says-219807
トーキングボタンは、飼い主があらかじめ複数のボタンに「おやつ」「遊ぶ」「散歩」などの言葉を録音しておき、犬がボタンを押すとその音声が流れるという単純なデバイスです。メーカーは、飼い主が犬を訓練すればトーキングボタンから流れる言葉の意味を理解し、飼い主とコミュニケーションを取ることが可能になると主張しています。
「ボタンを押すと特定の意味を持つ音声が流れる」というトーキングボタンの仕組みは、自らが発話せずに意思を表明する拡張型・代替的コミュニケーションの一種といえます。人間でも、自閉症や知覚障害を持つ人や、脳卒中などの神経変性疾患に苦しむ人々などが拡張型・代替的コミュニケーションデバイスを使用しているとヘーゼル氏は述べました。
トーキングボタンの発案者であるクリスティーナ・ハンガー氏は、言語聴覚士としての経験から拡張型・代替的コミュニケーションデバイスについて理解していたため、愛犬とトーキングボタンで会話するアイデアを思いついたと著書の「世界ではじめて人と話した犬 ステラ」で語っています。ハンガー氏は愛犬のステラに50個以上の単語やフレーズを教えて、トーキングボタンで会話できるようにしたとのこと。
市場には数千円~数万円までさまざまな価格帯のトーキングボタンがあり、実際にトーキングボタンを使ったレビュー動画もSNSや動画プラットフォームに多数投稿されています。
🐶愛犬に単語で会話できるボタンをあげたら凄すぎて怖かったwww - YouTube
ボーダーコリーと単語ボタン初めて使ってみたら理解力高すぎて楽しかった(笑) - YouTube
犬にトーキングボタンの使い方を教えるには、報酬や罰を通じて自発的な行動を学習させるオペラント条件付けと呼ばれるプロセスが用いられ、基本的には「おすわり」や「お手」を教える際と変わりません。
オペラント条件付けで学んだ単純な行動を結びつけることにより、犬は「車の運転」などの複雑なタスクを実行できるようになりますが、これはあくまで「互いに結びついた単純な行動」をたくさん学んだだけであり、犬が真に運転の仕方を学習したわけではないとヘーゼル氏は指摘。人間の言葉を理解することは犬にとってかなり複雑な認知タスクであり、トーキングボタンを使えるようになったからといって、犬が人間の言葉を理解して会話しているとは限らないとのこと。
Meet Porter. The World's First Driving Dog. - YouTube
SNSなどに投稿される動画の中には、犬がトーキングボタンを使いこなして人間と会話しているように見えるものもあります。これについてヘーゼル氏は、犬が人間のささいなボディランゲージや声のトーンなどから手がかりを拾っているため、実際よりも多くのことを理解しているように見える可能性があると指摘しています。
動物が人間のささいな動作から多くの情報を読み取る好例として挙げられるのが、1900年代初頭のドイツで「人間の言葉を理解して計算もできる馬」として人気を博した賢馬ハンスです。ハンスは飼い主が出す計算問題に対し、ひづめを鳴らす回数で答えるという芸で有名になり、飼い主自身もハンスが計算能力を持っていると信じ込んでいました。
ところが心理学者らの詳細な調査により、ハンスは飼い主や観客の微妙な体勢や表情の変化から正しい答えを察知しているだけで、計算問題を理解しているわけではないことが判明しました。実験では、問題の答えを知っている人がハンスの視界内にいない場合、正答率が大幅に落ちることが確認されたそうです。
ヘーゼル氏は、「犬はおそらく馬よりも私たちのボディランゲージによる合図を読み取るのが得意です。最初に家畜化された動物として、犬は数千年にわたり人間が次に何をするのかを考えてきました。あなたがリードを拾う前から、犬がドアに駆け寄ることを考えてみてください」と述べています。犬は、「『おやつ』のボタンを押せばおやつが出てくる」程度のことであれば、オペラント条件付けで学習可能です。しかし、複数のボタンを組み合わせた文章や質問への回答などは、飼い主のボディランゲージや目線などに反応している可能性があるとのこと。
記事作成時点では、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームがトーキングボタンについての大規模な研究プロジェクトに取り組んでいますが、これまでのところ結果は発表されていません。そのため、トーキングボタンの効果については飼い主の経験談から知ることしかできませんが、多くの飼い主は「自分の犬は賢い」と思っているため、バイアスがかかっている可能性があります。
犬にトーキングボタンを与えることの害としては、「犬が何を考えているのか」を正確に知ることができると飼い主が思い込んでしまう点が挙げられます。たとえば、留守番中の犬が何かを壊してしまった場合、帰宅した飼い主に「ごめんなさい」のボタンを押してみせるかもしれません。しかし、これは帰宅した飼い主のボディランゲージや表情を読み取り、それに対して適切なボタンを押しただけであり、犬が本当に罪悪感を覚えているとは言い切れないとのこと。ヘーゼル氏によると、犬が罪悪感を覚えるかどうかの研究は数多く行われていますが、その結論は「犬が罪悪感を感じることはない」だそうです。
とはいえ、飼い主が潜在的なリスクを認識していれば、トーキングボタンを購入しても財布が軽くなる以外の害はありません。ヘーゼル氏は、「どのような方法であれ、ポジティブな強化トレーニングで愛犬と一緒に過ごすことは、あなたと犬の双方に利益をもたらします。犬は、私たちがあらゆる方法でコミュニケーションを取ることができるユニークな動物であり、そのために私たちの言葉を理解する必要はありません」と述べました。
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