取材

アニメ業界は本当にブラックなのか? 20年以上アニメ業界を走り続けるTRIGGER取締役・舛本和也さんがマチ★アソビ Vol.27でたっぷり語った「アニメ業界の今!」レポート


「アニメ業界は低賃金でブラックな業界だ」とよく語られがちですが、毎年膨大な数のアニメが作られており、サブスクリプションサービスによる動画配信もあって、ますますアニメ業界も盛り上がりを見せています。そんなアニメ業界の今について、「キルラキル」「グリッドマンユニバース」などの制作会社で知られるTRIGGERの取締役・舛本和也さんがマチ★アソビ Vol.27で語るイベント「アニメ業界の今!」が開催され、1時間以上にわたってたっぷりとアニメ業界のリアルな現状を語られました。

マチ★アソビ
https://www.machiasobi.com/


場所は新町橋東公園ステージからすぐ南にあるさくらまビル2Fの空き店舗。


会場では、TRIGGERが手がけた「リトルウィッチアカデミア」「キルラキル」「グリッドマンユニバース」の複製原画やカット袋が展示されていました。来場者は自由に手に取って見ることができます。


また、設定資料集や絵コンテ、手塗りのカラー原画の複製なども展示されていました。


今回登壇する舛本和也さんは2000年からアニメ業界に入り、制作進行やプロデューサーを経てTRIGGERの取締役を務め、作品の制作統括をはじめとするさまざまな仕事に携わっています。


◆アニメ業界は本当に斜陽なのか?
X(旧Twitter)でアニメ業界の話を聞くことがある人も多いはずですが、そういった話の多くが「アニメ業界はやばい」という話題です。しかし、舛本さんによると、ここ2~3年でアニメ業界はすごく変わってきているとのこと。TRIGGERでは人材の採用も積極的に取り組んでおり、専門学校などをいっぱい回り、200人から300人くらいを見てアドバイスをしているそうです。アニメ業界を志す学生はXを使って情報収集をしており、不安になりながらアニメ業界に入ってきているそうですが、「これはいかんでしょう」と舛本さん。Xでの情報というのはまるまるウソではなく、自由な発言の場だから止めようとは思わないものの、悪い情報ばかり発信していたら、アニメ業界の将来にいい影響を与えないんじゃないかと舛本さんは考えています。


10年前の話をすると、アニメ業界自体はめちゃくちゃブラックだったそうで、労働時間・賃金・人材雇用も含めてブラックな業界だったと、舛本さんは述懐。しかし、それがよくないというのはわかっていたものの、人を育てたり環境をよくしたりするにはお金が必要であり、とにかくお金がなかったためにどうしようもできなかったとのこと。

舛本さんによれば、10年前の時点で30分のアニメ1話を作る制作費はだいたい1500万円だったそうです。ただし、実際だとこれは全然足りていないそうで、アニメ業界が産業として1つのものを作るにはコストパフォーマンスが悪いことが表れているとのこと。アニメの制作会社は構造的に下請けの中小企業と同じで、クライアントから与えられたお金でやりくりするというのが50年くらい続いていました。つまり、アニメ業界の現場に落ちてくるお金が少なかったというわけです。


しかし、8年ほど前にNetflixが来て状況が大きく変わったそうで、「制作費をこれまでの2~3倍出すからアニメを作ってくれ」といわれるようになったそうです。その後、どんどん規模が拡大していき、制作費も増加。今では30分アニメ1話辺りの制作費は平均値が2500万~3000万円、有名なアニメを制作する大手のスタジオだと1話当たり5000~6000万円の制作費ということもあるとのこと。ただし、さまざまな理由があり、今だとこれでも足りないという状況だと、舛本さんは述べています。

エンターテイメント産業の中でアニメを考えた時、誰が出すお金を決めるのかというと、顧客の量です。10年前までは、アニメは日本だけで消費されていた文化でした。しかし、海外でアニメのファンが生まれたことで、アニメ作品の顧客は大きく増えたとのこと。


舛本さんによれば、1995年くらいからインターネットが普及した中で、世界中で違法アップロードという文化があったそうです。当時は法的に十分整備されていなかったために違法アップロードが広がったのは仕方がなかったことですが、違法アップロードをしていた人は「このアニメは面白いから一緒に見ようよ!」という気持ちで行っていた人が多かったとのこと。当然違法アップロードは法的に悪いことなのですが、結果だけを見ると「世界中にアニメのファンを作った」という功績もあるといえます。

海外にアニメファンが増えたことは、アニメがより大きなビジネスになるきっかけを作りました。世界中でもアニメを楽しむ文化ができたタイミングで、黒船のごとく日本にやってきたのがNetflixです。同時に、日本のクライアントもアニメ制作にお金を出すようになってきたそうです。そのため、今のアニメ業界には、過去と比べると比較的経済的余裕が生まれているといえます。

ここで舛本さんは、文化庁が発表している「令和6年度 概算要求の概要」の資料を表示しながら、業界全体の話に触れました。

文化庁 令和6年度 概算要求の概要
(PDFファイル)https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/yosan/pdf/93934601_01.pdf

上記資料の57ページに『メディア芸術の創造・発信プラン』というのがあります。この中に『アニメーション人材育成事業』という記述が設けられています。つまり、国全体でアニメーターおよびアニメ現場のスタッフを育成しようという動きが始まっています。特に産業と公官、そして学術機関で手を組んでやっていこうというプロジェクトがあり、舛本さんもアニメのためのプログラム選考委員会に入っているそうです。このプログラム選考とは例えば、教育プログラムに盛り込む教科書や課題を選出して専門学校に普及させようというもので、より具体的な人材育成の動きが本格的に始まっているとのこと。また、文化庁も専門家によるタスクフォースを組んでおり、アニメ業界をリサーチしようとしているそうです。


◆アニメ業界全体の動き
次に舛本さんは調査企業である帝国データバンクが公開している調査結果を提示しました。

特別企画:「アニメ制作市場」動向調査 2023 アニメ制作市場、3 年ぶりに回復 「動画配信」が追い風、版権収入がカギに
(PDFファイル)https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p230806.pdf

「アニメ制作市場、3年ぶりに回復」とある通り、新型コロナの影響もあってアニメ業界は依然として儲かってはいないものの、アニメ業界全体は上向きの傾向にあります。アニメ業界は決してブラックじゃないとはいえませんが、よくなっているということは伝えたい、と舛本さんはコメント。業界全体が回復する中で、大きな問題が新しく発生しているとのこと。それは制作現場の二極化、つまり儲かっている会社とそうじゃない会社の差が極端に開いているということ。儲かっているというのは、このアニメ業界で勝ち残っていくということができる会社といえます。舛本さんは就職希望の学生には「会社のことをよく調べてから、入る会社を選びなさい」とアドバイスしているそうです。

帝国データバンクの調査結果によると、2021年のテレビアニメは310本でした。ピークは2016年で361本でしたが、これはショートのアニメも多かったという部分もあります。また、去年から今年にかけては劇場アニメ作品も多かったという結果でした。

舛本さんによると、マンガや小説などの原作がたくさんあることで、アニメ業界は支えられているとのこと。潤沢であれば、テレビアニメ1話当たり5000万~6000万円というお金が出ますが、これは12話だったら7億2000万円もかかることになります。強いタイトルだと、それほどのお金が出ますが、逆に言うと、オリジナルのテレビアニメは冬の時代であるということにもなります。

一方で、劇場アニメの本数は増加傾向にあり、2021年9月~2022年8月だとおよそ70本。2023年になるとおそらくもっと増えていると舛本さんは見ています。その起因はやはり興行収入250億を超えた新海誠監督の「君の名は」で、劇場アニメが売れるということが示されたからだそう。TRIGGERが公開したオリジナル劇場アニメ『プロメア』も興行収益15億円を計上。このマチ★アソビを主催しているufotableの「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は興行収入400億円を突破しています。


ここで、増益赤字化の二極化が進む話に戻ります。アニメ関係の会社が316社ほどある中で、増益したという会社は50%くらい、つまり儲かっているわけですが、全体のおよそ3分の1は赤字経営になっているとのこと。舛本さんはこのことを問題視。自動車産業やIT産業など大きな業界でもある話ですが、アニメ業界でも統合や合併がこれから始まっていくのではないかと、舛本さんは分析しています。実際に出版社や放送局がアニメの制作スタジオを買収するという話が出始めており、2023年9月にはスタジオジブリが日本テレビの子会社となっています。

スタジオジブリが日本テレビの子会社になりアニメ制作とジブリ美術館・ジブリパーク運営に専念へ - GIGAZINE


◆アニメ業界に押し寄せる国際化の波
TRIGGERは、「サイバーパンク:エッジランナーズ」という作品をNetflixで2022年に公開しました。この「サイバーパンク:エッジランナーズ」は2017年にオファーを受けてから5年かけて制作した作品だそうです。この作品のオファーは、原作ゲーム「サイバーパンク2077」を開発したポーランドのゲーム会社・CD PROJEKT REDから直接オファーを受けたとのこと。また、配信プラットフォームとして、アメリカにあるNetflixの本社と取引きしたそうです。さらに、TRIGGERはPV制作も海外と取引きして請け負うことが増えたそうです。

しかし、舛本さんによると、海外との契約は日本国内よりも大変だとのこと。まず契約書が全て英語であり、日本の契約書と海外の契約書で内容が大きく異なります。英語での交渉や国際対応に慣れていかなければなりません。そういった国際化の波の中で、だいたいどこも5年先の作品の契約をしています。もちろんそういった作品は契約時点ではまだ発表されず、だいたい作品が公開される1年前に発表されるケースがほとんどだとのこと。


また、海外クライアントからのオファーでは、「早めに納品してください」という契約が交わされるということ。最もベターなのは、公開3カ月前に全話納品だそうです。3カ月も前に全話納品を求められるには2点の理由があります。1つは、例えばNetflixだと、ミスチェックやクオリティチェックが入ります。そして2つ目の理由がローカライズ、つまり翻訳対応です。全世界公開となると十何カ国の言語に翻訳する必要があるので、非常に時間がかかるわけです。

舛本さんによると、10年前だと納品が放送の1日前というケースもあったとのこと。例えば、2010年に公開された「パンティ&ストッキングwithガーターベルト』の場合、放送前日に新幹線で大阪まで行ったこともあったそうです。これはもちろん日本の契約的にもNGで、つまり契約違反をしていることになりますが、頭を下げるとなんとかなるとのこと。つまり、日本の商業文化的に許されていたといえます。逆にいうと日本だけの商文化であり、海外だと契約書が絶対になり、違約金が発生してしまいます。

また、海外向けはグッズ関係が弱く、海外での商品展開は非常に難しいそうです。コアな人は作品のフィギュアを買ってくれますが、これは芸術作品として買ってもらっている部分があるとのこと。

もちろん、アニメ業界にとって北米がもっとも大きい市場です。そして、売上の頭打ちはどこになるかというと、それは地球だといえます。アニメは人間が見るものなので、地球全体に広がったらビジネスは終わりを迎えます。アニメが全世界に配信されるという状態になってしまうと、あとは収束していくことになるだろうと舛本さんは予測しています。下手すると10年、長くて30年くらいしたらそういう事態が訪れる可能性はありますが、ここは後継の若い人たちにとっての課題だといえます。

◆アニメ制作の現場から見る業界の今
アニメ業界が成長することで、アニメーターの賃金もかつての2倍以上になったそうです。これはスタジオ目線でいうと、外注費が高くなったことを意味します。冒頭で「制作費が2500万~3000万円に上がっても足りていない」と舛本さんが言った理由がこれ。そして、今の課題は人材不足となっています。

年間300本以上もアニメが作られているので、人材不足は当然の帰結。人材不足というのは、昔は『うまくて描けるアニメーターが足りていない』という意味だったそうですが、アニメ業界の変革によってアニメーターの社員化が進み、フリーのアニメイターが減っているとのこと。つまり、アニメーター自体がまるっきり足りていないそうです。しかし、人材は必要に応じてすぐに増やすことはできません。


では新しい人手をどこに求めているのかというと、アマチュアや学生、海外頼りになっているのが現状だとのこと。アニメーターは1枚絵がうまいだけではなく、空間を描く技術が求められます。タイムシートの描き方や専門用語など、求められる知識も非常に重要です。アマチュアや学生を雇っても、いくら1枚絵がうまくてもそういった意味で使えないものが上がってきて、現場ではベテランがそれを全部修正しているとのこと。修正するのに時間や技術も使われ、結果スケジュールが圧迫されているそうです。

一方で、アニメーターを募集している196社を、雇用条件をリスト化して調査したところ、50社が社員化・固定給を提示していたと舛本さんは報告しています。舛本さんは、アニメ業界はブラックかどうかという問いかけに対しては、「今グラデーション化している」と答えているとのこと。これは「完全にブラックからは脱却したが、完全にホワイトにはなっていない」という意味。ホワイトな企業もあれば、そうではない企業もあります。そのため、学生には「会社をリサーチしてください」「直接メールをしてください」とアドバイスしているとのこと。

人材確保はアニメの制作会社にとっては死活問題。2024年に放映予定の「ダンジョン飯」を制作するにあたって、アニメーター30名ほどと契約したそうです。その上で言えるのは技術のあるアニメーターは高収入化していて、技術がないアニメーターの収入は変わっていないということ。舛本さんは、アニメ業界はやはり実力主義なのだと述べました。


また、舛本さんは労働時間の管理についても言及。アニメ業界には昼夜24時間の概念がなかったとのこと。舛本さんも制作進行を務めていた頃、6カ月休みなしで働いたことがあったそうです。会社によっては、そういう文化が今でもあるそうですが、アニメ業界をこの先生き残るには、今のスタッフ目線でアニメ会社を運営する必要があります。進化論を提唱したダーウィンは『強い生き物が生き残るのではなく、環境に適応した生き物が生き残る』という言葉を残していますが、会社も人間で構成されている生き物といえ、環境に適応する必要があると舛本さんは述べました。

また、アニメ制作はもはや作画を含めてデジタル化が進んでいます。これにはいい面もあるし悪い面もあります。AIの導入もこれから進み、職を失う人も出てくることが予想されますが、これはどの業界も抱えている問題の1つ。また、そういったデジタル化を導入するには大きな設備投資が必要で、お金が必要という別の課題があります。

舛本さんは人材採用については変わっていくとみており、新人の給料はよくなっていく傾向があると予想しています。また、アニメの制作会社は海外を含めた人材採用も見ていく必要も出てくるといえます。こうした現状で、TRIGGERを含めたアニメ制作会社の一部は数年前から人材育成に力を入れているとのこと。一部のスタジオでは自前で学校を構えて、そこから人材を採用するという戦略を取っているそうです。


◆質疑応答
ここからは講演を見ていた人からの質疑応答タイム。

Q:
かつて蔑まれていたオタクがここ数年で普通になってきて、社会的な地位が向上したように思います。アニメを作る側の社会的な地位の変化は肌感覚としてあるのでしょうか?

A:
めちゃくちゃあります。2000年以降もファンがアニメというものに対してアウトプットしてもらっていたのが花開いたというのは、本当にうれしいことだと思います。「アニメの仕事をやってるんです」と言うと「すごいですね」という言葉が返ってきます。「俺が生きてた世界と違う!」と思いましたね。宮崎勤事件から始まるオタク暗黒時代を生きた自分としては、感謝しかありません。


Q:
今オリジナルのアニメを作ると言ったときに「これはいける」「出資が出る」といった確証はどこで測っていくのでしょうか?

A:
これはもう賭け事と同じ。100%の勝ちを確信してベットするものは何もありません。ただし、60%くらいまでのいけるっていう感覚がもてるっていう作品だったら行くというのを決めています。そして、アニメのプロデューサーは60%になるまで努力します。オリジナル作品は難しいところもありますが、宣伝も含めてやることはやります。TRIGGERの場合はありがたいことに、過去の実績も看板になります。つまり、ファンの活動が支えになっていくわけです。作品の力だけではやっていません。僕たちがクライアントのためにやるべきことはたくさんあります。勝ち負けを決めるのは作品性だけじゃありません、ビジネスですから。

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in 取材,   アニメ, Posted by log1i_yk

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