インタビュー

「1作品完全燃焼」な暴れ馬スタッフたちの手綱を取るTRIGGERの大塚雅彦社長に「プロメア」制作の裏側や経営のことについてインタビュー


2019年5月24日(金)に封切りされて、完全オリジナル作品でありながらも興行収入12億円を突破してロングランヒット中のアニメ映画「プロメア」は、本日・2019年10月18日(金)から4D版の上映もスタートするなど、なおも勢いを見せています。制作を手がけた株式会社TRIGGER(トリガー)の大塚雅彦社長には作品制作の途中でインタビューを実施しましたが、今回、公開後にもインタビューの機会を得たので、改めて今だから語れる「プロメア」の制作秘話や、スタジオ経営者としての苦悩まで、とことん聞きまくってきました。

株式会社トリガー | ANIMATION STUDIO TRIGGER Inc.
http://www.st-trigger.co.jp/

映画『プロメア』公式サイト 5/24(金)全国ロードショー
https://promare-movie.com/


GIGAZINE(以下、G):
映画「プロメア」の公開前にインタビューを実施してから4カ月が経過する間に、「プロメア」は興行収入12億円を突破する大ヒットとなりました。この作品の盛り上がり方は、大塚さんが事前にイメージしていた予想と比べていかがですか。

大塚雅彦社長(以下、大塚):
想像を超えた感じです。もちろん、夢としては応援上映や、4D上映が決まったらいいねみたいなことはスタッフ同士で話してはいましたが、あくまでただの夢でした。その「なったらいいね」が実現してくるようになって、うれしい限りです。

「プロメア」は2019年6月20日に応"炎"上映が実施されたほか、2019年10月18日(金)から4D上映が開催されることが決定しました。


G:
「これぐらいまでは行って欲しい」という目標は超えましたか?

大塚:
「プロメア」を制作するにあたっては、ふたを開けてみないと分からないというところがありました。


G:
「出してみるまで分からないけどやってみよう!」という感じで進めてこられてたと。

大塚:
オリジナル作品で、知名度がある原作がついているというわけではないので、惨敗という可能性もあり得ました。もちろん、TRIGGERや今石監督作品を追いかけてくださっているファンの方もいるので、まったくのゼロだということはないとは思っていました。しかし、新しいものを作った時にどれだけ観ていただけるのかは本当に未知数です。特に、昨今は何がキッカケで作品が跳ねるか計算では測りきれない部分も多いですからね。

G:
経営者として最悪のケースも覚悟もしていた中で、一番良い方向に転がっていったということですか。

大塚:
そうですね。作品が完成して公開された後は我々がどう頑張ってもどうにかなるものではないので、封切りになったらこの作品を受け取るお客様達に託す、という考えでした。

G:
ちょうど時流に乗った作品のようにも思えますが、この後にさらに伸ばすというような構想があるというよりは、なんとかしのいだというような感覚ですか。

大塚:
勿論、伸ばせることろまでは全力で伸ばしていきたいという思いはあります。でも、自分の立場でいうのもなんですが、全然安定していないんですよ(笑)。うちは一度作品を作り始めたら止まらないんです。僕も毎回「もういい加減にしてよ」っていいながらスタッフに加わって作品作りに打ち込んでしまう。ヒットして嬉しいのは確かですが、多くをつぎ込んでもいるので、「当たらなかったら、終わり」というようなところもあります。ですので、「プロメア」の成功を受けて「もう一度賭けができる!」というような感触はあります。

G:
作品を出すごとに、先が見えない中で勝負していくというような感じですか。

大塚:
長い目で見ると、TRIGGERの設立当初に比べればゆっくりですが着実にスタッフも成長していますが、成長の過程に見合わないチャレンジをしているところがあります。安心して現場を任せられるのは雨宮哲監督が携わっている作品ぐらいです(笑)。彼は堅実に作品を作ってくれるので。彼のような監督が多ければ僕はだいぶ楽になるんだけどな。

G:
当初は、作品作りはスタッフに任せて、自分は経営に専念しようという思いがあったと。

大塚:
そうですね。会社を立ち上げたときは、いずれは自分が現場にいなくてもやれるようにしたいと思っていたのですが、結局現場に戻ってしまっている有様ですので、最初の目標は達成できていないところがあります。


もし自分がやらなければならないような時は、本当に会社の緊急事態だと思っていましたが、結局出ずっぱりなので「ずっと緊急事態じゃん!」と(一同笑)。シャレにならないですよ。笑っていますけど(その場にいたスタッフに目を向けながら)

G:
どうしても現場スタッフの方から声がかかってしまうということですか。

大塚:
現場を制御する立場である制作の人間が、会社を設立した後にアニメ業界に入ってきた人たちばかりなので、絶対的な経験が少ないのと、現場での経験が多い人に対しては後輩という立場になってしまうので、先輩達に対して言いにくいようですね。それを言えるのはどうしても古参スタッフや自分ぐらいになってしまう。

G:
手綱を握れる人材はそう簡単には育たないとうことですね。

大塚:
やっぱり、みんなうちの監督だったり、所属アニメーターだったりをリスペクトしてTRIGGERに入ってきているので、そういう人にやりたいと言われると「やらせたい」という思いが勝ってしまうようです。「ダメですよ」とはなかなか言えないのも分かります。言わなくて済むなら言いたくないことですから。それでも、心を鬼にして「ダメなものはダメだ」と言える人がなかなかいないということですね。

G:
アニメーターは一朝一夕には育たないということは想像できますが、制作に携わる人の育成も難しいと。

大塚:
そうですね。うちは制作主導のアニメ作りをしていないというのと、現場を分かっていないと力を入れるべき場所とそうでない場所の見極めができず、説得力のあることが言えないというのが背景にあります。経験値の高い制作であればそれが可能なんですが、そこが制作という仕事の難しいところかなと。


そこで、僕も制作を一緒にやって「こういう風にやっていけばいいのか」というのを学んでもらわなくてはならないので、結局自分もアニメ作りをやることになってしまう。ただ機械的にスケジュールを守らせるだけなら、簡単とはいわないまでも、できないことではありません。ですが、みんなが作りたいものを作った上でスケジュールも守るというのは非常に難しいことです。それを、現場より経験の少ない人だけで実現していくのは、なおさら難しいものがあるというのが現実です。

G:
「プロメア」を経て、制作の方たちも成長しましたか?

大塚:
1つ作品を作るごとにその分経験を積むことができるので、育っていると感じます。一方で、ここまで育てばよいというゴールはないし、現場も現場でやりたいことは永遠に増え続けていくので、それにどう対処していくかという課題は常に出てきます。ですから、現場と制作とが一緒に成長し続けていくということになります。「止まったら死ぬ」みたいなことがあるんですよ。それが面白いところでもありますが、同時にどこまでやればいいんだと自分でも思ってしまうことはあります。ルーチンワークに落とし込めば効率は上がるんでしょうけれど、そうすると今度は新しいチャレンジもなくなってしまいます。そういう意味でも正解はないと感じますね。

G:
経営者でもある大塚さんにお話をうかがえるということなので、ちょっとお金のこともお尋ねしたいと思います。他社ですが、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズを手がけているカラーは、「エヴァ」というタイトルがあったことで、最低のリクープ(採算)ラインで作品を作り、興行収入が入ったら次作の制作費を少し潤沢にするという形で無借金経営をされておられると庵野秀明監督がダイヤモンド・オンラインのインタビューで語っていました。

一方で、会社によっては「この監督で当てる!」と大量に資金を集めて制作費に回す、というやり方のところもあると聞きます。TRIGGERでは、どのようにこのサイクルを回しているのですか?

大塚:
基本的にあらかじめ制作費をいただいています。例えば製造業だと、借入金で部品を購入して作ったものを納品してお金を返すというのが一般的ですが、アニメ業界の場合は発注者に前払いしてもらってから、作品を納品するという形が一般的です。銀行にお金を借りるということもありはしますが、うちは前もって制作費をいただいていくやり方ですね。

よくアニメを作っているスタジオが大きな決定権を持っているように思われがちですが、発注を受けて制作費をいただいているという意味では、うちもあくまで下請けなんですよね。確かに、オリジナル作品の場合は原作者としての権利は持っていますが、アニメを作る下請けだという点では同じです。「こういう作品を作ってください」という発注を受けてアニメを作ることもあるので、作品としてのアニメは我々だけのものではなく、製作委員会などの出資者のものでもあるというわけです。


そこが意外と知られていないので、なにかあるとスタジオが矢面に立って叩かれてしまう(笑)。「いやいや、うちが決めたんじゃないんですよ」と思う時もありますが、なかなか理解してもらえないですね。

G:
TRIGGERの場合、少なくともアニメファンの間では認知されている名前なので、それゆえにぱっと名前が上がりやすいというのもあるかもしれませんね。

大塚:
もちろん、スタジオをブランド化したいという考えはありますので、名前を前面に出したいところもあります。その一方で、自分たちで制作費を出しているわけではないので、「自分たちで作った作品なのに自分たちだけのものではない」という少し不思議な状況にもなってしまいます。

G:
自社で制作費を工面するのはよほど大きな会社でなければ難しいということでしょうか?

大塚:
はい。規模からすれば決して大きいとはいえない会社が何億円というお金を集めなければならないので、自社だけでやるのは基本的には困難です。

G:
続いても、制作費についての質問です。例えば庵野秀明監督は、「『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の成功を受けて、続く『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の制作費を潤沢にしたり、スタッフの報酬を増やしたりすることができた」と発言されたことがありますが、TRIGGERでは「プロメア」のヒットは、そういったお金の面でも大きな影響を与えるものでしたか?

大塚:
「プロメア」は、TRIGGERが設立されてからの年数や、実績などから考えて、相当な好待遇をいただいたものだと自負していて、おかげで「現場にお金が回っていない」ということはありません。

ただ、経営者からすると頭の痛いことですが使いきってしまう、やり尽くしてしまうんです。苦労して作ったのだから、続編であったり、設定を受け継いだ作品なりを作れれば楽なはずなんですが、うちのスタッフは「悔いは残さない!1作品完全燃焼だ!!」(笑) それで、終わったら「やりきった……。よし、次は別のことを始めよう」と、クリエイターとしては本望なんですけれどね(笑)


大塚:
会社は存続させていかなければならないので、つぶれるわけにはいきません。しかし、僕はお金もうけがしたくて会社を作ったわけではなく、やりたいことをやるためにスタジオを立ち上げたので、「コストをもうちょっと抑えようよ」と言いつつ、結局は「うん、しょうがない……。つぶれない程度にね」となってしまう(笑)

G:
そういう意味では、「プロメア」は大塚さんが苦しんだ分の甲斐があった最高の結果を得られたということになりますか。

大塚:
そうです。もちろん、売れないよりは売れた方が制作費を出してくれた側にも申し訳が立ちますし、結果を出せれば次の作品づくりにつながっていきますので、「プロメア」のヒットはビジネス的にもうれしいところです。

G:
先ほど、「商売がしたくて会社を立ち上げたのではない」とおっしゃいましたが、TRIGGERの方針は「存続しつつ面白い作品を生み出すのが第一」だということでしょうか。

大塚:
自分たちの世代が特にそういう考えでやってきたので、その点は外せないところです。一方、会社という組織ではありますし、アニメだけのために仕事をしている人ばかりではなく、いろいろな価値観のスタッフがいますので、「ビジネスとして成立させつつ、やりたい人はとことんまでやれるようにする」という線引きは必要だと感じています。

ですので、どういった資金の配分が妥当なのかというのは無視できません。アニメ業界自体が潤っているとはいえない状況ですので、金銭的に苦しいという部分はあります。その上でさらに、スタッフに無理をしろとはなかなかいえませんよね。特に、僕のような立場がアニメ作りにのめり込む姿勢を容認すると、「やりがい搾取」につながりかねません。「やりがい」を重視する人ももちろんいますが、いろいろな考えの人がいるのだということは常に念頭に置いています。

いろいろな考えというと、TRIGGER自体現場寄りではあるものの、経営側と現場側では180度考え方が違うことすらありますので、自分の中でも2つの思考を両立させないといけません。自分が分裂してしまうような感覚になってしまうこともあって、どちらかに専念できれば楽だと思うんですが、それが許されないのが今の立場のつらいところですね。


大塚:
時と場合とで全く逆のことをいわなければならないときもあるので、「あんなこと言ったけど、それって本心なの?」と後になって自分で考えてしまったり、「こいつ、どの口でそれを言ってるんだよ」と自分が滑稽に思えてしまうこともあります。

G:
スタッフの方も、「現場と経営の両方をやっているからこその意見だな」と分かっているのでは?

大塚:
それはあると思います。だからこそ、少しひきょうでもありますよね。どちらか一方の立場から言われたなら反発もできますが、どちらも分かっている立場が言っているとなると、何も言えませんから。みんな、渋々といった表情をしつつも、受け入れてくれています。

G:
大塚さんとしては、ゆくゆくは経営に専念するというのが目標ですか?

大塚:
経営が得意というわけではありませんが、実務を誰かに任せたとしても、どういう方針で進めていくかは人に委ねるわけにはいかないので、自分が経営と現場のバランスを取っていかなければならないと考えています。

G:
「プロメア」のクリエイターたちによるメモリアルブック「紙、同然。」などを扱うオンラインショップを展開されていますが、アニメ制作だけではなく、自社グッズ制作も会社としての収益の柱になるようにと進めておられるのですか?


大塚:
アニメ作品だけで利益を出すのはとても難しいことなので、グッズ制作も収益の1つです。もちろん、予算の中でアニメを作ればアニメ制作だけでやっていけますが、作品の売上だけでアニメを作ろうと思うと、制作費を相当安く抑えなければならなくなってしまいます。ですので、メディアミックスしたり、グッズを販売したりして得た利益を充てて制作費をまかなっているという形になります。

制作費だけをあてにすることはできないので、製作委員会の関係各社が出さないようなグッズや通販の商品、イベントなど、いわばアニメを広告塔として活用して積極的に利益を出すことで、スタッフに出す報酬を確保していくようにしています。スタジオに許されている範囲で、どんどんアニメ作品を使って利益を出したり、他社ができないようなことを見つけていったりしないと、今のアニメ業界は厳しいのではないでしょうか。

G:
社内のクリエイターのコメントなどが盛り込まれたメモリアルブックも、それにあたると。

大塚:
メモリアルブックは制作現場だからこそ作れる作品ではあるとは思っています。ただ、メモリアルブックが好評を博したからといって、その利益だけでアニメが作れるかというとそうでもないので、収益の方策は常に模索しています。

G:
そういえば、TRIGGERさんはアニメ業界全体から見ると、規模としてはどのあたりに位置するんですか?

大塚:
普通ぐらいでしょうか。それほど大きいわけではありませんが、うちよりも小規模なところもあります。例えば、今は1クールのアニメを作ろうとしても、TRIGGERだけでは作画を全部こなすことはできません。ですので、せめて作画は社内でやれるようになりたいと思っています。いまは1つの制作ラインしかなく、発注をお断りすることも多いので、もっとスタッフを増やしたいですね。とはいえ、一度に大量に増員することもできませんし、辞めていかれる方もいますので、微増を繰り返しながら少しずつ規模を大きくしていくことになります。

G:
社内で作画を完結させるのが1つの目標でしょうか。

大塚:
そうですね。もっというと、撮影などができる部署が社内にいてくれたほうが意思疎通も早くできますし、土壇場で無理が利くこともあります。ただし、作画の規模を考えると常に仕事を供給できるほどのキャパではまだなく、現時点ではそこまで手を広げるのは難しいですね。

微増を繰り返しても10年、20年先の規模はたかが知れていて、ラインをいくつも動かしているような会社になるのは難しいと思いますが、「10年先はこのぐらいの規模かな」というところは考えながら経営をしています。

G:
一度に10人や20人を増やすことはできないということですね。

大塚:
もし増やすとしたら、アニメの作り方を根本から見直す必要がありますね。経営の観点から見ると、アニメの販路がDVDやBlu-rayなどといったソフトの販売から、配信に移行しつつあるという変化が大きいと感じます。一方、アニメ作りの現場では作画がアナログからデジタルに移行しつつあるのが最も大きな変化です。当然、アナログでの作画の方が自由にできることもあれば、デジタルの方が有利なこともあります。

そうした違いを踏まえると、アナログのワークフローをデジタルにそのまま移すのではなく、デジタルに合わせたワークフローの改革が必要になってきます。そのタイミングで、人材の生かし方も変えて、これからのアニメの作り方を見つけていきたいところです。

G:
「プロメア」のラッシュチェックを見たときに、今石監督がペンでささっと修正を入れられていて、デジタルでもこれほど早いんだと驚きました。


大塚:
まさに試行錯誤している真っ最中ですね。10年以上アナログでやってきた人からすれば、まだアナログのほうがやりやすいと思います。これから入ってくる人にはデジタルの技術を身に付けてもらうつもりですが、これまでアナログで経験を積んできた人にデジタルになじんでもらうにはまだ時間が必要です。これはおそらく、どこのスタジオも同じ認識ではないでしょうか。

G:
まさに、業界全体が試行錯誤の中にありますよね。

大塚:
まだ正解を見つけている制作会社はないと思います。なにをもって正解とするかにもよりますけど、少なくともデジタルに最適化されているところはまだないでしょう。もし正解を見つけたスタジオが出てきたとしても、業界が「右へ倣え」で同じことをやるのか、または従来のやり方を続けて行くのかはまだ分かりません。

当然、人事的な交流もありますので、大まかな共通のスタイルというのはありますが、そういったやり方のままではデジタルのメリットを100%生かすことはできません。ですので、デジタルへの移行が進んでいけば、おのずと各スタジオの独自性が顕著になっていくと思います。


G:
「プロメア」にはデジタル技術もふんだんに活用されていますが、そう見えても「実は結構アナログだよ」というような部分はありますか。

大塚:
結果的に見ると、アナログとデジタルの割合は半々ぐらいです。作画もアナログでやったところとデジタルでやったところもあります。ただ、今はまだアナログ的な手法でやることの方が多く、デジタルならではの部分はほんの少しです。本来、アナログとデジタルが混在するようなカットは最初からデジタルでやったほうが効率的なはずですが、そうはなっていません。今はまだ、アニメーターの個々人がアナログでやるかデジタルでやるかという違いでしかありませんが、少しずつ作業の内容でアナログとデジタルを使い分ける方向に進みつつあります。

G:
手描きの技術がそのままデジタルに置き換えられるわけではないと。

大塚:
それもありますし、経験が逆に邪魔になることさえあります。そういう意味では、新しい人たちには期待しています。発明と呼べるような手法の転換は新しい人たちの中から生まれてくることでしょう。

G:
先ほども触れたダイヤモンドオンラインでの庵野秀明監督のインタビューで、庵野監督は経営で重視している点を「『なるべくもうかる商売をする』ということを意識しています。リクープラインを押さえた商売をする、つまり赤字にしないということ」と語っておられます。大塚さんとしては、どういった意識をしておられますか?

大塚:
僕は会社を潰さないことを1つの目標としています。ただ、これは現状維持という意味ではありません。現状を維持するだけではどんどん尻すぼみになっていくので、会社を維持するには成長や変化を続けて行く必要があります。

そもそも、アニメはお金もうけには全く向いていないんですよ。率直にいって、お金もうけがしたければアニメをやるべきではありません。それでも僕がアニメ作りを選んだのは、作りたい物を作るためです。一方、会社である以上そうもいってはいられないので、時間をかけて会社を成長させていかなくてはなりません。そうなると、やはり会社を存続させていくことが前提となります。

例えば、ある作品が大ヒットしたからといって、その次の日には会社が生まれ変わったかのような成長を遂げるかといえば、そうでもありません。作品がヒットするかどうかは、いわば賭けのようなものなので、ヒットばかりをあてにすることはできないわけです。ですので、10年先を見据えつつ会社やアニメ作りを少しずつ成長させて、次の人にバトンタッチするまで会社を存続させるのが、僕の仕事です。

G:
仮に大塚さんが社長を退かれるとしても、会社がなくなるのとはイコールではないですもんね。

大塚:
現場の人間なら、この人と一緒に作品を作りたいと思う人が作品を作らなくなったら、「ここまでやったからもういいよね」ときれいに引退して、それで終わりでいいと思います。ですが、会社の経営者はそうはいきません。会社を任せられる次の人材に引き継ぐ責任があります。これが、僕がいう「会社を存続させる」ということです。

G:
具体的に、会社を存続させていくにはどうすればいいと思われますか?

大塚:
一番確実なのは、制作費の中でアニメを作ってしまうことです。確保できているお金の中でやりくりしていけば確実に会社はつぶれませんから。そして、これはほぼ「スケジュールを守ること」と同義です。というのも、コストの内訳はほとんど人件費なので、スケジュールが延びて、スタッフを拘束する期間が延びれば、その分費用もかさむことになってしまうわけです。カット数などの要素もコストに影響しますが、カット数もスケジュールと同様最初から決めていることですから、コストがオーバーする原因はやはりスケジュールの超過にしぼられます。

G:
適切なスケジュール管理が行えれば、自然と適切な収支に収まるというイメージでしょうか。

大塚:
そうです。先にしっかりと予定を立てて予算配分を完璧にしておけば、あとはそれを守りさえすればいいので。ただ……

G:
スケジュールどおりに進むとは限らない、と。

(一同笑)

大塚:
オリジナル作品を作ると、後でロイヤリティが入ってくることがあるので、ある程度の予算オーバーは自分たちでカバーできるというメリットがあります。本当は、後から入って来たロイヤリティは純粋な利益として、設備投資やスタッフの給料に充てたいところなんですが、毎回みんな「えいやっ」と予算を使ってしまうんです。

それが制作費の中に収まりきればいいのですが、だいたい後になって「これじゃ、みんなのギャラを上げたくても上げられないよ」「それよりも、俺たちは自分たちの作りたい物を作るんだ」となってしまう。それでいいという人ばかりならそれでも構いませんが、先ほどもいったように、そういう人ばかりではありませんからね。


G:
「プロメア」では最終的に、大塚さんが副監督をはじめ4つぐらい役職を担当して作品を支えた形となりました。

大塚:
「現場に入ってなかったらどうなってたんだろう」と思います。

(一同笑)

公開にはこぎつけたと思いますが、今以上にやり切れなかった部分は増えたと思います。ただ、「じゃあ自分が入ったことで、どのくらい救われたのか」というと、分かりません。それでも、作品のポテンシャルや、今石監督がやりたいことはまだまだあったと感じています。ですから、今石監督としてはやり切ったとは思っていないでしょうね。ただ、今石監督がやりたいことをやり切れるだけの人手はありませんでした。人手にしろお金にしろ、もっとあればもっとやれていたとは思います。

一方でそれは、明らかに過剰でもあります。今の形でも既に、当初の予定からするとやり過ぎなくらいなんですよ。ですので、やり残しはありますが、だからといって顧客に対して失礼な出来になったとは思っていません。

G:
ファンとしては十二分に楽しませてもらって、これほどの作品を見せてもらったのだから何か返したい、あるいは何か助けになることがあるなら支援したいとも思うところです。ファンがTRIGGERを応援するなら、どういう形がベストなのでしょうか?

大塚:
今でも十分な応援を頂いているとは思います。「10回観ました!」なんて普通の映画ではまずないですからね。観客のみなさんの応援としては最高の形です。あとは、これがどのくらい横の広がりを見せてくれるかです。とても万人向けとは思えない作品ですから(笑)。でも、ファンの皆さんは日本だけでなく世界中にいます。アニメを見る層と言うのはどの国でも一部の人かもしれませんが、日本よりは世界の方が分母が多いわけですので、世界中の方に観ていただけるというのは、総数では膨らみます。我々のようにニッチな作品を作る立場からしたら心強いですね。

「プロメア」で演出を務めた金子祥之氏のもとには、フランス語で「劇場で9回観ました」との声が寄せられています。


大塚:
欲をいえば、スタッフ不足でしょうか。アニメ業界全体としても人手不足だという現状があります。どれだけご支援をいただいても、スタッフがいなければなんともなりません。

G:
ということは、「じゃあ私がTRIGGERでアニメを描きます」といってもらえるのが最高ということでしょうか。

大塚:
はい。そういう人がどんどん入って来てくれたら、人手不足によるスケジュール超過もなくなりますから、結果的にコストも抑えられます。今は作画ができる人ほど負担が重くなってしまっているところがあります。僕はもともと実写で経験を積んでからアニメ業界に入りましたが、最初に感じたのは「上に行くほど大変になっていくな」ということです。実写の業界では権限のある人はそんなに動く必要がないのですが、アニメ業界ではスキルがある人ほど上の役職に就いているので、上の人ほど働くところがあります。偉くなったら楽になるなんてことが一切ないんです。そのせいで、腕が立てば立つほど仕事が増えるという、ある種の地獄のような構図が生まれてしまう。

G:
そこが他の仕事とは違う部分ですね。

大塚:
しかも、1つ1つの作業は個人のスキルに依存する仕事なのにもかかわらず、多くの人と協力しないと作れない。アニメ作りは「究極の個人作業であり究極の集団作業」なんです。本当にすごい文化ですよね。だからこそアニメ作りは面白いとも思います。同じものは二度と作れないし、作品の作り方もどんどん変化していくので飽きることがありません。そして、ゴールもないので、走り続けるしかない。そこがつらさであるのと同時に、アニメ作りの面白いところでもあります。

G:
TRIGGERで活躍するために、身に付けておくといい技能や、やっておいたほうがいいことはありますか。

大塚:
なにをやってもOKです。そこがデジタルの良さです。例えば、実写を元にアニメを作成するロトスコープといった手法も、アナログの時代に比べれば格段に取り入れやすくなっています。

事実、岩井俊二監督が2015年に作られた「花とアリス殺人事件」は、普通の作画が好きな人に好まれるかどうかはともかく、映画としてはとても面白かった。岩井監督はアニメ畑の人ではありませんが、それ故にできた作品でもあると思います。アニメの絵やCG、ロトスコープなどが混在しても、それぞれの表現で描かれたキャラクターが同一のキャラクターに見えるのは、演出がしっかりしているからです。

逆にいえば、一貫した表現が可能ならいろいろなツールが使えるということですので、今はアニメを作るにもいろいろな選択肢がとれます。ですから、たとえ絵が描けないからといってアニメ作りを諦める必要はないわけです。いろいろな方法で作品作りに参加できるようになっているし、そういうポテンシャルはこれからもどんどん増えていくと思います。僕自身、絵が描けないのにアニメーション業界でやってきているわけなので、アニメ作りに参加する方法は必ずあるはずなんですよ。


大塚:
例えば、音楽の付け方がうまい、編集がうまい、絵コンテがうまい、などいろいろな貢献の仕方があります。選択肢は増えているので、「自分には何ができるだろう。自分の武器ってなんだろう」ということを積極的に考えていくといいと思います。

とりわけ、うちは部署ごとの仕切りはなく「できるならやれ」というスタンスです。「こういうのをやらせてください」というのがあって、そこに勝算があるのであれば十分やっていけると思います。何かができればいいんです。

ただ、お金をもうけたいならやめておいた方がいいですけどね。

(一同笑)

G:
そこは前提として知っておいてほしいと。

大塚:
はい。

G:
ファンからすると、絵が描けなくても大丈夫だというのは救われると思います。それでは最後に、TRIGGERの社長として、今後「株式会社TRIGGER」をどんな会社にしていきたいかお聞かせください。

大塚:
これまでと変わらないと思います。少しずつ輪を大きく広げていきながら、会社を続けていきたいという一念なので、夢はあっても具体的な目標はありません。ただ、「死ぬほど頑張らなくても作品が作れるくらいの余裕があればいいな~」とは思いますね。

G:
夢というほどぼんやりしたものではないので、目標と呼んでいいのでは……。

大塚:
夢みたいなものです(笑)

G:
なるほど(笑)。本日はどうもありがとうございました。


興行収入12億円を突破したロングランヒット中のオリジナルアニメ「プロメア」は、本日・2019年10月18日(金)から全国76館で4D上映が行われることが決定しています。

4D上映についての詳細は公式サイトでチェック可能です。4D上映に駆けつけた人には、今石監督描き下ろしデザインのビジュアルカードがプレゼントされるとのことなので、既に劇場で「プロメア」を観たという人も、そうでない人もぜひ4D上映に足を運んで、「プロメア」の熱い世界を五感で体感してみてください。

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in インタビュー, Posted by log1l_ks

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