Threads・Mastodon・Misskeyなど分散型SNS激動の時代にインスタントメッセンジャーの歴史から学べることとは?
Twitterはイーロン・マスク氏によって買収されてから大規模な人員削減や改修が行われています。しかし、無料APIの提供終了や1日のAPIレート制限をきっかけに、Twitterを見限ってThreadsやBluesky、Mastodon、Misskeyなど、他のマイクロブログ系ソーシャルメディアに移行するユーザーも増えています。自分の言葉をインターネットに投稿するソーシャルメディアプラットフォームに激動の時代が訪れているなかで、IT系ニュースサイトのTediumがかつて世界中で使われていたインスタントメッセンジャーから学ぶものがあると述べ、その歴史を語っています。
Instant Messenger History: Lessons for the Threads Era of Social Media
https://tedium.co/2023/07/12/instant-messenger-competition-history/
Windowsで使えるインスタントメッセンジャークライアントの草分け的存在が、1996年にイスラエルの企業・Mirabilisがリリースした「ICQ」です。そして、インターネットサービスプロバイダーのAmerica Online(AOL)が1997年に、ICQの競合ツールとなる「AOLインスタントメッセンジャー(AIM)」をリリースしました。
もともとAIMはAOL製クライアントでのみ動作する独自ツールでしたが、インスタントメッセンジャーの機能だけはAOLのユーザーじゃなくても使用することが可能でした。これがAIMのユーザーを大きく増やすきっかけとなり、AIMはインスタントメッセンジャーの中でも最大勢力の1つとなりました。なお、1998年にAOLはICQを開発したMirabilisを買収しています。
また、AIMのプロトコルであるOSCAR(Open System for CommunicAtion in Realtime)は当初非公開でしたが、一部ユーザーのリバースエンジニアリングによって解析され、サードパーティー製のメッセンジャークライアントが多数登場したことも、AIMの普及につながりました。1999年にMicrosoftがリリースしたMSNメッセンジャーもAOLのユーザーにもメッセージを送信できるように設計されましたが、OSCARプロトコルを非公開にしていたAOLはこれに激怒し、MSNメッセンジャークライアントからの通信をブロックしました。
by Mike Macadaan
Microsoftの元開発者であるデビット・オイアーバッハ氏は自身のブログの中で、AIMとMSNメッセンジャーの互換性をリバースエンジニアリングした時のことを以下のように語っています。
「Microsoftは、すでに多くの人が他のインスタントメッセンジャーを使っている中で、新規ユーザーをMSNメッセンジャーに参加させることが課題になると予見していました。AIMのユーザーはYahoo!メッセンジャーのユーザーと会話ができず、Yahoo!メッセンジャーのユーザーはICQのユーザーと会話ができず、もちろんそのどれもがMSNメッセンジャーのユーザーと会話をしません。当時、AIMが最大のユーザーシェアを占めていたので、私たちはMicrosoftとAOLの2つのサーバーに同時にログインできるようにMSNメッセンジャーを改修する可能性について議論しました。私たちはこれを『インターロップ』と呼んでいました」
「インターロップはあまりエレガントなやり方ではありませんが、それほど複雑でもありませんでした。(中略) 私はAIMのOSCARプロトコルを解読する『鍵』を持っていませんでした。しかし、私の上司と私ができたことは、AIMのアカウントを登録して、ネットワークモニターを使ってAIMクライアントとサーバー間の通信を監視することでした。そうすればAIMが使っているプロトコルをチェックすることができたのです」
by fcastellanos
インスタントメッセンジャーの業界ではトップクラスのユーザーシェアを占めていたAIMですが、2000年にタイム・ワーナーと合併したことで大きく風向きが変わりました。この合併条件の中の1つとして、「AOLがAIMのOSCARプロトコルをオープンにする」というものが含まれていたためです。アメリカ連邦通信委員会(FCC)の記録によると、AOLは標準規格化で努力をしたものの、数年で断念してしまったとのこと。ただし、この時にAOLは、当時Appleが開発していたインスタントメッセンジャー「iChat」にOSCARプロトコルの使用を認めています。このiChatはiMessageの前身であり、2017年12月にAIMがサービスを終了した後はAIMの事実上の代替品になったとTediumは主張しています。
しかし、AOLが開発に失敗したオープンソースのインスタントメッセンジャープロトコルは、Jabberというプロトコルをベースにした「XMPP」という形で誕生します。XMLをベースにJabberの開発をけん引したジェリミー・ミラー氏は2001年のインタビューで以下のように語っています。
「1995年か1996年にICQが世に出てから数カ月は使っていましたが、知っている人が誰もいなかったので使うのをやめてしまいました。そこから1年後に私の知り合いがICQを使い始めたので、再びICQを使うようになりました。そこで再び火がついて、友人や同僚も使い始め、自宅でも職場でもICQを利用していました。しばらくして、友人の1人がAIMのユーザーとなった時、AIMがICQとは完全に別のネットワークを使っていることに気付きました。私はいつもAOLがユーザーをバカにしていると思っていたので、AIMは好きではありませんでした。AIMのインターフェースはひどく、AOLが提供するもの以外にアクセスすることができません。これは悪いことのように思えます。ユーザーはシンプルなインターフェースにお金を払っているのに、その先がどこにもないのです」
by Brendan Dolan-Gavitt
ミラー氏がそういった思いで開発を始めたJabberはその後XMPPとなりました。このXMPPの開発に参入した企業の1つが、Googleです。GoogleはXMPPの開発に参加しながら、自社のインスタントメッセンジャーであるGoogleトークにXMPPを採用しました。
しかし、GoogleはオープンソースのXMPP標準の開発に協力していたにもかかわらず、誰もレビューできないクローズドな形でXMPPの実装を行いました。GoogleトークではXMPPプロトコルの機能が大きく制限されていたため、XMPPを採用する他クライアントはGoogleトークと互換性がなかったとのこと。また、Googleのサーバーと他のXMPPクライアントサーバーで通信エラーが頻発したため、XMPP開発者コミュニティはGoogleのサーバーの監視やデバッグをせざるを得ず、開発のスピードが急速に落ちたとのこと。
GoogleトークはGoogleアカウントを所有していれば簡単に使えるので、XMPPクライアントユーザーのほとんどはGoogleトークのユーザーでした。しかし、Googleは自身が開発を主導していないXMPPを尊重しておらず、結果として独自開発したプロトコルをベースにしたGoogleハングアウトに切り替えると発表し、Googleトークは2013年5月にサービス終了しました。当然、このタイミングでXMPPコミュニティからほとんどのユーザーが姿を消してしまいました。
by Gregor Smith
Tediumは、GoogleがXMPPをつぶしたのは採用・拡張・消滅という3段階で構成される戦略の究極の例だと述べており、こうした戦略はGoogleに限らず多くの企業が行っていると指摘しています。オープンソースの暗号化メッセンジャーであるSignalを開発したモクシー・マーリンスパイク氏は「異なるアプリケーション間で相互運用できるフェデレーションプロトコルを中央集権的なサービスにカニバリゼーションさせることが、コンシューマー向け製品を成功させるためのほぼ確実なやり方です。SlackがIRCに対して行ったことも、Facebookが電子メールに対して行ったことも、WhatsAppがXMPPで行ったことも同じです。フェデレーションサービスは時代から取り残され、中央集権化されたサービスは現代、そして未来へと反復していくのです」とコメントしています。
Tediumは「XMPPのエピソードは、Mastodonなどのオープンソースのソーシャルネットワークに関する議論で、主に教訓として頻繁に取り上げられます」と述べています。MastodonやMisskeyは「ActivityPub」というオープンソースプロトコルを使ったオープンソースの分散型SNSで、Instagramが発表したThreadsもActivityPubへの対応を予定しています。しかし、Tediumは「インターネットの長い歴史を見れば、XMPPのような問題が繰り返されることは明らかです」と述べ、警鐘を鳴らしています。
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