アート

画家は無意識のうちに自分自身を作品に描き込むものなのか?


「アーティストは作品に自分自身を反映する」という考えは、「模倣」を意味する「ミメーシス」という言葉から「オートミメーシス」と呼ばれます。オートミメーシスが盛んだったルネサンス芸術の具体例と合わせてオートミメーシスが現れる理由や考え方について、カリフォルニア大学サンタクルーズ校で歴史学の准教授を務めるベンジャミン・ブリーン氏が解説しています。

Do painters subconsciously paint themselves into their work?
https://resobscura.substack.com/p/do-painters-subconsciously-paint


ブリーン氏によると、オートミメーシスについて記述された最も古い文献は、14世紀フィレンツェの銀行家であり芸術の後援者でもあったコジモ・デ・メディチによる記述とのこと。その後、「Ogni dipintore dipinge sé Ogni dipintore dipinge sé(すべての画家は自分自身を描く)」というフレーズは、ことわざのような表現としてルネサンス期のイタリア周辺で広まっていったそうです。

また、レオナルド・ダ・ヴィンチは著作「絵画論」の中で、オートミメーシスについて論じています。ダ・ヴィンチの論では、画家が自分の芸術に自分自身を反映させる傾向は、画家が「どう見えたか」だけではなく「どのように考えたか」も作品に表れると考えているから、と示唆されていました。


ブリーン氏はオートミメーシスの分かりやすい例として、以下の画像を挙げています。画像の上段真ん中にある男性はルネサンス期イタリアの画家であるサンドロ・ボッティチェッリの自画像で、それ以外はボッティチェッリがさまざまな作品に描いた人物です。これを見ると、ボッティチェッリはカールした髪の毛や少し突き出たあご、アーチ状の眉毛、形のハッキリとした唇、といったような自身の特徴を、男性だけではなく女性の造形に関しても使用していることが分かります。画像右上は聖セバスティアヌスを描いたものですが、ボッティチェッリの自画像と見た目が非常に似ているため、ブリーン氏は「聖セバスティアヌスの絵も、ボッティチェッリの自画像ではないかと疑っています」と述べています。


さらに、以下の画像左はボッティチェッリが描いたルネサンス期ギリシアの詩人・学者であるマイケル・タルチャニオタ・マルラスの肖像画。神話状の存在や天使などだけではなく、実在の人物の肖像画にも「ボッティチェッリらしさ」が表れている事から、オートミメーシスが起きているより顕著な例だとブリーン氏は指摘しています。


オートミメーシスの興味深さについて、ブリーン氏は「歴史研究において、経験的な歴史や、歴史的専門家が現実世界の実践からどのような知識を得ているのかについては、楽しいけれどもめったに注目されません」と語っています。肖像画を描くとき、誰かを長時間じっとさせておくことは非常に難しく、また時間の経過による光源の変化や、表情の変化は避けられません。そのようなとき、画家は鏡に手を伸ばして解決することが多く、「オートミメーシスは非常に実用的で無料の解決策に、派手な名前を付けたにすぎないのです」とブリーン氏は付け加えています。

一方で、単なる即時的な解決策としてだけではなく、「アーティストがこだわりとして自身の要素を作品に入れる」という場合もあることをブリーン氏は指摘。以下の画像左は、ルネサンス期ドイツの画家であるアルブレヒト・デューラーによる自画像で、画像中央と画像右はデューラーが描いた人物画です。ここでは、デューラーが自らの髪型を作品の人物にほぼそのまま反映していることがわかります。


また、ブリーン氏は「より不可解な例」として、ルネサンス期イタリアのソフォニスバ・アングイッソラの自画像を取り上げています。以下の画像はアングイッソラの自画像ですが、絵の中でアングイッソラ自身が描いている聖母マリアと絵の中の彼女が、かなり近い髪型をしています。これは、アングイッソラが信心深さにより聖母マリアを模倣しているのか、あるいは自身と聖母マリアを似せて描くことで冒瀆(ぼうとく)的なニュアンスを含めているのかは不明ですが、「心理的な理由が垣間見えます」とブリーン氏は述べています。


同様に「心理的なオートミメーシス」が現れている例として、ルネサンス期イタリアの彫刻家であるベンヴェヌート・チェッリーニが挙げられています。チェッリーニが制作したメディチの胸像は、細部の造形から、殺人未遂を認めた発言を繰り返して「ディアブロ(悪魔)」と呼ばれたチェッリーニ自身を反映した自画像である可能性を示唆する研究があります。

オートミメーシスは一種のこだわりや手法として意図して用いられたとの考えがある一方で、ドイツのライプツィヒ大学で教授を務める美術史家であるフランク・ツェルナー氏によると、ボッティチェッリなど一部の芸術家は「無意識のうちに」自分自身を作品に反映していたと主張しています。オートミメーシスが最もよく見られる15世紀後半では、新聞や作品に書影が載るわけでもギャラリーや個展が開かれるわけでもないため、芸術家たちは全くもって有名ではなかったそうです。そのため一部の芸術家は、作品に自分自身を埋め込むことで、人々が永遠に閲覧できる機会を作ることができる狙いを持っていた可能性があるとのこと。

ブリーン氏はオートミメーシスの研究を通して、「AIモデルの能力」が役立つと指摘しています。アーティストの自画像が明確に残っている場合は作品と比較してみることでオートミメーシスの研究が容易ですが、有名な自画像がない場合、特定の芸術家による作品をAIモデルに学習させることで人物の顔のコーパスを作成し、それらを回転したり表情を調整したりすることで重ね合わせて比較することができます。結果として得られた「人物画を合成した顔」は、作品の中に反映された「アーティスト自身の顔」に近いものになる可能性があるとブリーン氏は述べています。

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in アート, Posted by log1e_dh

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