「スパイダーバース」が3DCGアニメーションをいかに進化させたか
別世界のスパイダーマンたちが一堂に会して活躍するアニメ映画「スパイダーマン:スパイダーバース」は、3DCGアニメーションを手描きで仕上げることでアメコミ特有のタッチを再現していたり、ストーリーに合わせたサイケデリックな演出があったりと、革新的なビジュアルも特徴的です。従来の3DCGアニメとは異なる手法を用いた「スパイダーバース」がアニメーションに与えた強い影響について、オンラインメディアのVoxがムービーにまとめています。
How "Spider-Verse" forced animation to evolve - YouTube
ピクサーをはじめとした多くのアニメーションスタジオは、多くが「フォト・シュール・リアリスティック」という手法を採用しています。これは、キャラクターなどはかなりカートゥーン調が際だった造形をしている一方で、背景や一部の動きなどはほとんど現実世界そのままのリアルさを持っているような、一種のフォトシュールレアリズムスタイルです。例えば以下の画像では、人形のような見た目をしているミスター・インクレディブルの洋服が、繊維までリアルに作られていることがわかります。
また、「トイ・ストーリー4」ではおもちゃのキャラクターたちが活躍する一方で、背景はチラチラと焦点が合わないボケ感で、リアルな見え方を表現しています。
「フォト・シュール・リアリスティック」の手法はピクサーが代表的ですが、他のアニメーションスタジオでも、それぞれのスタジオの特徴が分からないほどよく似た見た目の3DCGアニメーションが見られます。
一方で、以下の画像で示されているアニメーション作品は、フォト・シュール・リアリスティックとは少し異なっています。ソニー・ピクチャーズが制作した「スパイダーバース」ではライトがただ明るくするだけではなく質感を強調していたり、2021年の「ミッチェル家とマシンの反乱」では背景の木が焦点の合っていないような見え方ではなくゲームのポリゴンのような見た目になっていたり、2022年公開の「長ぐつをはいたネコと9つの命」では髪の毛の表現が綿毛みたいになっていたりと、リアルからは離れた表現が採用されています。このように、アニメーションを現実から離れさせ、どこか新しい方向へ導くような表現が近年のトレンドになっています。
Voxで映像プロデューサーを務めるエドワード・ベガ氏によると、3DCGで美しいアニメーションを作成するには、レンダリングなどの特殊なタスクをこなす専門のアーティストが必要とのこと。
レンダリングは、形や座標を示すジオメトリや照明、テクスチャやカメラ位置についての情報を入力し、それら全ての情報を最終的な作品に適用するために一連の計算を行うプロセスのこと。ほとんどのレンダリングエンジンは物理ベースとなっており、そのため光や影、反射などの表現は、現実世界の物理を再現しようと計算されることになります。
レンダリングはピクサーの2000年代の作品から最新の作品まで全体で見ることができます。例えば以下はトイストーリーに登場するレックスのシーンですが、おもちゃの質感に光と影がリアルに再現されていて、現実に存在していると思わせるほどになっています。
3Dレンダリングのためのカスタムプラグインを開発するロリポップシェーダーのCEOであるクリストス・オブレネトフ氏は「アニメーションの制作にあたってミーティングをするたびに、誰もがピクサーのような見た目にたどり着きました。ピクサーの外観は非常に高品質で、興行収入でも成功を収めました。そのため、誰もが『ピクサールック』な外観を望んでいたのです」と語っています。
オブレネトフ氏によると、ディズニーが2008年に公開した「ボルト」という作品では、従来の3DCGアニメーションの外観とは異なるコンセプトアートを示しており、新しい挑戦として今後様式化されていくかもしれないと感じたそうです。しかし、実際に公開された映画では、従来のものと同じ見た目になっていました。このように、コンセプトアート時点では新しい挑戦を行うように見られた作品でも、最終的には信頼性と人気があって安全さが実証された物理レンダリングのスタイルになっていたようなケースは多々あったとのこと。
また、一部の短編アニメーションのほか、ディズニーが2016年に公開した「モアナと伝説の海」では、物理ベースでリアルな表現をするのではなく、現実世界をデフォルメしたような表現も見られましたが、「モアナと伝説の海」でそのようなシーンが描かれたのは1時間43分の映画のうちわずか30秒ほどとなっていました。
ベガ氏は、長年レンダリング方式に頼っていたことで、デフォルメ表現を用いたアニメーション制作にはスタジオがなかなか踏み込めなかったと指摘しています。しかしそのような状態は、2017年に「スパイダーバース」の予告編が公開されたことで終わりを迎えたとベガ氏は語っています。
「スパイダーバース」の演出には、3DCGアニメーションの中に、コミックのように背景やエフェクトが単純化されたカットが含まれています。
また、物理演算では生じるカメラのブレ表現や背景描写についても、リアルさよりもアニメーションとして様式化されたスタイルで描かれています。「スパイダーバース」のアニメーションでスーパーバイザーを務めたジョシュア・ベヴァリッジ氏は、「ティザートレーラーが公開されるその瞬間まで、1年半にわたって取り組んできた作品について、大多数の人が嫌うかもしれないと思うようなリスクを感じていました。最初の予告編に対する反応が広がって初めて、私たちは何かをつかんでいるという新たな自信を持って仕事に臨むことができました」と語っています。
以下の画像は新しいアニメーション表現と従来の物理ベースのレンダリングを比較したもので、左が「スパイダーバース」で実際に使われたような様式化を含んだ表現、右が物理ベースで描写されたリアルな表現となっています。
リアルな表現をするには光やカメラなどのデータを演算して外観を出力しますが、新しいアニメーション表現では、すべてのデータをカスタムデータパスと組み合わせて、画像内での光の働きなどを微調整しているとのこと。これらを組み合わせることで、物理ベースでリアルな表現を行うレンダラーで、現実世界をデフォルメしたような表現を行うことに成功しています。
例えば「スパイダーバース」では、焦点の合っていない背景がぼやけているのではなく、コミックの印刷ミスをした時のように色がかすれた表現になっています。そのほか、強い光によってモアレのようなドットが現れたり、影の表現にペンで描いたような平行線が表現されたりといった、現実世界では見られないコミック的な表現が用いられています。
またその他、非フォトリアリスティックなレンダリングの手法として、素早い動きを表す線や残像が残っているようなコミックでよくある表現をしていたり、フレームレートを可変しながら使用することでリアルな動きから遠ざけていたりすることで、コンセプトアートにアニメーションを近づけています。
「スパイダーバース」は、ソニー・ピクチャーズのアニメーション史上で最高の興行収入を記録したほど大ヒットしましたが、歴代興行収入ランキングではトップ50にも入っておらず、相変わらず上位はディズニーやピクサーの作品が独占しています。それでも、アニメーションスタジオの視覚的な目標を「スパイダーバース」は再定義したのだとベガ氏は述べています。実際に、「ミッチェル家とマシンの反乱」や「長ぐつをはいたネコと9つの命」では、「スパイダーバース」のようなコミック表現のカットを模倣したシーンがある一方で、背景描写には独自の目的や表現で非リアルな造形をほどこしていたりと、新しい表現への挑戦が見られています。
ベガ氏は「非フォトリアリズムによって、アニメーションがその映画を特別なものできるというのは、非常に興味深いことです。アニメーションでは、想像力が許す限り、どのような表現も可能なのです」と語っています。
「スパイダーバース」の続編となる「スパイダーバース:アクロス・ザ・スパイダーバース」は2023年6月16日に日本で公開予定です。
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