「素晴らしい作品を書くメソッド」をミステリーの巨匠アガサ・クリスティのベストセラーを分析して導き出したムービー
科学や歴史などについてアニメーションで解説するYouTubeチャンネルのTED-Edが、「オリエント急行の殺人」「ABC殺人事件」などで有名な歴史的なベストセラー作家であるアガサ・クリスティの著作を分析し、面白い物語をどのように作成するのか?というアイデアを解説しています。
How to write like the best-selling author of all time - Jamie Bernthal - YouTube
クリスティの100近いミステリー作品は、ひとつひとつが巧妙に構成された手がかり、ミスディレクション(誤った方向への導き)、人間ドラマで組み上げられたパズルになっています。クリスティはどのようにしてそれぞれの要素を巧みに構築したのでしょうか?
クリスティは様々な方法で物語をデザインしていますが、その中でも彼女が最も重要視した事項が「舞台設定」です。
クリスティは離島にキャラクターたちを招いたり、雪に閉ざされた電車の車内で事件を起こしたりと、社会から隔絶された場所を好んで用いました。これは、物語の範囲を制限することで、ミステリーにおける犯罪の容疑者の可能性を狭めるほか、キャラクターをその場にとどまらせることができるため、緊張感を持たせる効果があります。
また、非日常の舞台なことに加えてキャラクター同士が初対面ないし親しい関係ではないことで、「誰が信頼できるかわからない」というドラマを盛り上げています。
クリスティの物語は非常に練られて不気味で非日常的な舞台設定を用いている一方で、「キャラクターが二次元的で、厚みがない」としばしば批判を受けているように、キャラクター設定は記号的になっています。
しかしムービーによると、クリスティが複雑なキャラクターを避けたのには理由があるそうです。特殊な舞台で複雑な事件が起きた上で、容疑者を増やすために複数配置されたキャラクターに複雑な設定が見えると、読者が混乱してしまいます。そこで、キャラクター設定をわかりやすく簡単な特徴に制限することで、読者が容疑者を把握して犯人を予測できるように仕立てています。
「こういう特徴を持つからこういう性質を持つだろう」という読者の予想を期待してキャラクターを作る手法はタイプキャスティングと呼ばれ、読者は予想することで楽しみ、作者はその予想を逆手に取ることで読者をさらに楽しませることができます。しかし、タイプキャスティングは時に有害なステレオタイプに依存するため、偏見や差別を助長することもあります。
クリスティはタイプキャスティングを用いて、特定の職業や民族を頻繁にコミカルな演出で描いており、積極的に当時の偏見を助長するような面もありました。これ自体は見習うべき要素ではありませんが、より問題のない方法で使うことができれば、このテクニックは面白い物語を書くための助けになるとムービーでは提案しています。
クリスティはキャラクターの設定を細かく練っていないと指摘されている一方で、キャラクターが実在する人物だと思わせるほどの文章力がありました。というのも、クリスティは周囲の人々を注意深く観察し、常に耳にした会話を詳細に書き留めていたそうです。そして、そのメモをもとに推理小説を組み立てていくことで、キャラクターの人格にリアリティを生んでいきました。
観察によって得たリアルな動きや会話を再構成してミステリーとしてつなぎ合わせていく中で、クリスティは執筆中に犯人が誰であるかを頻繁に切替えることもあったとのこと。
執筆しながら犯人の設定を変更するような制作方法では情報が曖昧になるため、いざ作品として完成した後でも、鋭い読者ですら混乱してしまいます。しかし、そこには「賢い読者に理解させる部分」と「混乱させる部分」との重要なバランスがあるとムービーでは解説しています。予測が簡単すぎるミステリーは誰も読みたいとは思いませんが、物事が複雑になりすぎると読者は完全に物語を見失い、面白いと感じられなくなる可能性があります。
クリスティはこの「予測しやすさと複雑さのバランス」の問題を解決するために、シンプルで親しみやすい言葉を使い続けることで、読者に寄り添いました。
また、読者が情報を理解するのを助けるために、短い文章と明確できびきびとしたキレのある会話を使用するように心掛けていたそうです。
ムービーでは、「最高のミステリーは観客を引きつけるものです」と述べ、そのための「良い手がかり」として、「読者が覚えているが、完全には理解していないもの」を挙げています。リアルで分かりやすくキレのある会話で読者を引きつけ、シンプルな文章で読者が情報を頭の片隅に置いておけるようサポートすることで、読者を取り込んだ上で驚かせるような物語を作り上げることができます。
クリスティはまた、手がかりを使って意図的に惑わせることもしています。例えば、容疑者に関連する手がかりと思ったものが推理を欺くためのものであったり、殺人を報告する人物が犯人で情報そのものが欺かれている場合だったり、物語の構成に直接ミスディレクションを組み込んだこともあります。読者の予想を裏切る手法は、読者に予想してもらう必要があるため、複雑な会話の中で埋もれてしまわないように情報を明確に伝える必要があります。
クリスティの物語の公式には、犯罪と手がかり以外に、もう一つ最重要の要素があります。それこそが、クリスティの処女作である「スタイルズ荘の怪事件」から登場したエルキュール・ポワロや、クリスティ最後の作品となる「スリーピング・マーダー」にも登場したミス・ジェーン・マープルをはじめとした「探偵」です。伝統的なヒーローではなかった探偵というキャラクターによって、部外者として犯人の警戒をすり抜けることに役立ちました。
クリスティはエキセントリックな探偵というキャラクター、巧妙に描写された手がかり、単純化された容疑者によって、数え切れないほどの読者を悩ませ、夢中にさせてきました。そのようなクリスティの設計図は、さらなる謎に包まれた新しい物語を生み出す助けとなるはずです。
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