サイエンス

福島第一原子力発電所からの処理水放出が「最善の選択」と専門家、放射線の危険や他国でのケースはどうなのか?

by IAEA Imagebank

日本政府は2023年1月13日の閣僚会議で、2023年の春から夏ごろに東京電力福島第一原子力発電所の処理水を海に放出し始める方針を固めました。「無責任」と断じる国内メディアもある一方、イギリス・ポーツマス大学の環境学者で国際原子力機関(IAEA)の専門家グループのメンバーでもあるジム・スミス氏が「放出が最善の選択」として、その理由や放出の影響について解説しました。

Fukushima to release contaminated water – an expert explains why this could be the best option
https://theconversation.com/fukushima-to-release-contaminated-water-an-expert-explains-why-this-could-be-the-best-option-198173

東日本大震災とこれに伴う津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所事故では、損傷した原子炉を冷却するために注水が行われたほか、雨水や地下水の流入などにより敷地内には大量の汚染水がたまっており、1日におよそ130トンの汚染水が発生しています。

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これに対応すべく敷地内には1000基以上のタンクが建設され、これまでに100万トン以上の水が貯蔵されてきましたが、貯蔵スペースは限界に達しつつあります。また、地震や台風などの自然災害によりタンクから水が漏れ出る危険性もあります。そこで政府は、貯蔵している水をパイプラインで太平洋沖に放出する計画を許可しました。

原発で発生した汚染水には、コバルト60、ストロンチウム90、セシウム137といった放射性元素をほぼ全て取り除く処理が行われており、タンクで貯蔵されているのは処理後の「処理水」です。しかし、水素の放射性同位体であるトリチウムは除去されずに残ります。

スミス氏によると、水の中の水素原子の1つがトリチウムに置き換わることで放射性トリチウム水が発生しますが、トリチウム水は化学的には通常の水と同じとのこと。そのため、汚染水からトリチウム水を除去するにはコストとエネルギー、そして時間がかかります。実際に、2020年に公開されたトリチウム分離技術の(PDFファイル)報告書では、「福島第一原発にただちに実用化できる段階にある技術は確認されていない」と結論付けられています。


処理水からトリチウムを分離できないため、放射性のトリチウム水が残った水が海に放出されることになります。このように放射性物質が環境中に放出される際に問題となるのが、生物濃縮です。例えば、福島第一原子力発電所事故や1960年代~1970年代にかけてイギリスのセラフィールド核施設の事故で大量に放出された放射性セシウム137は、生物濃縮係数がおよそ100です。これは、セシウムが食物連鎖で蓄積されることにより、動物の体内の放射性セシウムが周囲の水の100倍になる可能性があることを意味します。

一方、トリチウム水の生物濃縮係数は約1です。つまり、動物がトリチウム水にさらされても、体内のトリチウム濃度は周囲の水とほぼ同じになるとスミス氏は指摘しました。


トリチウムは、崩壊するとベータ粒子という放射線を発します。この粒子は高速で動く電子なので、生き物の体内でトリチウムが崩壊するとベータ粒子によりDNAが損傷します。しかし、スミス氏によるとトリチウムのベータ粒子はエネルギーがあまり強くないため、相当量の放射線を浴びるにはトリチウムを大量に摂取しなければならないとのこと。

例えば、WHOが定めた飲料水中のトリチウムの基準値は1リットル当たり1万ベクレルですが、これは福島第一原子力発電所からの放出が予定されている処理水の数倍の濃度です。なお、東京電力は「海水希釈後のトリチウム濃度が1500ベクレル/リットル未満となるよう、100倍以上の海水で十分に希釈する」と説明しています。


このように、トリチウム水は分離が難しく環境への影響も限定的であることから、世界各地の原子力施設は長年にわたりトリチウムを海に放出してきました。例えば、フランス北部にあるラ・アーグ再処理工場からは、年間およそ10ペタベクレル(PB)のトリチウムがイギリス海峡に放出されています。これに対して、福島第一原子力発電所からは年間0.022PBのトリチウムが合計1PB放出される(PDFファイル)予定です。また、トリチウムは宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線によっても発生するので、世界では年間50~70PBのトリチウムが大気中で自然に生成されているとのこと。

スミス氏は「フランスのラ・アーグ再処理工場からは、福島第一原子力発電所で計画されているよりかなり高い割合でトリチウムが放出されていますが、環境に重大な影響を与えているというエビデンスはなく、人への被ばく量も低いものです」と指摘しました。


貯蔵されている水を放出するにあたっては、「有機結合型トリチウム」が水に含まれていないことを確認することも重要です。有機結合型トリチウムとは、有機分子の中にある水素原子がトリチウムに置き換わったものです。物質的な性質が水と同じトリチウム水とは異なり、有機結合型トリチウムを含む有機分子は海の生き物に摂取されると蓄積される可能性があります。

例えば、1990年代半ばにNycomed Amershamという製薬会社の工場からイギリスのウェールズ湾にトリチウムを含む有機分子が放出されたことがありますが、この時の生物濃縮係数は1万にのぼったとされています。

こうした点から、スミス氏は「私たちが直面している環境問題の壮大なスケールの中では、福島第一原子力発電所からの放出は比較的小さなものだと言えます。しかし、苦境にある福島県の漁業がさらなる風評被害を受ける可能性は高いでしょう。従って、太平洋に放射性物質が放出されることで政治やメディアで波乱が起きるのは免れないと思われます」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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