サイエンス

ついに遺伝子編集技術「CRISPR」でがん治療のテストに成功、ゲノム編集された免疫細胞をオーダーメイドで作成し腫瘍を攻撃


遺伝子編集技術の「CRISPR」を用い、各個人向けに「ゲノム編集された免疫細胞」を作成することで、がんの悪性腫瘍を正確に攻撃するというテストに成功したことを研究者が発表しました。

CRISPR cancer trial success paves the way for personalized treatments
https://www.nature.com/articles/d41586-022-03676-7

今回発表された研究は、がん研究の2つのホットな分野を組み合わせることに成功した最初の試みであると学術雑誌のNatureは記しています。2つのホットな分野とは、「遺伝子編集により個別化治療を作成する」という分野と、「T細胞と呼ばれる免疫細胞を操作することで腫瘍を標的化する」という分野の2つです。

研究では、乳房や結腸を含む固形腫瘍を持つがん患者16人に対してCRISPRを用いたがん治療を実施しています。

本研究の共同著者であるカリフォルニア大学ロサンゼルス校のがん研究者であり医師でもあるアントニ・リバス氏は、「これはおそらくこれまでクリニックで試みられた中で最も複雑な治療法です。我々は患者自身のT細胞からがん腫瘍を破壊する軍隊を作ろうとしています」と語りました。


リバス氏ら研究チームは、血液サンプルと腫瘍生検からDNA配列を決定し、血液ではなく腫瘍で見つかった変異タンパク質を特定しています。これは治療を行う患者全員に対して個別で行われており、その理由をリバス氏は「変異はがんごとに異なります。いくつかの共通の突然変異があるものの、それはあくまで少数です」と語っています。

変異タンパク質を特定したあと、研究チームはアルゴリズムを利用してどの変異がT細胞からの応答を引き起こす可能性が高いかを予測。「T細胞は異常を見つけると、それを破壊します。しかし、我々が診療所で診察しているがん患者は、ある時点で免疫系が戦いに負け、腫瘍が成長してしまいます」と語ったのは、カリフォルニア州南サンフランシスコにあるPACT Pharmaで最高科学責任者を務め、同研究の筆頭著者でもあるステファニー・マンドル氏。

アルゴリズムの予測を検証した後、研究チームは腫瘍の変異を認識できるT細胞受容体と呼ばれるタンパク質を設計するための分析を実施。そして、被験者から血液サンプルを採取して、CRISPRを使用して受容体をT細胞に挿入。そして、各被験者は免疫細胞の産生数を減らすための薬を服用したのち、CRISPRで作成したT細胞を注入されました。

T細胞を用いたがん治療法について研究するペンシルベニア大学のジョセフ・フラッタ氏は、「これはとてつもなく複雑な製造プロセスです」と言及。研究チームによると、場合によっては「CRISPRで個人向けにT細胞をオーダーメイドするプロセス」に1年以上かかるケースもあるとのことです。


研究では16人の被験者が、最大3つの異なる標的を持つように遺伝子編集されたT細胞を注入されました。その後、遺伝子編集されたT細胞が血液中を循環していることが確認され、遺伝子編集されていないT細胞よりも腫瘍の近くに高濃度で存在していることも確認されています。この治療プロセスの1カ月後、被験者の5人が安定した状態へ移行したことも確認されています。つまり、腫瘍が成長していないことが確認されたわけです。なお、16人中2人が「遺伝子編集されたT細胞」による可能性が高い副作用を経験しています。

治療の有効性は低かったものの、アプローチの安全性を確立するために比較的少量のT細胞を使用することに成功したとリバス氏は語りました。また、研究チームは治療法の開発を加速する方法を開発するにつれ、遺伝子編集された細胞が体外で培養される時間が短縮され、注入されるとより活性化するようになると言及。フラッタ氏も「テクノロジーは徐々に改善されていきます」と述べました。


遺伝子操作されたT細胞をもちいた治療法は、「CAR-T細胞療法」と呼ばれます。CAR-T細胞療法は一部の血液がんおよびリンパがんの治療に使用することが承認されていますが、固形腫瘍に対しては応用が難しいとされていました。これは、CAR-T細胞が腫瘍細胞の表面に発現しているタンパク質に対してのみ有効であるためです。この種のタンパク質は多くの血液がんやリンパがんに共通して存在するため、これらのがん患者向けに新しいT細胞受容体を設計する必要はありませんでした。

しかし、固形腫瘍では患者ごとに共通の表面タンパク質が見られません。そのため、CAR-T細胞を用いた治療法は固形腫瘍に対しては効果的ではなかったというわけ。また、T細胞は血液中を循環して腫瘍まで移動し、浸潤してがん細胞を破壊する必要があります。しかし、腫瘍細胞は免疫を抑制する化学シグナルを放出し、免疫応答を抑制することもあるそうです。そのため、フラッタ氏は「腫瘍の周辺環境は下水道のようなものです」「T細胞は腫瘍に到達するとすぐに機能が低下します」と語っています。

研究チームはCAR-T細胞を用いてがんの変異を認識するだけでなく、腫瘍の近くでよりT細胞が活動的になるようにしたいと考えています。マンドル氏はT細胞を強化するためのいつつかの方法があると述べており、「免疫抑制シグナルに応答する受容体を除去する」や、「腫瘍環境でエネルギー源をより簡単に見つけられるように代謝を調整する」といった方法を挙げています。

ペンシルベニア大学でがん治療のための遺伝子療法を研究しているアベリー・ポセイ氏は、「CAR-T細胞技術は信じられないほど効率的になりました」「今後10年以内に、免疫細胞を遺伝子操作する非常に洗練された手法が誕生するでしょう」と語っています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
遺伝子編集技術CRISPRで新型コロナを治療する方法が編み出される - GIGAZINE

遺伝子編集技術「CRISPR-Cas9」の静脈注射による世界初の治療が難病を改善 - GIGAZINE

遺伝子編集技術「CRISPR」とは何かがわかるムービー、そして人類の未来はどうなるのか? - GIGAZINE

遺伝子編集技術を使えば社会的行動も変えてしまえるかもしれない - GIGAZINE

遺伝子編集技術CRISPR-Cas9で「食べるだけでビタミンDを豊富に摂取できるトマト」を開発 - GIGAZINE

ゲノム編集技術「CRISPR」で遺伝性眼疾患を治療する研究に前進、マウスの治療に成功 - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by logu_ii

You can read the machine translated English article here.