黒死病を引き起こしたペスト菌の祖先を死者のDNAから確認
14世紀中盤にヨーロッパを襲ったペストの大流行は、肌に黒い斑点が現れる症状から「黒死病」の名で恐れられ、地域によっては最大で人口の60%が亡くなるという被害を及ぼしました。過去の記録により、ペストは東方からやってきたことがわかっていたものの、これまで正確にどこから来たのかは不明でしたが、新たに、過去の遺体を用いた調査により、黒死病をもたらしたペスト菌の祖先がキルギスでも多くの人の命を奪っていたことが分かりました。
Ancient DNA traces origin of Black Death
https://doi.org/10.1038/d41586-022-01673-4
研究はマックスプランク研究所の古遺伝学者ヨハネス・クラウス氏やスターリング大学のフィリップ・スラヴィン氏らによるものです。
「黒死病」は1346年から1353年にヨーロッパを襲ったペストのパンデミックのこと。記録では、1346年にクリミア半島の町・カッファを包囲していたモンゴル軍での発生記録が知られており、このことから、コーカサス地方や中央アジアが「黒死病」の潜在的な発生源と考えられてきました。
by noviceromano
クラウス氏やスラヴィン氏は、キルギスで14世紀に亡くなった人を埋葬しているカラ・ジガッハ墓地とブラナ墓地に、1338年と1339年に建てられた多くの墓石があり、そのうち10件で「疫病で亡くなった」ことが明示されていたことに注目。1880年代~1890年代に掘り起こされ、ロシアのサンクトペテルブルクに移送されたという遺体を追跡し、うち7体を回収しました。
考古遺伝学者マリア・スピロ氏らのチームによる調べで、カラ・ジガッハ墓地埋葬分の遺体3体からペスト菌のDNAを発見。さらに、収集された完全なペスト菌ゲノムのペアから、この「カラ・ジガッハ株」が、黒死病に関連する菌株の直接の祖先であることが示されました。「カラ・ジガッハ株」は、2011年にクラウス氏のチームが収集した、ロンドンで亡くなった人のペスト菌サンプルの祖先でもあり、現在のペスト菌の系統の大多数の祖先であることというわけです。クラウス氏はいわゆる「疫病のビッグバン」とでもいうべき多様化が、14世紀のペスト菌にあったと指摘しています。
また、この「カラ・ジガッハ株」は、天山山脈に近いキルギスやカザフスタン、新疆ウイグル自治区にいるマーモットなどの齧歯(げっし)類から得られた菌株と密接な関係が見られたそうです。
齧歯類は「ペスト菌の自然の貯蔵庫」のような生き物で、ノミなどの媒介生物を経由することで、人間もペストに感染します。黒死病はネズミによって広まったものとみられていますが、それ以前に、キルギスでもペストに感染した齧歯類と人間との密接な接触で流行があったと考えられます。
そして、天山山脈は古代シルクロードの通過地であり、キルギスの墓地ではインド洋の真珠、地中海のサンゴ、異国の硬貨などが見つかっていることから、貿易が病原菌を西に拡散させるのに重要な役割を果たしたのではないか、とスラヴィン氏は予想しています。
by Chen Zhao
なお、中世史学者のモニカ・グリーン氏は、今回の研究について「黒死病の祖先であるペスト菌からゲノムを入手したことは、とてつもなく飛躍的な進歩です」と評価。「墓石は『死亡証明書』に限りなく近いもので、このペスト菌の系統が当時から存在していたことが分かります」とコメントしましたが、1338年~1339年のキルギスでペストの「ビッグバン」が起きたかどうかについて確信を持てておらず、遺伝学的・生態学的・歴史的証拠から、13世紀のモンゴル帝国の拡大が、のちに黒死病を引き起こす株の拡散と多様化を促したといういう考えを示しています。
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