サイエンス

新型コロナのパンデミックでスウェーデンが採用した独自路線は「失敗だった」と痛烈に批判する論文が発表される


2020年の春から世界中で猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにおいて、北欧のスウェーデンは近隣諸国で行われたロックダウンをせず、経済を維持しつつ集団免疫の獲得を目指す独自路線を採用しました。2022年3月22日に学術誌の「Humanities and Social Sciences Communications」に掲載された論文は、そんなスウェーデンが採用したアプローチを「多くの人的犠牲を引き起こした」として痛烈に批判しています。

Evaluation of science advice during the COVID-19 pandemic in Sweden | Humanities and Social Sciences Communications
https://www.nature.com/articles/s41599-022-01097-5


Scathing evaluation of Sweden's COVID response reveals 'failures' to control the virus - ABC News
https://abcnews.go.com/Health/scathing-evaluation-swedens-covid-response-reveals-failures-control/story?id=83644832

論文によると、スウェーデンの公衆衛生庁はCOVID-19のパンデミックが発生する以前、2つのパンデミックに備えた計画書を発行していたとのこと。これらの計画書では、症例の予防や治療のためのワクチンや抗ウイルス薬に焦点を当てていた一方で、「個人と社会への影響を制限する」「社会への悪影響をできるだけ小さくしなくてはならない」といった方針も強調されていたそうです。


こうした計画書に基づき、2020年3月に世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスをパンデミック認定した後も、スウェーデンは政府や社会ではなく個人の責任に基づくアプローチを採用し、経済活動を維持することを決定しました。スウェーデンではその他のヨーロッパの国々で採用された厳格な都市封鎖や飲食店の営業制限、マスクの着用義務などは採用されませんでした。公衆衛生庁が行ったのは、定期的な手洗いや気分が悪い時は外出を避けること、そして不必要な旅行を避けるといったことを推奨する程度でした。

パンデミックが発生した当初、スウェーデンにあるレストランやバーは営業を続けたほか、16歳未満の子どもはたとえ家庭内に健康問題を抱える家族がいたとしてもリモート学習が認められず、学校に出席することが義務づけられていました。多くの学校では感染抑制対策がほとんど取られておらず、子どもを学校に行かせないことで守ろうとした親には罰金が科せられたとのこと。また、2020年6月には公衆衛生庁が病院や高齢者介護施設などでマスクの着用を推奨したものの、着用が推奨されるのは「COVID-19に感染した疑いがある患者を治療する場合」に限定されていたそうです。

スウェーデンの公衆衛生庁は当初、「マスクの着用が感染拡大を抑制するとの科学的根拠は薄い」として、マスクの着用を推奨しませんでした。ところが、実際に600もの村を対象に行われた研究では「マスクの着用が村単位で感染者数を減少させる」ことが示されたほか、「マスク着用義務のある学校とない学校では、ない学校の方が圧倒的にCOVID-19の感染が広がりやすい」との研究結果も報告されています。

「マスクの着用」が確かにCOVID-19の感染者数を減少させることが600もの村を対象にした実験で判明 - GIGAZINE


論文の著者らは、スウェーデンの公衆衛生庁がマスクの使用を推奨せず効果がないと述べことで人々の間に恐怖が広まっただけでなく、「COVID-19の感染がどのように広がるのか」「無症候感染者が存在すること」「マスク着用がその人自身や周囲の人を保護すること」について誤った情報を与えたと指摘しています。

また、論文では「公衆衛生庁から伝えられる情報の透明性が欠如していた」という点についても言及しており、地域ごとのICU病床数が公表されていなかったことや、学校で新型コロナウイルス陽性の生徒が出たとしても、その他の保護者や教師に情報が伝達されないことを指摘。さらに、一部の自治体では介護施設や病院内での死亡者数を公表せず、自治体の死亡率を意図的に隠蔽する試みも行われていたそうです。


スウェーデンは長年にわたり科学者と政府が協力的な関係を築いており、国民の科学に対する信頼感も高い国ですが、COVID-19のパンデミックにおいては政策の正当性を国民に広めたい政府が科学者を利用する構図があったとのこと。

たとえば、公衆衛生庁が2020年4月に結成したCOVID-19諮問グループに採用された科学者らは、いずれもスウェーデン政府の方針に沿った意見を主張しており、WHOが呼びかけた厳しい規制に沿った発言をしていた科学者らは1人も採用されていませんでした。また、スウェーデン有数の医学研究機関であるカロリンスカ研究所が2020年2月に結成した専門家グループも、公衆衛生庁と明確なつながりが存在していたそうです。論文の著者らは、「スウェーデン国民は、複数の専門家がそれぞれ個別に『スウェーデン独自の戦略が正しい』という同じ結論に達したと思い込まされていました」と述べています。これらの公衆衛生庁や政府を支持する科学者らは、COVID-19に関する研究結果の中から自分たちにとって都合のいいものだけをチェリーピッキングし、反証となる大量の証拠を無視したそうです。

また、COVID-19のパンデミック中には「政府の方針に反対する医学研究者を押しつぶす試み」も行われていたとのこと。2020年3月3日、国際的なウイルス学の権威であるFredrik Elgh教授がスウェーデンにパンデミックの備えを促す意見を発表したところ、公衆衛生庁のヨハン・カールソン氏はスウェーデンの先住民であるサーミ人の言い伝えを引き合いに出し、「魚の胃の中から未来を追跡するようなものだ」と批判しました。2020年3月13日に都市封鎖の必要性を訴えた新聞社に対しては、カロリンスカ研究所の諮問グループだったJohan von Schreeb教授が「品位に欠ける」「スウェーデンの専門知識を損なう」といった批判を展開したと論文で記されています。

社会全体としても、スウェーデンのパンデミック政策に疑問を呈することが許されない空気が醸成されていました。スウェーデンの対応を批判した複数の研究者らは、上司から「大学の名前を使ってそのような意見を言うことは許可できない」「当局を傷つけた」といった叱責を受けたそうで、論文の筆者らは「明らかに(学術における)言論の自由の権利に反しています」と指摘しました。

こうして維持されたスウェーデンのCOVID-19政策がもたらしたのは、「周囲の北欧諸国と比較して突出して死者数が多い」という結果です。以下は2020年3月~2022年3月の「10万人あたりのCOVID-19死者数」を示したグラフで、青色がスウェーデン、緑色がデンマーク、赤色がノルウェー、紫色がフィンランドを表しています。一時的にノルウェーやフィンランドなどの死者数がスウェーデンを上回る時はあるものの、全体的にはスウェーデンの死者数が圧倒的に多いことがわかります。なお、スウェーデンが当初掲げていた「集団免疫」の獲得に至ったという証拠は確認されていません。


論文の著者らは、スウェーデンのCOVID-19対策において国民への透明性や正確な情報は優先事項ではなく、ほとんどのメッセージは国民の恐怖と社会不安を増大させないことを目的にしていたと指摘。「このパンデミックにおけるスウェーデンの対応は独特で、道徳的・倫理的・科学的に問題のある自由放任的なアプローチによって特徴付けられます。人命救助や保護、あるいは科学的根拠に基づくイメージよりも、『スウェーデンのイメージ』を守ることに重点が置かれていたのです」「すべての政府レベルで失敗を認めようとせず、スウェーデン社会にとって明らかに有害な結果に対して責任を取ろうとしませんでした」「関係するスウェーデン当局は自己批判をせず、公式でオープンな対話を一切行わず、正しい情報を隠し、誤解を招くような情報さえ流して国民を欺いたのです」と述べ、スウェーデンの政策を痛烈に批判しました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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