「あなたの忍者に関する知識はすべて間違っている」と題した動画を海外で人気の科学系YouTubeチャンネルKurzgesagtが公開

科学系の情報をアニメーション動画で紹介する登録者約90万人のYouTubeチャンネル「Kurzgesagt」が、世界的に知られる「忍者」についての歴史に関する動画を公開しました。
Everything You Know About Ninjas Is Wrong - YouTube

黒装束をまとった人物が城に忍び込み、手裏剣や煙幕を使って奥へと進みながら城主を暗殺する……というのは、日本でもよく語られる忍者の典型的なイメージです。ところが、実際の忍者はこのようなものではありませんでした。

Kurzgesagtは安土桃山時代以後の忍者について取り上げています。忍者といえば伊賀(三重)・甲賀(滋賀)が有名ですが、実際は各地に点在していました。天下統一を狙う織田信長が甲賀を支配(観音寺城の戦い)し、伊賀を攻め入る(天正伊賀の乱)際、それぞれの忍者は奇襲や諜報を頼りに激しく抵抗したとされています。

伊賀・甲賀忍者は特に徳川家康に重宝され、信長の死(本能寺の変)後、堺(大阪)に滞在していた徳川家康が三河(愛知)へ帰還(伊賀越え)する際には、甲賀忍者や服部半蔵(初代)ら伊賀忍者が助力したとも伝えられています。両組織は徳川幕府成立以後も徳川家に仕え、要人の護衛や密偵などを務めていました。最後の忍者(沢村保祐)は、ペリー来航の際に黒船潜入任務を果たしたとされており、その後明治新政府の設立と共にその役割を終えていったとされています。

忍者は基本的には情報収集や潜入、破壊工作を主な仕事としており、暗殺などは稀だったそうです。黒装束をまとうというイメージは、主に歌舞伎の黒衣から生じたものだとされています。この頃から、スパイとして超人的な力を宿し、堅固な城にも難なく潜入することができるというイメージが形成されていきました。また、「最後の忍者」と自称する武術家、藤田西湖が「甲賀流忍術を受け継いだ」と主張して話題になった件もKurzgesagtは取り上げています。

Kurzgesagtは、現代に知られる忍者のイメージは比較的最近作られたものであるとして、「第二次世界大戦後、日本は復興を必要としており、それには国民の自信の回復も含まれていました。物語を語る人々は神話化された過去を振り返り、忍びを見いだしたのです」とまとめました。

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