平和のための核兵器を目指した最も狂気じみた巨大プロジェクト「プロジェクト・プラウシェア」

1960年代、アメリカは原子力の開発に対する国民の不安を和らげようとして、核兵器の平和利用を目的とした「プロジェクト・プラウシェア」をスタート。このプロジェクトの一環として、大量の核爆弾で運河を開拓するなど途方もない計画が進められていました。一体どんな計画だったのか、科学系YouTubeチャンネルのKurzgesagtがアニメーション付きで紹介しています。
The Most Insane Megaproject You Never Heard About - YouTube

Kurzgesagtが取り上げたのは、「水爆の父」とも呼ばれるハンガリー出身の理論物理学者、エドワード・テラーです。テラーはアメリカが広島・長崎に落とした原爆よりももっと強力な核爆弾の製造に取り組んでいました。

広島・長崎型原爆はウランやプルトニウムなどの核分裂反応を使用した爆弾ですが、原料が希少で高価であるということで、テラーは水素原子を使った別の方法を提唱しました。この水素爆弾は原子爆弾よりもはるかに強力です。

アメリカ政府はこの水爆を土木工事に使うという計画を考案しました。軍拡競争に対する世論の反対が高まり、核兵器実験を行っていることを公言せずに核兵器実験を継続する手段として、「核工学」という響きは都合が良かったのです。そこで1957年、アメリカは核爆弾を平和的な工学用途に利用するという計画「プロジェクト・プラウシェア」をスタートさせました。これを指揮したのがテラーです。

計画にはヨルダンに運河を開拓し、パナマ運河を拡張することなどが含まれていました。パナマ運河を拡張する場合、12億立方メートルの土砂を取り除く必要があると試算されましたが、核爆弾を使えばこの土砂を簡単に取り除けるとテラーは主張しました。

これらの爆弾は地中で爆発させることになっていました。地中で爆発が起こると、その爆風で岩の中に空洞ができ、天井が崩落します。その結果、爆発により生じた放射性廃棄物は土砂に埋もれるだろうと予想されました。

1961年、最初の実験がニューメキシコの砂漠で行われました。その目的は発電で、爆発により塩の鉱床から生じた熱でタービンを回すというものでした。

しかし、テラーのチームは小さな点を見落としていました。塩には予想よりもはるかに多くの水分が含まれていたのです。

爆弾を投下するために使われた穴は爆発後に自然に崩壊して塞がるよう設計されていましたが、予想外にすさまじい圧力が生じ、穴から放射性蒸気の柱が吹き出し、周囲を汚染しました。

それでもテラーは諦めませんでした。次はネバダ砂漠の地下200mで広島型原爆7発分に相当する核爆弾を爆発させる実験を行いました。この実験の目的は核による掘削そのものをテストし、クレーターがどれくらいの大きさになるかを確認することでした。この爆発により1200万トンの土砂が吹き飛ばされ、深さ100m、直径400mの巨大なクレーターができました。

しかし、今回の実験でも放射性物質が漏れてしまい、放射性降下物は遠方でも検出され、パニックを呼びました。

テラーの提案は止まらず、核爆弾を使って山脈に高速道路を建設する計画、ミシシッピ州の河川を核爆弾でつなぐ計画などが立案されましたが、いずれも実現には至りませんでした。

Kurzgesagtは、先述のパナマ運河拡張工事に核爆弾が使われた場合、海洋が汚染され、ジャングルには放射性物質が残り、雨期に伴う土砂崩れによりせっかく作った穴が埋もれてしまっただろうと予想しています。

1977年、20年の歳月とアメリカ各地での数十発の核爆弾による実験を経てプロジェクト・プラウシェアは中止され、全ての核工学プロジェクトは終了しました。結局、運河も港も建設されませんでした。

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in 動画, Posted by log1p_kr
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