サイエンス

20世紀最大の科学スキャンダルといわれた「常温核融合」をアメリカ海軍が真剣に再検討している


室温環境下で核融合を起こす「常温核融合」は、これまで「実験に成功した」という報告がいくつか存在するものの、どれも再現性が低いことから科学的には否定されています。しかし、これまでに行われきた常温核融合の研究をアメリカ海軍が真剣に再考していると、アメリカの電気・情報工学研究団体の学会誌「IEEE Spectrum」が報じました。

Whether Cold Fusion or Low-Energy Nuclear Reactions, U.S. Navy Researchers Reopen Case - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/tech-talk/energy/nuclear/cold-fusion-or-low-energy-nuclear-reactions-us-navy-researchers-reopen-case

常温核融合の研究を行っているのは、インディアンヘッド・アメリカ海軍海上戦闘センター(NSWC IHD)の科学者による研究チームです。NSWC IHDの研究チームは陸軍やアメリカ国立科学技術研究所のグループと共に、「常温核融合が本当に存在するのか」を含めてこれまでの研究を検証しているとのこと。

核融合は、水素のような軽い原子を融合させ、より重い原子に変化させることです。例えば陽子1つ・中性子1つ・電子1つで構成される重水素原子と、陽子1つ・中性子2つ・電子1つで構成される三重水素原子をぶつけあって核融合反応を起こすと、陽子2つ・中性子2つ・電子2つのヘリウムが生まれ、同時に莫大なエネルギーが放出されます。


核融合は連鎖的に反応する核分裂と異なり、原理的に暴走しない仕組みになっているため、安全性が比較的高いことがアピールされています。しかし、核融合反応を連続的に起こすためには1億度を超える高温や高圧が求められるほか、非常に強力な超電導磁石や反応によって飛び出る高速中性子に耐えうる施設が必要になることから、記事作成時点でも実用化には至っていません。

そんな核融合反応が「室温環境下で簡単な設備を使って起こすことができた」と、サウサンプトン大学の化学者であるマーティン・フライシュマンとユタ大学の化学者であるスタンレー・ポンズが1989年に発表。両氏は「パラジウムとプラチナの電極を、重水の入った容器に入れて電流を流したところ、過剰な熱や中性子線が検出されたと主張しました。

by Ryan Somma

高温・高圧環境が必要な核融合反応が室温環境下で確認できたという報告は世界中に大きな衝撃を与え、多くの科学者が追試を行いました。しかし、常温核融合の存在を有意に裏付けるほどの再現例は報告されず、さらにフライシュマンとポンズの実験が信頼性の低い方法で行われたことが明らかとなり、「両氏の報告が正しいとはいえない」と結論づけられました。そのため、フライシュマンとポンズの報告から始まる常温核融合は「20世紀最大の科学スキャンダル」と呼ばれることとなりました。

フライシュマンとポンズの報告が否定されたことで、常温核融合の存在はほとんどの科学者から懐疑的にみられていますが、それでも常温核融合の研究を続ける研究者は多く存在します。


例えば、Googleの研究チームがマサチューセッツ工科大学やブリティッシュコロンビア大学ローレンス・バークレー国立研究所の研究者と共同で「Revisiting the cold case of cold fusion(低温核融合という未解決問題を再考する)」というタイトルの論文を、2019年に学術誌のNatureで発表しました。

この論文の中で、Googleの研究チームは2015年から5年間にわたって1000万ドル(約11億円)を常温核融合の研究に費やしたことを明らかにしました。さらに研究の結果、フライシュマンとポンズの報告を裏付ける証拠は見つからなかったものの、「常温環境下でも、金属が局所的に高温になることで常温核融合が起こる可能性」を示唆しました。


NSWC IHDの主任研究員であるカール・ゴッツマー氏によれば、このGoogleの論文に後押しされる形で、常温核融合の研究がNSWC IHDで本格的に始まったとのこと。ゴッツマー氏は「率直に言って、常温核融合を長年研究してきた他の研究者からは、『常温核融合に手を出したらキャリアが終わる』と思われていました。しかし、NSWC IHDが政府の研究施設である以上、科学的な成果が期待できるのであれば、議論の的になっているテーマを追求する自由があると考えました」と述べました。

また、NSWC IHDのプロジェクトマネージャーであるオリバー・バーハム氏は「私たちの取組みの軸は『良い科学を行いたい』ということです。何かを証明したり反証したりではなく、テーマを真剣に考えてくれる科学者のチームを集めたいのです」と語りました。

研究チームは過去30年以上にわたって積み重ねられてきた常温核融合についての文献やデータを精査・分析し、実験に最適な金属や実験装置の共通点を探っていくとしています。なお、2021年内に最初の研究結果を発表したいと考えていると研究チームは述べています。

ゴッツマー氏は「最も重要なのは、個々の現象のメカニズムを明らかにすることです。メカニズムが判明すれば、より精度の高い実験が可能になり、再現性の高い実験が可能となります」と述べました。また、バーハム氏は「私たちが集めた頭脳集団からいい分析結果が得られることを楽しみにしています」とコメントしました。

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in サイエンス, Posted by log1i_yk

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