サイエンス

なぜ再生可能エネルギーの発電コストは急速に安くなったのか?


発電に用いるエネルギー源を従来の化石燃料から再生可能エネルギーへ移行することは、気候変動への影響を軽減して持続可能な社会を実現する上で重要です。近年では太陽光発電や風力発電などのコストが大幅に下がっているとのことで、地球規模の問題に関するデータを公開するメディア・Our World in Dataの創設者であるMax Roser氏が、再生可能エネルギーを用いた発電のコストが急速に安くなっている理由について解説しています。

Why did renewables become so cheap so fast? And what can we do to use this global opportunity for green growth? - Our World in Data
https://ourworldindata.org/cheap-renewables-growth

記事作成時点では全世界におけるエネルギー源の79%を化石燃料が占めているそうですが、化石燃料は持続可能ではない上に安全性にも欠けるとRoser氏は指摘。以下のグラフは左側が「1テラワット時のエネルギーを生み出したことで死亡する人数」を、右側が「1ギガワット時のエネルギーを生み出したことで排出される炭素量」を示しており、上から石炭・石油・天然ガス・バイオマス・水力・原子力・風力・太陽光の順で並んでいます。グラフを見ると、石炭・石油・天然ガスといった化石燃料は多くの死者を出す上に炭素排出量も多いことがわかります。なお、電力はあくまでもエネルギーの諸形態の一つであり、このグラフにおける「エネルギー」は電力のみを指すのではありません。


化石燃料を用いたことによる死者が多いのは、化石燃料を燃やしたことによる大気汚染がさまざまな病気を引き起こしているためです。化石燃料による大気汚染が原因で亡くなる人は年間360万人ともいわれており、殺人や戦争、テロ攻撃を含めた死者数の6倍に及ぶとのこと。対照的に、バイオマス・水力・風力・太陽光などの再生可能エネルギーは化石燃料と比較して安全かつエコであり、エネルギー源として非常に有望であるように思えます。

しかし、依然として化石燃料は発電を含めた多くの場面で主要なエネルギー源となっており、世界の電力供給に占める石炭の割合は37%、ガスは24%を占めています。化石燃料を電気や熱のために燃焼させることは、全世界の温室効果ガス排出量の30%を占めているとのこと。Roser氏は、かつて化石燃料が地球を支配したのは、他のすべてのエネルギー源よりも安価だったからだと指摘。再生可能エネルギーが化石燃料の代替となるためには、「発電にかかるコスト」が安い必要があると主張しています。

以下のグラフはガスや石炭、原子力をエネルギー源として発電した1メガワット当たりの電力価格が、2009年~2019年にかけてどう変化したのかを示したもの。電力価格は発電所の建設コストや耐用年数、継続的な運用コストから赤字にならないために顧客が払うべき最低限の価格を算出した、「均等化発電原価(LCOE)」で表されています。グラフを見ると、石炭発電(黒色)のコストは10年間でほぼ変わらず、ガス発電(紫色)のコストは減少し、原子力発電(緑色)のコストは上昇していることがわかります。発電事業者は可能な限り安価に電気を作らないと市場競争に勝てないため、LCOEは新たに発電施設を建設する際に重要な指標です。


上のグラフに太陽光発電(オレンジ色)、ソーラー・アップドラフト・タワーを用いた発電(黄色)、地熱発電(赤色)、陸上風力発電(青色)のLCOEを重ねたグラフがこれ。2009年の時点では太陽光発電のコストが石炭火力発電より229%、陸上風力発電が22%も高かったものの、わずか10年で価格は大幅に下落して太陽光発電や陸上風力発電の方が安価になっていることがわかります。LCOEが下がったことを受けて太陽光発電や風力発電の需要は大幅に高まっており、2019年に新たに作られた発電施設の容量に占める太陽光・風力発電の割合は72%に達するとのこと。


再生可能エネルギーの価格が化石燃料よりも安くなっている理由を知るには、発電にかかるコストについて考える必要があります。化石燃料と原子力を用いた発電にかかるコストは、発電に使う燃料の価格と発電所の運用コストに大きく依存します。一方、再生可能エネルギーを用いた発電では基本的に燃料のコストがかからない上に、運用コストも比較的安く済むため、実質的な発電コストを左右するのは「発電技術そのもののコスト」だそうです。

太陽光発電のコストが急激に安くなった理由についてRoser氏は、太陽光発電の歴史を振り返る必要があるとしています。最初に太陽光発電技術が実用化された1956年の時点における1ワット当たりのコストは、現代の価格に換算すると1865ドル(約19万円)ほどであり、とても化石燃料を用いた発電と競争できるものではありませんでした。このままであれば「太陽光発電は採算に合わない」として研究がストップすることも考えられましたが、太陽光発電には「宇宙空間での発電が可能」という利点があったため、衛星に電力を供給する目的で研究が進められたとのこと。


ニッチとはいえ太陽光発電に需要が生まれたために太陽光発電モジュールが繰り返し生産されると、次第に生産プロセスが改善されていきます。これによって太陽光発電モジュールの生産コストが下がり、結果として太陽光発電のコストが安くなっていったとRoser氏は指摘。初期と比べて価格が大幅に下落した1970年代になると、「電力網に接続するコストが高い遠隔地」にある灯台や鉄道設備において、太陽光発電が採用されました。

宇宙だけでなく地上でも太陽光発電施設が配備されていくにつれ、さらに太陽光発電モジュールの価格は減少していきます。以下のグラフが、1ワット当たりの太陽光発電モジュール価格を現代の価格に換算したものであり、縦軸が価格、横軸が全世界における太陽光発電施設の累積容量を示しています。全世界の累積容量が0.3メガワットに過ぎなかった1976年の時点では、太陽光発電モジュールの価格は1ワット当たり106ドル(約1万1000円)でしたが、累積容量が10万メガワットを超えた2019年にはわずか0.38ドル(約40円)となり、過去半世紀で99.6%も下落しています。


このグラフは、太陽光発電設備の容量が指数関数的に増加するにつれて太陽光発電モジュールの価格が指数関数的に低下する経験曲線効果を示しており、累積容量が2倍になるとモジュール価格が20.2%減少する関係がみられるとRoser氏は指摘しています。

また、太陽光発電モジュールの価格が安くなるだけでなく、太陽光発電のLCOEも急激に低下しているとのこと。以下のグラフは縦軸がLCOE、横軸が発電設備の累積容量を示したものであり、太陽光発電(オレンジ色)のLCOEは累積容量が増加するにつれて安くなっていることがわかります。同様に洋上風力発電(薄い青色)や陸上風力発電(暗い青色)でも経験曲線効果が見られる一方、原子力発電のLCOEは累積容量が増加するにつれて高くなり、石炭火力発電はほぼ横ばいです。


Roser氏は石炭火力発電においてLCOEが経験曲線効果に従わない理由について、「発電所の効率を大幅に改善する余地がない」「燃料の価格に大きく依存する」といった点を挙げています。また、原子力発電では石炭と同様の制限に加え、安全性の問題から規制が強化されたことなどが影響してLCOEが上昇したとのこと。化石燃料の中でも、ガスを用いた発電は例外的にLCOEが低下していますが、これはガスの価格低下によるもので、今後も下がり続けるとはいえないそうです。

繰り返しRoser氏が強調しているのが、「再生可能エネルギーは経験曲線効果に従っている一方、化石燃料はその傾向が見られない」という点です。つまり、再生可能エネルギーをさらにスケールアップすることは、単に炭素排出量を減少させるだけでなく、さらなる発電コストの軽減をもたらし、再生可能エネルギーの導入は環境と経済の両面でメリットがあるわけです。

再生可能エネルギーのコストが安くなるということは、人々がより安価に電力を得られるようになり、平均所得が低い発展途上国で再生可能エネルギーの需要が高まることを意味します。近年では日当たりのよいアフリカやアジアの発展途上国で太陽光発電の需要が急速に高まっているそうで、今後も再生可能エネルギーを使った発電コストは下がっていくとのこと。「再生可能エネルギーを用いた発電所の建設は、温室効果ガスの排出を迅速に削減するための鍵です。また、大気汚染から人々を救ってエネルギー価格を下げるという副次的な影響により、人々の所得が増えて貧困も減少します」とRoser氏は述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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