サイエンス

16個の原子から作られた世界最小モーターが開発される、量子物理学の謎をとく手がかりに


人間の髪の毛の直径の約10万分の1という極小サイズの「分子モーター」が、わずか16個の原子から作り出されました。

Molecular motor crossing the frontier of classical to quantum tunneling motion | PNAS
https://www.pnas.org/content/early/2020/06/12/1918654117

Empa - Communication - Molecular Motor
https://www.empa.ch/web/s604/molecular-motor

スイス連邦材料試験研究所(Empa)とスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の研究チームが開発した世界最小のモーターは、マクロの世界と同様に「エネルギーを運動に変換する」という方法で稼働します。このようなモーターは自然界にも存在し、例えば筋肉を収縮させるモータータンパク質のミオシンがその1つです。

いわゆる日常で使われるモーターと同様に、16個の原子から構成されるモーターにも固定子回転子が存在します。


分子モーターでは、モーターを動かすエネルギーがランダムな方向からやってくる可能性があるため、モーターが機能するには回転の方向を固定する工夫が必要です。一般的に、方向性を持たせるためにはラチェット機構が使われますが、16個の原子によるモーターはラチェット機構を使うと、通常とは反対の動きを見せたとのこと。

つまり、通常であれば歯止めは歯車の滑らかな面を沿って進み、エッジから急降下するとそこでロックされますが、分子モーターの場合、急なエッジを上る方が、滑らかな面を滑るよりもエネルギーを要しなかったのです。ただ原子の移動は「ブロックされている方向」が優先されるため、実質的な方向付けとして、ラチェット機構は成功しました。


研究者は6つのパラジウムと6つのガリウム原子を使って三角構造の固定子を作成。この固定子は回転対称ではあるものの、線対称ではない形となっています。これにより、回転子が一方向に連続して回転するラチェットの原理が実現しました。

アセチレンから作られた4原子を回転子として使った結果、回転子は固定子のまわりを99%の安定性で1方向に回り続けたと研究者は述べています。原子を使ってモーターを作る試みはこれが初めてではありませんが、「安定した方向性を持って1方向に回転する」という点は、他との大きな違いとのこと。


16個の原子によるモーターは熱エネルギー・電気エネルギーの両方によって作用しますが、熱エネルギーの場合、室温だとモーターはランダムに動いてしまうとのこと。一方で電気エネルギーの場合は1つの電子で分子モーターを同じ方向に6分の1回転させることができましたが、エネルギー量を増加させると回転数は増えるものの、ラチェットを逆回転するほどのエネルギーが供給されてしまい、回転の方向がランダムになる傾向も見られました。

このとき、古典物理学の立場に立つと、モーターが回転するには傾斜の抵抗に反してモーターを動かすための最低エネルギーが必要なはずですが、分子モーターに関しては最低エネルギーである「マイナス256度の熱エネルギー」あるいは「30マイクロボルトの電気エネルギー」以下でも動いたとのこと。このことから、古典物理学ではない、量子物理学の「トンネル効果」が発生していると考えられています。

トンネル効果は、「粒子がエネルギー的には超えることができない領域を通り抜けるという」という現象であり、仮に分子モーターでトンネル効果が発生しているとすれば、不十分な運動エネルギーで傾斜に勝つことができるため、最低エネルギー以下でモーターが動くことも説明できます。しかし、実際にトンネル効果が起こっていれば、回転子は一方向に動かないはずとのこと。


それにも関わらず、研究で作成された分子モーターは99%方向性が定まっています。ここから、研究者は「トンネル効果が起こる時、わずかなエネルギーの消失が起こっている」という可能性を示唆しています。16個の原子からなる世界最小のモーターは、「分子職人のためのオモチャを開発した」というだけでなく、トンネル効果におけるエネルギー消失のプロセスと理由を明らかにするものとして、重要な知見を提供としていると研究者はみています。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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