新型コロナウイルス感染症の流行で「中絶手術」ができなくなってきている
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行している国や地域では、医療現場は逼迫し、医療システム自体がパンクする恐れが出ています。そのため、COVID-19感染者の治療を優先するために「不必要な治療」が後回しにされ始めており、アメリカのいくつかの州では「中絶手術」を不要な治療と見なす決定が下され、波紋を呼んでいます。
How a Texas abortion ban amid coronavirus is playing out for one Texan | The Texas Tribune
https://www.texastribune.org/2020/04/01/texas-abortion-ban-amid-coronavirus-pandemic/
In some states, coronavirus measures are effectively banning abortion - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/politics/2020/03/31/some-states-coronavirus-measures-are-effectively-banning-abortion/
Delaying 'nonessential' abortions during coronavirus crisis endangers women's health and financial future
https://theconversation.com/delaying-nonessential-abortions-during-coronavirus-crisis-endangers-womens-health-and-financial-future-135288
COVID-19の感染者が増え続ける中、各国の医療機関はパンクしようとしています。アメリカ・ニューヨーク市では屋外病院の建設だけでなく、「仮設の遺体安置所」までも建造が進められているといった、各国の悲惨な現状は以下の記事を読むとわかります。
【写真で見る】 屋外病院が世界で続々と… 新型ウイルス感染者を治療 - BBCニュース
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-52087717
日本の病床不足も深刻です。2020年4月2日、日本集中治療医学会の西田修理事長は「日本の集中治療体制はすでに医療崩壊が起こっているイタリアよりも貧弱であり、オーバーシュート(爆発的な患者急増)は非常に早く訪れることが予想される」という声明を出しました。
「日本の集中医療体制はパンデミックには脆弱」と医学会が声明、実際のデータはどうなのか? - GIGAZINE
COVID-19が流行している地域ではCOVID-19患者を優先するため、重要性の低い治療は後回しにされているのが現状です。このような状況の中、2020年4月1日の時点でアメリカのテキサス州・オハイオ州・アラバマ州・アイオワ州・オクラホマ州・ミシシッピ州・ケンタッキー州は、新型コロナウイルスのパンデミックが収束するまで「医学的に直ちに行う必要のない中絶手術」に関する手続きを事実上停止するという宣言を出しました。
市民団体が州を訴えた結果、テキサス州、オハイオ州、アラバマ州の3州では中絶手術禁止令が取り下げられました。しかし、テキサス州においては州政府が連邦控訴裁判所に控訴を行った結果、「中絶手術禁止令の撤回命令」が棄却されました。
妊娠中期の中絶手術は母体に負担が掛かる上、妊娠24週を超えるとほとんどの州では中絶が違法とされます。このような中絶手術の事実上の禁止が続き、望まない妊娠によって出産が余儀なくされた場合、母親が経済的に困窮するという指摘もあります。2018年に発表されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究によると、中絶手術を受けることができた女性に比べて、中絶手術が拒否された女性は経済的に貧しく、貧困が何年も続く可能性が高いとのこと。ラトガース大学で労働学に関する研究を行うヤナ・ロジャース教授は、「新型コロナウイルスによって経済が打撃を受けている現状では、この傾向は助長されてしまう可能性が高い」と解説しました。
「なぜこのような決断がアメリカで下されるのか」については、アメリカにおいて中絶手術が長い間論争の的になってきたことが原因だと考えられます。1973年のロー対ウェイド事件で、アメリカ合衆国最高裁判所は「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定はプライバシー権に含まれる」として、人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内法の大部分を違憲無効と判示しました。
この裁判以降、中絶手術は連邦法のもとで合法だと扱われています。しかし、宗教的な価値基準などに基づいて、多くの州は合法的な形で中絶手術に対して厳しい制限を課し続けています。アメリカの50州のうち、34州が中絶手術を希望する人に中絶手術に関するカウンセリングを受診することを義務づけており、このうち27州では、カウンセリングを受診してから24~72時間待機しなければ中絶手術を受けることができません。
以上のような厳しい制限が課せられた結果、中絶手術を行うことができる医療機関の数は減り続けています。アメリカ国内で、89%の郡には中絶手術可能な医療機関が存在していません。テキサス州を例にとると、人口約26万人のラボック市と約15万人のミッドランド市は、中絶手術可能な最寄りの医療機関まで車で5時間以上掛かります。
貧困に苦しむ女性は経済的・時間的な余裕がないため、中絶手術を受けるために「旅行」レベルの移動をすることが困難です。さらに、新型コロナウイルスによるロックダウンが続き、州境を超えた移動に制限が課せられつつあるため、裕福な女性であっても中絶手術を受けることは困難になっています。こういった現状について、ロジャース教授は、「人工妊娠中絶薬は診療所、病院、ないしは調剤薬局でしか処方できませんが、郵送で受け取れるように規制を緩和して、家に居ながらにして薬による中絶を行えるようにすべきです」と論じています。
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