権力を持つと思いやりや共感能力に欠けた人物になってしまうのか？

企業や団体において上司やリーダーに対する不満を抱えている部下は多く、「自分の上司には思いやりと他人を理解する能力がない」という不満をこぼす人もいます。上司やリーダーには共感能力が欠けていると思われがちな理由について、ノッティンガム・トレント大学で講師を務めるスザンヌ・ロス氏が解説しています。

Think you'll make a great boss? Research shows that power can corrupt
https://theconversation.com/think-youll-make-a-great-boss-research-shows-that-power-can-corrupt-131584

強大な権力を持って時には政治にも影響を与える企業や団体のリーダーに対しては、「権力が非倫理的に使用された場合、取り返しのつかない問題を引き起こしかねない」という懸念が根強く存在します。そのため、リーダーシップを抑制する分散的かつ倫理的なアプローチが求められているとロス氏は指摘。たとえば、組織は強力な権力を持った少数のリーダーによって運営されるのではなく、さまざまな権力を持った複数のリーダーによる団体の運営を望む傾向があり、リーダーに対して要求される倫理観・誠実さ・謙虚さ・公正さ・共感力・知性・責任感のハードルも上がっています。

それにもかかわらず、時にリーダーは倫理的に問題がある決定を行い、従業員や社会全体に深刻な影響を及ぼすことがあります。「権力を持つことが人を変えるのではなく、権力を持ったことでその人の本性が明らかになる」という考え方もありますが、権力と道徳的の関連は複雑であり、いくつかの研究は「権力の大きさが人の行動を変える」ことを示しているとのこと。

たとえば、2019年の研究で行われた実験では、より多くの部下を従えている人は部下が少ない人と比較して、道徳的な考えを取り入れにくく、他人の幸福について考慮しにくくなることが示されました。また、ある行動をとった人とその行動を見た人の脳活動が類似する「運動共鳴(motor resonance)」という現象と権力の関係について調べた研究では、強い権力を持つ人は弱い権力を持つ人と比較して、運動共鳴の程度が弱いことが判明しています。

権力を持つことで道徳観や共感力が失われてしまうという結果が示されている一方で、個人が持つ道徳的なアイデンティティが、権力を持った際の振る舞いに影響を与えるとの研究結果もあります。リーダーになったことで得られた「権威や影響力」と、自身が持っている「共感力や誠実さ、謙虚さといった属性」との間にバランスをとれば、権力を倫理的に行使することも可能だとのこと。

ケンブリッジ大学で発達精神病理学科教授を務めるサイモン・バロン＝コーエン氏は、共感力と他者への残酷さとの関連性についての研究を行っており、「なぜ一部の人々は共感力が欠落した不道徳な振る舞いを行ってしまうのか？」という疑問について追究しました。その結果、信念や経験・目標・感情といったいくつかの要素が重なった場合、人々は他者への共感力をオフにして、自身の利益を追求してしまうことがわかったとのこと。

バロン＝コーエン氏の考えを基にして、ロス氏は「目標の達成や成果を挙げること、財務的なパフォーマンスに重点を置く必要があるリーダーになってしまうと、ストレスレベルの増加と共に、良心を持つ人物であっても共感力を失ってしまう可能性があります」と指摘。結果を出すことを強く求められる立場になると、周囲の人々を考慮することができなくなり、共感力に欠けた振る舞いをとってしまいがちだそうです。

近年では巨大な力を持つテクノロジー企業が台頭すると共に、リーダーが持つ倫理観や道徳観、共感力に対する目が厳しくなっています。ところが、リーダーの振る舞いはその人自身の性質だけでなく、リーダーとして求められているものも影響するほか、「部下が自身の利益のためにリーダーの非倫理的な行動を見過ごす」というケースもあるとのこと。「確かに力は腐敗する可能性があります。とはいえ、真に共感的なリーダーを生み出したいのであれば、私たち全員が自身の行動を省みなければなりません」と、ロス氏は述べました。