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Googleが世界で初めて実証した「量子超越性」にIBMが反論、量子コンピューターはシミュレートできるのか?

by Google

2019年10月23日にGoogleが「量子コンピューターがついに従来のコンピューター(古典コンピューター)の計算能力を上回ったことが確認できた」という量子超越性を発表しました。しかし、論文が発表される2日前に、量子コンピューターの研究分野においてGoogleのライバルだったIBMが「Googleは量子超越性を実証できていない」と真っ向から否定しました。これを受けて、コンピューター科学者のスコット・アーロンソン氏がIBMがどういう点で反論をしたのかを解説しています。

Shtetl-Optimized » Blog Archive » Quantum supremacy: the gloves are off
https://www.scottaaronson.com/blog/?p=4372


2019年9月20日、アメリカ航空宇宙局(NASA)がGoogle研究者による論文をうっかりウェブサイトに掲載してしまったことをきっかけに、「Googleが量子超越性を実証した」というニュースが世界中を駆け巡りました。

Googleが実証し量子コンピューターが大きく前進したという「量子超越性」とは何を意味するのか? - GIGAZINE


そして、Googleの論文は査読された上で、2019年10月23日付けの学術誌「Nature」に掲載されました。その中で、量子プロセッサーのSycamoreが、オークリッジ国立研究所のスーパーコンピューターであるSummitではおよそ1万年かかるタスクをわずか3分20秒で解決したとGoogleは報告しています。

Googleが1万年かかる計算問題を3分20秒で解き終える量子コンピューターを完成させる - GIGAZINE


Googleの発表に対して、IBMの量子コンピューティング部門は「On“Quantum Supremacy”(『量子超越性』について)」と題する記事を公開。この中で、IBMは「量子超越性という言葉の本来の意味は、『古典コンピューターでは解決不可能な計算が、量子コンピューターで解決可能になる』ということです」と述べ、Summitでも解決できてしまう以上、GoogleがSycamoreにやらせたタスクの内容がこの条件を満たしていないと指摘しました。

On “Quantum Supremacy” | IBM Research Blog
https://www.ibm.com/blogs/research/category/quantcomp/


さらに、IBMは「世界最速のスーパーコンピューターであるSummitでは1万年かかる」としていたGoogleの推測を否定。「シュレーディンガー=ファインマンアルゴリズム」と呼ばれるアルゴリズムを使って、53量子ビットの量子状態すべてをSummitの250ペタバイトもあるハードディスクに記録しながらシミュレートすることで、Summitでも同じタスクをわずか2.5日で解決できると分析しました。

by Oak Ridge National Laboratory

アーロンソン氏によると、250ペタバイトという容量は量子状態ベクトルをすべてハードディスクに記録するためにはかなりギリギリの容量とのこと。もちろんこれはあくまでも理論的なもので、IBMはこのシミュレーションをSummitで実行してはいませんが、「Summitでも2.5日で計算可能」というIBMの分析はおおむね正しいとアーロンソン氏はみています。

一方でアーロンソン氏は、シュレーディンガー=ファインマンアルゴリズムによってGoogleの量子超越性が否定されるかという問いに対しては「いいえ、IBMが反論にあげた分析は、私が今まで使ったことのある『量子超越性』という定義には当てはまりません」と答えました。そもそもGoogleのSycamoreは与えられたタスクをわずか3分20秒で解決している時点で、Summitよりも1200倍の速度で計算をこなしていることになると、アーロンソン氏は指摘しています。

また、たとえ53量子ビットの量子状態をすべてSummitのハードディスクに保存するというやり方で量子コンピューターに迫ったとしても、GoogleがSycamoreの量子ビットを55個に増やすと、容易にSummitのストレージ容量を超えてしまいます。そして、60個まで増やすとSummitが33台必要となり、70個まで増やすと1つの都市を埋め尽くすほどのSummitが必要になります。もちろん、量子ビットを1つ増やすのは並大抵のことではありませんが、古典コンピューターの計算能力は量子コンピューターに追いつけなくなることがわかります。

by Google

アーロンソン氏は「量子超越性とは月面着陸のようなマイルストーンではなく、いうなれば伝染病の根絶。伝染病は一度根絶されても、しばらくの間は復活と根絶を繰り返します。古典コンピューティングは量子コンピューティングに打ち負かされましたが、しばらくの間は量子コンピューティングへの反撃が可能な状態なのです」と述べています。

コンピューター科学者のボアズ・バラク氏はアーロンソン氏に対して「IBMとGoogleの戦いは、かつてチェスの世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフとIBMのディープ・ブルーの間で繰り広げられた勝負に似ています。カスパロフとディープ・ブルーの勝負はし烈な争いを見せながらも、最終的に人間側が負けて終わっています」と語ったそうです。

なお、「量子超越性」の概念を最初に提唱したカリフォルニア工科大学のジョン・プレスキル博士は、科学系メディアのQuanta Magazineに寄せたコラムの中で「Googleの報告が真実だと仮定すると、これは実験物理学における顕著な成果です」と高く評価した上で、「Googleチームが量子コンピューターで解決した問題は、量子コンピューターの優位性を実証するためだけに慎重に選択されたものであり、実用的で関心の高い問題ではありません」と述べました。

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in ハードウェア, Posted by log1i_yk

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