意外と知られていない射精前に出てくる「カウパー液」の謎
by Charles PH
世界的に広く使用されており、特別な道具も必要ない避妊方法が膣外射精です。しかし、膣外射精を行っていても女性が妊娠してしまうケースはあり、それは男性が射精のタイミングを見誤ってしまったからなのか、それとも射精前に出てくる「尿道球腺液(カウパー液)」のせいなのかなどを、科学誌のScientific Americanが記しています。
Can You Prevent Pregnancy with the Pullout Method? - Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/can-you-prevent-pregnancy-with-the-pullout-method/
個人の体調やタイミングによって妊娠する確率は変わりますが、意図しない妊娠を防ぐにはコンドームなどの避妊道具を用いたり、ピルのような避妊薬を用いる方法があります。そんな避妊道具のひとつである緊急避妊薬に関するウェブサイトに1年間で寄せられる質問の約半数は、「射精前に出てくる液体で妊娠することについての恐怖を語るコメント」だそうです。これは、たとえ膣外で射精した場合であっても、女性がコンドームなしでの性行為に危険を感じていることがよくわかるデータと言えます。
女性が恐怖を感じているものの正体は、「precum(カウパー液)」と呼ばれる性行為中に陰茎から出てくる液体です。このカウパー液は、陰茎のカウパー腺と呼ばれる部分から無意識に放出される分泌物で、「射精時に精子が尿道をスムーズに通過できるようにする」という潤滑油的な役割を担っています。
Scientific Americanの特集編集主任であるJen Schwartz氏が、カウパー液により女性が妊娠してしまう可能性があるのかどうかをスタンフォード大学医学部のマイケル・アイゼンバーグ氏に尋ねたところ、「本当のポイントはカウパー液ではありません。膣外射精は避妊に効果的でないことを我々は知っています」と言われたそうです。
by Annie Spratt
そもそも膣外射精は現代においても「特に近代的な避妊方法を利用できない地域」では、依然として最も一般的な避妊方法です。実際、膣外射精が「完璧に行われた場合」、コンドームを用いた場合と比べても避妊に失敗する確率がそれほど大きく離れていないことが研究調査により明らかになっています。調査によると、それぞれの避妊方法を用いていても女性が妊娠してしまう確率は、コンドームが最大2%、膣外射精が最大4%となっており、つまり「1年間で、膣外射精を行う女性のうち100人に約4人が妊娠する」ということを意味するそうです。
しかし、実生活において膣外射精が「完璧に行われる」というケースは多くありません。多くの男性は「自分が射精に差し迫っていること」を自覚できず、膣外射精に失敗してしまうとのこと。1970年に公開された「Manual of Family Planning and Contraceptive Practice(家族計画および避妊法のマニュアル)」には、「多くの男性が1度ではなく断続的、あるいは長期的に精液を放出する可能性がある」と記されており、また、精液のうち最も濃度が高いのは射精時に最初に出てくる部分であることを男性が理解していないケースは多々あります。つまり、「酔っ払いが膣外射精を試みたものの反応が遅れ……」というケースは特に問題になる可能性がある、とSchwartz氏は指摘。実際、膣外射精の失敗率を調査した研究によると、なんと失敗率が20~30%もあることが明らかになっています。
こういったデータから、リプロダクティブ・ヘルス分野の専門家たちは、男性が毎回完璧な膣外射精を実行できると考えていないため、膣外射精での避妊に否定的です。一方、多くの女性が恐れる「カウパー液に精子が存在するかどうか」については、詳細な研究がされていないという驚くべき事実も明らかになった、とSchwartz氏。
医師や科学誌、教育機関などから集めた答えを統合した結果、カウパー液自体には精子は含まれていない、あるいは時々含まれている程度だそうです。しかし、どこからか漏れ出た精子がカウパー液に混入する危険性は十分にあるとのこと。加えて、前回の射精時から陰茎に残ったままの精子も存在するため、アイゼンバーグ氏は射精前の段階であっても「何らかの精子が存在し、それが避妊の失敗につながる可能性はある」と語っています。
by Charles PH
カウパー液についてはほとんど詳細が明らかになっていないというのが現状で、膣外射精の失敗率はあくまでも「根拠のある推測」に過ぎず、専門家の間ではしばしば論争の的となっています。
アメリカでは多くの人々が避妊のために膣外射精を行っていることが調査により明らかになっているのですが、男性は中絶や女性の生殖器官について詳しいものの、男性の生殖器官や能力についてあまり詳細な知識を持っていない傾向にある、とSchwartz氏は指摘しています。つまり、女性だけでなく男性もカウパー液について詳しくないまま膣外射精を行っているとのこと。
また、ここ数十年で男性の精子の数は減少し続けており、2017年には精子数の減少により「人類が絶滅する可能性」を語る研究者まで登場しました。ほかにも、メタアナリシスによりアメリカ・ヨーロッパ・オーストラリア・ニュージーランドの男性の精子数が40年以内に50%以上減少していることも明らかになっています。
それにも関わらず、男性は妊娠と自身の関わりを正しく理解していないことは問題であるとSchwartz氏は指摘しているわけ。自宅で行える精子検査キットを販売するTrakの創設者であるGreg Sommerさんも、精子検査キットの発売に伴い調査を行った経験から、男性は「妊娠に自分がどのように貢献しているか」をほとんど理解していないとしています。
しかし、精子に関する最新の研究結果や精子検査キットなどの登場により、2017年以降は徐々に精子に関する問題意識が高まっているのも事実です。これまではピルなどの薬物による避妊を行ったり、受精卵の凍結保存を行ったりと、妊娠・避妊については女性の方が多くの負担を担っていましたが、「妊娠はチームスポーツであるという認識が高まってきています」とアイゼンバーグ氏は語り、男性の間で意識に変化が起きつつあるとしています。加えて、「これからは我々も男性の側面についてもっと理解する必要があります」と語り、女性も男性や精子についてより知見を広めるべきとしています。
by geralt
ある人口調査によると、より多くの男性が避妊のためのより多くの選択肢を望んでいることが明らかになっています。コンドームやパイプカット、膣外射精以外の避妊方法として、「自分の精子の質を落とす」というクレイジーな手法を試す男性もいるほどです。
Trakが運営する不妊教育に関するウェブサイト上にあるフォーラムでは、精子数を意図的に減らすためにステロイドクリームを使用するという方法が話題となっており、何人かの男性は自分の体で実験を繰り返しているそうです。Sommerさんは、「より良いセックスライフを得るための男性の意欲と創造性を過小評価しないでください」と語っています。
さらに、別の調査によると、アメリカの妊婦のほぼ半数が「妊娠は意図しないものだった」と語っている模様。また、妊娠・避妊に関する調査を行うGuttmacher Instituteによると、女性の40%近くが自分の採用している避妊方法に満足しておらず、ピルによる健康上の副作用や、コンドームの触覚的な不具合に妥協しているとのこと。そういった理由から、避妊用具を一貫して使用する可能性が低くなっているという報告もあります。
こういった背景があることから、世界中で広く用いられている膣外射精という避妊方法についての理解を深める必要があり、そのためには男性のカウパー液がどの程度の受精能力を持っているかを理解することが「重要である」とSchwartz氏。
by sasint
そこで、Schwartz氏はカウパー液にどれくらいの受精能力があるのかを調べています。使用したのは、精子検査キットのTrakです。TrakはFDAの認可を得たものですが、射精前のカウパー液をテストするよう設計されたものではありません。しかし、Sommerさんによると、Trakは1ml当たり100万個以下という低い精子濃度を検出することも可能な設計になっているとしています。
そこで、Schwartz氏は被験者を募集し、48時間射精を止めたあとに5ml分の精液サンプルを収集。その後、正規の手順で検査を行ったところ、精液1ml当たりに5500万個の精子が確認されたそうです。なお、この数値は妊娠のために「最適な数値」だそうです。
続いて、48時間にわたって被験者の射精を止め、今度はカウパー液のテストを行っています。Schwartz氏が事前にSommerさんにテストの概要を伝えた際、同氏は「カウパー液を正確に検査するのは難しいかもしれません。自慰行為中と性行為中では、分泌されるカウパー液の精子数が異なる可能性もあります」と語ったそうです。
Schwartz氏はカウパー液をどのように採取したかは明らかにしていませんが、あくまでも「カウパー液だけを集めることが重要であったことを理解しています」と記しています。そして、Trakの精子検査キットを使用するのに十分な量のカウパー液を30分ほどかけて採取し、テストを実行。結果は1ml当たりの精子数が100万個未満というもので、これはWHOの基準では不妊とみなされる可能性のある数値ということになります。
ただし、あくまでもカウパー液を調べるために開発されたわけではない精子検査キットを使ったテストであり、実験自体も本当ならば複数回繰り返す必要があるとSchwartz氏は記しています。また、精液の中の精子数は変化するものであり、健康要因の影響も受けるため、カウパー液にも同じことが当てはまる可能性があるとも記されています。
by sasint
また、カウパー液の中に精子が混じっているとして、「カウパー液の中で精子が泳ぐことができるのか?」、「精子は傷ついていないか?」などの疑問が浮かびます。加えて、カウパー液の中に存在する精子が、前回の射精時に取り残された精子ではない場合、精子はどこから漏れ出てきてカウパー液の中に混入してしまうのかという疑問もあると、まだまだカウパー液に関する謎は多いとSchwartz氏は記しています。
これらの疑問に答えることは、膣外射精をより有用な方法に昇華することにつながり、行為が正しく行われた場合に妊娠の危険性がどの程度あるのかを男女が正しく理解する助けになることは明らか。そして、膣外射精を完璧に行っているはずなのに、4%の確率で妊娠してしまう理由を正しく説明することにもつながるはずです。
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